インド人嘘つかないなんて迷信
「アイシャサァン……! アナタ、私の命の恩人ネ!」
「はいはい。こっちこそごめんね? 友だちとうちの使用人が襲いかかっちゃって……」
手当てをして身支度を調えてやると、薬聖の姿は一変した。
髭を剃った後の顎はシャープだし、腫れ上がった瞼の奥の瞳は鮮やかなエメラルドグリーン。痣だらけの体はほどよく鍛え上げられていて、端正というよりは野性的な顔つきは、強い男が好みの女性なら、たちまち虜にしてしまうだろう。
喩えるならそうだなあ。インド映画の主人公っぽさがある。歌い踊りながら愛を囁き、捨て身で敵地に突入した挙げ句に無双しちゃう感じだ。
彼の名前はラビン・マガール。先述した通りに、日本のインド・ネパール料理店でシェフをしていた人物だ。私が大量の資金をつぎ込んで、こちらの世界で薬店を営んでいたはずなんだけど――
「これどうしたの? 店内がめちゃくちゃじゃない」
薬棚は壊れかけ、商品らしい瓶があちこち散乱している。スパイスがこぼれているのか、かなり刺激の強い臭いが辺りに立ち込めていた。こりゃひどい。しばらく営業は無理そうだ。
「ソレガネェ……」
しょんぼり肩を落としたラビンは、ポツポツと事情を語ってくれた。
「アイシャサァンもシッテルと思うけど。ラビンは、調合したスパイスやお薬、販売してマシタネ?」
「うん。いつもお世話になってるからね」
「いろんなお客サンに販売してた。みんな喜んでタ! イッパイイッパイ注文ハイッタネー! お店、大人気よ! 嬉しいネ? お金イッパイ稼げるネ? 生活楽になるネ?」
「おお。よかったやん。ご主人様のお陰やな」
「ソレネ! アイシャサァンは女神よ! 大好きネ。愛してる! ハグ! ハグしよ!」
「失礼。お嬢に触れるのはご遠慮願えますか。ぶん殴りますよ」
「アーーーーー! ヴァイスはイツモソウ! ラビンにキビシイ! さっきも気ヅイテタデショー! なのに止めなかった。ラビン、シッテルカラネ!」
……あ、そういえばそうだ。ヴァイスとラビンは顔見知りである。
思わずヴァイスを見やると、彼はいつも通りの無表情でさらっとこう言った。
「この方、なにかにつけてお嬢とスキンシップしたがるんで、嫌いなんです」
「アアアアアアアアアア! ひどい! ラビン傷ついチャッタなーーーーーーー」
「うるさい。自称インド人め。俺はアンタが本当はネパール人だって知ってるんですからね」
「ウッ! なぜソレを……!」
「えっ。なんでそんな嘘を……」
「ダッテ、アイシャサァンてば、インド人がほしい言うカラー! 仕方なく! 不可抗力!」
ラビンはぷるぷる震えている。いや、インド人じゃなかったんかい。
「オノレ。覚えておれよ……」と恨みがましい視線をヴァイスに向けると、ラビンは気を取り直したように咳払いをした。
「と、ともかく。ラビンいっぱい稼いでたネ! お金いっぱいよー。ウハウハだったよー。有名人なったネ。依頼もいっぱい。仕事いっぱい!」
「確かに薬聖の評判がアタシのところまで聞こえてきたくらいだものね。あ、もしかして強盗にでも入られた? 繁盛店ならあり得るわよね」
サリーの言葉に、ラビンは大きくかぶりを振った。
「そうじゃないヨー。ラビンの作った商品、イッパイ売れたデショ。そのうち、気づいちゃったンダヨネ……。もっと高い値段で売れるデショって」
「は?」
「ダカラ値段吊り上げたヨ! 一見さんオコトワリヨ! それでも売れた。お金、モットイッパイヨー! 楽しいね! ウレシイネ! 注文イッパイ受けたネー。貴族トカ、コワイ人とかからもネー」
「確かになあ。薬聖が作る毒薬の威力、裏社会でも有名やもんな?」
「ねえラビン。毒薬って聞こえたんだけど……?」
「アアアアアアアアア! アイシャサァン……! 聞き間違いヨ! うふふ。生きるためにはお金必要デショ。お客サンの願い叶えただけ。みんな幸せ。いいことだよねー。わかるっショ? ダケドネー」
ラビンの目が遠くなる。しょんぼり肩を落としてこう続けた。
「ある日、ラビンのスパイス畑に入れなくナッチャッテー……」
「え。どうして? ごくごく普通の畑だと思ってたけど……」
「畑に精霊が出チャッタの。がんばったケド追い出せナクテ……。でも、お仕事締め切りあるジャン? 乾燥させておいたスパイスも畑の倉庫に置いてあるジャン? お薬、用意デキナかったん。そしたらナンカネ、偉い人に渡すはずダッタとか客にメッチャ怒られましテ……」
「――つまり、ですね」
ヴァイスが深々と嘆息する。店の惨状を眺めながら言った。
「依頼を受けた品を期日まで用意できなかったから、怒った依頼人に店を破壊された上に暴行されたと」
「ヒドイヨネーーーーーーーーーー!」
ラビンはさめざめと泣いている。
「もう、ラビンはプンプンよ。仕方ないデショ。用意できなかったんだモン」
「……調子に乗って厄介な相手に販路を広げたせいでは? 自業自得でしょう……」
「イヤーーーーーーン! 正論嫌い! ヴァイスも嫌い! アッチいって!」
「うわあ。子どもみたいやなあ」
「薬聖がこんな人だったなんて……。ちょっとショックだわ」
呆れかえっている三人と、駄々をこねているラビンで、店内はちょっとしたカオス状態に陥っている。……あああ。まったくもう。こりゃ困ったことになった。
「ラビン、つまりはカレー粉も手に入らないのね?」
「ウン!!!!」
いいお返事をもらってしまって、たまらず渋面になる。
なんてこった! カレーが食べられると思ってワクワクしてたのに!
「……お嬢」
なんだか、じっとりとした視線をヴァイスから感じる。
また面倒事を引き受けるんですかオーラがすごい。うん。そうだよね。別にカレーなんて食べなくてもキャンプできるしね。おいしいキャンプ飯は他にもいっぱいあるしね……。別にカレーに拘る理由なんてひとつも――
「って、妥協出来るかあああああああああーーーーーーーーーーーー!!!!」
今日の私の舌は、すでにカレーになってしまっているのだ!
もう他のご飯じゃ満足できない。できるはずがない!!!!
「ラビン、スパイス畑を取り戻すわよ!」
「ア、アイシャサァン……!」
「私に任せておきなさい!」
勢いよく請け負う。「女神……!」とラビンは拝み始めるし、サリーとグリードはなんか笑ってるし、ヴァイスは遠い目をしているけど関係ない。
一刻も早く、スパイス畑を取り戻す!
最高においしいカレーが私を待っているのだ……!
インドカレーは豆カレーが好きです
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