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デイキャンプは分厚いステーキと共に

「なんで酒が……!? お嬢! この後、家に帰るんですからね!?」

「な、なんでだろうね!? 間違って入れちゃったのかも! いやあ、うっかり!」


 途中、こっそり持ち込んだ酒を見つけられるハプニングを経ながらも、食材に下ごしらえをしていく。用意したのはワイルドホーンブルの肉だ。


 地球から来た肉牛と異世界の暴れ牛が交わって生まれたもので、冒険者でないと狩れないという希少肉。今日は赤身を使っていく。


「……もうちょっと脂身のある部位でもよかったんじゃないですかね?」


 ヴァイスは不満げだった。揺るぎない肉党の彼からすればそうだろう。


 この人、私より三つ年上の癖に胃袋が男子高校生のままなのだ。だから脂に魅力を感じている……。わかる。わかるぞ。差しが多いお肉って美味しいよね。だがしかし! 私は赤身派なのである。むしろ赤身じゃないと嫌だ。だって――


「脂身は食べると胃が……」

「年寄りみたいですね」

「それが主人に言う言葉!?」

「こういう時だけ主人面しないでくれます?」

「減らず口を叩くのはこの口か……?」


 ときおり喧嘩しながらも、順調に調理を進めていった。


 厚み四センチはあろうかという肉を筋切りし、塩胡椒を振る。断面が崖みたいだ。オーストラリアのキングス・キャニオンみを感じる。


 えっ、もしかしてこれが最後の秘境ですか? そんな風に思いながら、焚き火台に鉄板を設置。じっくり焼きたいので、火は控えめに。鉄板に牛脂を塗ったら……いよいよ、でっかいステーキを乗せた。


 ぱちぱちと軽やかな音がする。肉の焼ける音だ。

 ああああああ。私はいま無駄にでかい肉を焼いている……!


「楽しい……」

「……お嬢、いつの間にビールを出したんです? 飲むなって言いましたよね?」

「そりゃあ、肉が焼ける様をつまみに飲むためよ」

「視覚をつまみにしないでください。ちょっと怖いんですけど」

「どう思われても構わないわ。誰も私の自由は奪えないのだから」

「いいこと言ったつもりですか?」


 ヴァイスの刺すような視線を避けながら、肉をじっくりと焼いていく。


 目指すはミディアムレア。分厚すぎるほどの肉だ。中に火を通していくことが肝要。いまは焼き目を気にしなくていい。弱火でじっくり表と裏を焼いて、崖の部分もきちんと焼き付けていく。


「……前々から思ってたんですけど」


 すると、隣で調理を見守っていたヴァイスが口を開いた。


「公爵令嬢のお嬢なら、家にいれば一流のシェフの飯が食べられるでしょう? なんでキャンプまでして、自分で作るんですか?」


 至極まともな問いかけだった。

 いや、だからこそだ。私にはまるで理解ができない。


「なんで? わざわざ野外に出て不便な思いをしながらも、無駄に高い材料を買い込んで、無駄に手をかけた素人料理を喰らうのが楽しいんじゃないの……?」

「うん。聞いた俺が悪かったです。ごめんなさい」


 なぜか怯えられてしまった。やだ、私なにかしちゃったかな。


 そろそろ肉がいい感じだった。最後に強火にしたら、両面に綺麗な焼き色をつけていく。鉄板から上げたら、魔鉱を薄くアルミホイル状に加工したものに包んでしばらく放置!


「塩と胡椒だけで食べるんですか?」

「ううん。せっかくだから、タレも試作品を試そうかなって」


 わが家はレストラン事業も行っている。

 そこで使える新しいタレを開発中だったのだ。


「じゃ~ん! 今日は柚子胡椒とガーリック醤油バターにします!」

「おお。柚子胡椒でしたっけ。ずいぶん開発に時間がかかりましたね」

「三年くらいかな。柚子がね~。異世界の植物と交配しちゃってて。地球のよりも香りが薄くて苦労したわ。その代わり、面白い効果がついたよ」

「なんなんです?」

「食べると、一時間くらい足が速くなります」

「なんで……?」


 雑談しているうちに、肉もいい感じに仕上がっている。

 ホイルから出して切ると、なんともいい断面! 

 これはまぎれもなくミディアムレア……!


「いただきます!」


 ほんのり淡く色づいた肉の断面に、柚子胡椒を乗せて食べる。

 口に含んだ瞬間、青柚子の爽やかな香りが鼻孔を抜けていった。追いかけるように、炭の香りがほんのりする。


 舌を刺激するピリリとした辛みは青唐辛子由来のものだ。ほどよく焼いた肉は柔らかく、肉汁は柚子胡椒に対抗するように舌を甘やかしてくる。柚子胡椒の辛みと肉汁の優しさのマリアージュ……! あああああ、これはビールしかあり得ない!!


「くうっ……!!」


 一気に呷って一息吐く。ピリピリとした辛みが、一瞬だけ炭酸で強まった。口内に残ったのは、麦汁のわずかな苦み。うっ、私はここに極楽を見た。


「……うま……」


 なんだかんだと文句を言っていたヴァイスも、うっとりと肉を噛みしめている。

 だが、物足りない顔もしていた。

 そうだろう、そうだろう。ヴァイスはお酒を飲めないからね……!


「頼りになる執事くんには、白飯のおにぎりを進呈しよう」

「……!!」


 白い耳がピン! と立った。ぶおんぶおんと尻尾が喜びを表現している。


 こぶし大のおにぎりに齧り付いたヴァイスは、すぐにでも昇天しそうな顔をしていた。わかるわあ。肉汁に白飯って最強の組み合わせだよね。


「肉、もっと食っていいですか……」

「たんとお食べ。なにせ五百グラムもあるからね」

「最高ですね!」

 

 ヴァイスの尻尾の勢いが増すごとに、愉快な気持ちが募っていった。

 はっはっは。やはり舌が男性高校生。チョロいのう……! チョロいのう……!

 食いっぷりのいい男子を眺めながらの酒は美味い。


 ――さてさて。じゃあ、次のタレを味わいましょうか。


 ニコニコしながら、クッカーに手を伸ばす。ちなみにクッカーとは! キャンプでお湯を沸かしたりする時に使う調理器具のことだ。持ち手が折り畳めたり、軽かったり、家庭用の鍋とは違って携帯性に優れている。


 小さめのクッカーに、醤油と酒、バターと乾燥にんにくをぶち込んだ。

 焚き火の近くに置いておけば――やがて、ぐつぐつと沸いてくる。

 さあ、パーリィタイムの始まりだ……!


「ヴァイス。お肉をタレにダイブさせるのよ!」

「なんですって?」


 驚いているヴァイスをよそに、ステーキを一切れタレの中に潜らせた。

 ぐつぐつ煮えたぎったタレの責め苦を耐えきり、再び私の前に現れた肉はどこか自慢げな顔をしている。そこにすかさず齧り付く!! 


 すると、アメリカンダイナーでステーキを食べているような錯覚に陥った。OMG(オーマイゴット)!! 醤油が入っているはずなのに……!? たぶん、犯人はにんにくとバターだ。奴らが私を渡米させてしまったのである。 


「たまらん……」


 あまりの美味さに、昇天しかけた。

 ガツガツ肉を貪るヴァイスをよそに、一枚一枚をしみじみ味わう。


 柚子胡椒の刺激的な味と、ガーリック醤油バターの濃厚な味がたまらなかった。これがあれば、キングス・キャニオンだって攻略できる。登山は慣れないけれど、私やれます。登り切ってみせます……!


 悦に入っていると、不意にヴァイスがこう言った。


「どっちも、じゅうぶん商品化できそうな味ですね」

「…………」

「焚き火台も強度は問題なさそうだし。後日報告書を――」

「お願いだから、仕事を思い出させないで……!?」


 幸せな気分が吹っ飛んで、思わず悲鳴を上げる。

 すると、ヴァイスはカラカラと楽しげに笑った。


「すみません。でもまあ、明日になったら報告書を仕上げるんでしょう?」

「それはそうだけど」

「なら、記憶が鮮明なうちにまとめておいた方が合理的だ。仕事が残っているうちは割り切るんですね。今日のこれだって仕事の一環だし」

「うう……」


 すっかり忘れていた。確かに、今日の主目的は新しいキャンプギアの試運転である。


「……ゆっくりできると思ったのになあ」


 私には安らぐ時間なんてないのだろうか。

 思わずボヤくと、おっきな白い狼に変身したヴァイスが寄り添ってきた。ふわふわもこもこの体を押しつけ、碧の瞳を和らげると、艶やかな黒い鼻を得意気に鳴らす。


「まあ、いまだけですよ」

「本当に?」

「言ったでしょう? いままでの仕事からすぐに(・・・)解放される訳ないって。つまり、少しずつ仕事を整理していけば――」

「いずれは自由になれる……!?」


 目を輝かせた私に、ヴァイスは「そういうことですよ」と目を細めた。


「だから、もうちょっと頑張ってください。お嬢が疲れすぎないように、俺が支えますから」

「うん……!」


 ぎゅうっとヴァイスにしがみつけば、煙に混じって太陽の匂いがした。初めて会った時から変わらない柔らかさ。頼もしさは、年々増えている気がしているけれど。

 

「頑張るから、ビールお代わりしていいですか」

「駄目ですね」


 彼がいるおかげで、きっと私はこれからも頑張れるのだろう。

 そんな気がしていた。


こういう人がいないと際限なく飲んじゃうよね

あるある(目を逸らしながら)


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