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公爵令嬢は驕らない

「あちゃあ。やっぱりブラックバスか~!」


 あたり一面の魔物を掃討した後、サリーに一時的な結界を張ってもらい、私たちはつかの間の休息を取っていた。


 貯水湖の様子を確認。今後の対応を練ろうと思ったんだけど……。私は落胆していた。想定していた中でも最悪の事態と言っても過言ではなかったからだ。


「お嬢、ブラックバスとは?」

「うんとね。地球の北米原産の魚でね、前世で暮らしていた日本じゃ外来種だったんだよね。食用を目的に持ち込まれたらしいんだけど、なかなか食欲旺盛な奴でね。他の稚魚を食い荒らして生態系を壊すから、けっこう問題視されてた」

「……食欲が旺盛。だからこんなことに」

「だねえ。目についた魚をバクバク食べたんだろうね。……しかも運の悪いことに、この貯水湖には、空を飛べる子がいっぱいいたわけだ」


 ヴァイスと話している間にも、次々と空飛ぶブラックバスが生まれているのがわかる。


 水中からピョンピョン跳ねて、空飛ぶ小魚を捕食するブラックバスたち。ある程度摂取した後、みるみるうちに巨大化して空宙に飛び出す……。


 餌になっている小魚は逃げ惑うばかりで、ブラックバスの猛攻にちっとも耐えられていない。入れ食い状態である。


「どうされるおつもりですか?」

「そうだなあ。巨大化しちゃった子たちは普通に駆除だよね。問題は、巨大化する前のブラックバス。ここをなんとかしないとなんの解決にもならない」


 定置網なんかで地道に数を減らすという手もあるけれど、のんびりしていたらブラックバスがみんな巨大化しちゃうだろうな。


 空飛ぶブラックバスに襲われる人々……。えっ、それってどこのサメ映画?


 怖い。怖すぎる。これは現実なんだ。B級映画っぽいなんて茶化してる場合じゃないんだよ。どうにかして、根本的な解決を前提に手を打たねばならないだろう。


「……アイシャ嬢」


 悩んでいると、ユージーン王子が声をかけてきた。ガンダルフとカイトに支えられている姿は非常に痛々しい。けれど、どこか吹っ切れた様子もあって、思わず目を丸くしてしまった。


「あらまあ。なんか顔つき変わってません?」

「相変わらずの減らず口だな、お前は」

「謝罪は必要ですか?」

「……お前のそういうところが苦手だったんだ。僕は」


 なんだか雰囲気が違って面白い。まあ、いろいろあったんだもんね。主に私に手を出したせいで、いろいろこう……人生お先真っ暗な感じの転落を……。


 え、もしかして行き着くところまで至ってしまったのかな。人生諦めちゃった!?


「あわわわ。思いとどまってください。人生まだまだこれからですよ」

「なんでいきなり慰められたんだ!?」

「すみません。罪悪感に耐えきれなくて」

「結局は自分のためか! お前はそういう奴だよな!」

「さすが元婚約者様。よく私をご存じで」


 思わず笑ってしまった。すると、ユージーンは不機嫌そうに顔を背けた。


「ふん。人を馬鹿するのも大概にしろ。だが、僕をあざ笑っていられるのも今のうちだ! 見てみろ。あの魔物の数を……! たとえお前であろうとも、どうすることもできまい」

「殿下。アイシャ嬢に噛みつくのは……」

「そうッスよ。アイシャ嬢はピンチの王子を助けてくれたんッスから」

「うるさい、うるさい、うるさい! 僕は事実を言っているだけだ!」


 どうやら、ユージーン王子はどこまでも私が気に入らないようだ。


「僕でもどうしようもなかったんだ。お前だって無理なはずだ。お前はただの公爵令嬢で、前世の記憶があろうとも特別な力を持っている訳でもない。魔物という驚異にはなすすべもないはずだ!」


 ユージーン王子が小刻みに震えている。傷だらけの体を部下に支えられながら、彼はどこか泣きそうな顔で叫んだ。


「自分の無力さを思い知れ。アイシャ・ヴァレンティノ!」


 まるで、〝お前もそうあるべきだ〟と言わんばかりだった。


 今回の件で、弱さを嫌というほど自覚したのだろう。身の程を知った彼は、少し変わったようだった。傲慢な部分は変われなかったようだけど。

 それに、彼はなにか誤解をしている。


「私が無力なのは百も承知ですよ」

「……は?」

「確かに前世の知識はありますけど、自惚れられる訳がないじゃないですか……。頭の出来が飛び抜けていい訳でもないし。魔力がすごい多いとか、特別な力を持っている訳でもないし。二の腕はぷよぷよだし、食べ過ぎるとすぐに太るし、お酒を控えれば痩せるのはわかってるんですけどね? そういうじゃないんですよ。理屈じゃないっていうか」

「だ、だからなにが言いたい! アイシャ・ヴァレンティノ!」

 

 あ、余計なことを言いすぎた。

 焦ったように私の言葉を遮ったユージーン王子に、私はごくごく普通のことを言った。


「私はちっともすごくないので、今回の件も自分だけで解決しようなんて考えてません」

「じゃあ、どうするつもりなんだ」

「もちろん! 信頼できる人たちに頼ろうかなって!」


 すると、なにやらにぎやかな声が聞こえてきた。


「お嬢。救援が到着したようですよ」


 貯水湖へ出発する前、急いで連絡を取った成果が出たらしい。

 振り返るとそこには、大勢の人たちが集まってきていた。


「アイシャ様――――!! わたくしたちが参りましたわよ!」

「嬢ちゃん。仲間を連れてきたぞ……! ワシが来たからには安心せい!!」

「ルシルさん! ヴィンダーじい……!!」


 集まってくれたのは、ルシル率いる水の神殿の神官や孤児たち、おおよそ百名。ヴィンダーじい率いる、ドワーフ軍団が三十名あまり……! 彼らは、それぞれお願いしていた道具なんかも持ってきてくれたようだ。よかった、これなら計画を実行できる……!


「ははっ! これが〝信頼できる人たち〟? 騎士でもなんでもないではないか! 女こどもに、土モグラ? ふざけるな。僕を馬鹿にしているのか!?」


 ちなみに土モグラとは、ドワーフの蔑称である。


 うっわ。ヴィンダーじいたちの顔が怖い。

 本当になにもわかってないなあ。腹が立つ。


「馬鹿になんてしていません。少なくとも、主を置いて逃げるような騎士たちよりは役立つはずですよ」

「……ッ!」

「いまの状況に於いて、彼らの存在は有効です。だから救援要請を出した。剣よりも、槍よりも、あの魔物を退治するためには彼らの力が必要だと思ったからです!」


 強くユージーン王子を睨み付ける。


「私は彼らの力を信じています。……あなたがカイトやガンダルフを信じているように」


 ユージーン王子は口を閉ざした。顔色が悪い。なんだか目が泳いでいる。

 私の言葉の意味を、ちゃんと理解していればいいんだけど。


「お嬢、そろそろ……」

「うん」


 ヴァイスに促されて、集まってくれたみんなに向き合う。

 王子の失言を払拭するように、明るい声で言った。


「今日はお集まりくださって感謝しています! みんなで厄介な魔物を倒してやりましょう……!」


 天高く拳を突き上げる。私は自分自身を鼓舞する意味を込めて、力強く言った。


「――これから、湖の水をぜんぶ抜きます!!」


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