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異世界の摂理と焚き火台

 この世界には、地球産のものがそこそこ存在していた。

 なにも、世界の壁を越えて移動してくるのは人間だけじゃない。


 私のように魂だけが移動してきたパターンもあるが、人や動植物、虫や魚介類、無機物がとつぜん転移したりもする。考えてみれば当然なのだ。人だけが特別な訳じゃない。つまり、なんだって異世界に来てしまう可能性がある。


 とはいえ、そう頻繁なことではないようだし、あまりにも大きい物――たとえばビルであったり、飛行機であったり、象やキリンなど――は世界の壁を越えられないようだ。


 何十年かおきに地球からやってきたものは、ある時は適応して異世界に定着し、ある時は誰にも知られないまま駆逐されていく。


 だから、荒野のど真ん中に朽ちた車が見つかることもあるし、市場にはトマトやジャガイモなど、地球でも見慣れた野菜が並んでいた。


 異世界のものと交雑して、新たな生態を得ている生き物もいるし、地球産の品物に影響されて開発された道具もある。先祖が地球生まれだという人も珍しくはない。ここはそういう世界なのである。


 つまるところ、地球との境界がガバガバなのだ。


 神様大丈夫? なんか設定失敗してない? ちょっと心配に思いながらも、私はそれらを最大限活用させてもらっていた。転移したての資源を素早く見つけたり、誰にも見向きされていない地球産のものを、前世で培った知識で活用したりして、さまざまな事業を興したのである。


 ――え? だったら、私以前にも改革を起こそうとした人間がいるはずだって?


 はっはっは。確かにそれはそう!

 過去に、転移や転生した地球人たちの活躍は、いまでも伝聞として残っている。現在でも、そういう人間たちが世界各地にいることは知っていた。


 私が、彼らから一歩先んじられているのは……。

 彼らが上手く地球の知識を活用しきれていないのは……。

 実に単純な理由だった。


 金と権力があるかどうかだ。


 公爵令嬢という立場があってこそ、いろいろと実現できている。それだけの話だ。

 金だ……! 金はすべてを解決する!!

 ああ、世知辛い。

 地球と変わらないじゃないの。飲まねえとやってられねえな!


「なにブツブツ言ってるんですか?」


 薪を抱えたヴァイスが、怪訝な表情で私を見つめている。

 呆れの混じった視線を浴びているうちに、なんだか冷静になってきた。せっかくキャンプに来たっていうのに、変なこと考えてる場合じゃないな。


 今日は待ちに待ったデイキャンプの日。まんまとヴァイスに乗せられて、溜まりに溜まった仕事をやっつけた私は、新しいキャンプギアを試そうと日帰りで森に遊びに来ていた。季節は春。雨が降るかもしれないしと、タープを張った。ちなみにタープとは! 日差しや雨を防ぐ為に野外で使う広い布のことである。


「お嬢が開発したこの防水軽量ヘキサタープ、冒険者にも好評みたいですね」

「へえ、それはよかっ……」

「模造品が出回り始めているみたいで、冒険者ギルドに苦情が来てるって報告が」

「仕事の話はやめようか!」


 笑顔で遮って、いそいそとアウトドアチェアを設置する。魔物よけも忘れずに。

 今日はデイキャンプだ。新商品を試すだけなので、そんなに準備は必要ない。


 ちなみに、諸々の道具はマジックバッグに収納してきた。


 ファンタジーでよくある無限収納だ。どれだけ荷物があっても苦にならないとか……! めちゃくちゃ高級な点をのぞけば最高すぎやしないか。


 バッグひとつで重い思いをしなくていいんだぞ。この世界でキャンプが流行っていない理由がわからないね。え? 魔物が出るからだって? 野外泊を楽しむほど文化が発展してないからだって? ええい、みなまで言うな。わかってる!

 

 脳内でひとり楽しくやり取りしながら、例の新商品を取り出した。

 新品ピカピカのキャンプギアを広げる……これ以上に楽しい瞬間はないよね!


「お嬢、なんなんです? これ」

「ふふふ。これは焚き火台よ!!」


 箱の中から取り出したるは、細い金属のフレームに、これまた薄い金属の火床を合わせた道具。それと地面に敷く用の耐火シート。使い方は簡単。シートを広げ、その上で組み立てたフレームに火床を置くだけである。


「これがあるとね、地面に触れることなく焚き火ができるの」

「普通にやればいいじゃないですか」

「そりゃ地面で焚き火をした方が、準備がいらないから楽だけどね。直火だと草地を痛めちゃうじゃない。終わった後の炭の片付けも大変。可燃物の多いところだと火事になるかもしれないし。でもこれがあればすべてが解決するの! まあ、見ていてよ」


 ふぁさっと地面に耐火シートを広げる。柴犬くらいのサイズまで育つという火鼠の皮を鞣したものだ。艶やかな黒地が色っぽいその上で、焚き火台を組み立てる。うーん。新品のピカピカ加減って、つい見惚れちゃうよね。


「前世で使ってた焚き火台は、金属製の火床が熱で湾曲するっていうデメリットがあったの。でも! これは違うの。希少金属ミスリル配合……!!」

「うっわ。ミスリルってA級以上の冒険者がよく装備に使ってる奴。それって原価クソ高くなるんじゃないですか」

「そりゃそうよ。でも、これは私のための道具だもの。金に糸目を付けなかったわよ。デラックス仕様よ。最上級モデル並みよ……! 金持ちの道楽よ!」

「自分で言っちゃうんですね……」

「そりゃそうよ。地球産のものは、使っている内に歪んで綺麗に収納できなくなってくるのがメチャクチャ不満だったんだもの」


 それを異世界素材で解決してみせたのだ。

 くっ……! なんたる贅沢。すごく楽しい。


 ニコニコしながら、さっそく火起こしの準備をする。


 頑丈な手袋はマスト! 薪を手斧で細かく割ったら、そのうちの何本かは着火用に加工していく。いわゆるフェザースティックという奴だ。


 表面をナイフで削いでいき、ブロッコリーみたいな形にしていった。これ、慣れるまですごく大変だったよね。力がないから、コツを覚えるまで本当に苦行だった。手は痛いし、肉刺は出来るし、時間はかかるし。


「……着火剤使わないんですか」

「うわあ。ロマンもへったくれもないわね」

「そんな蔑むような目で見なくとも……」

 

 ヴァイスを茶化しつつも、まあ普段は着火剤でいいよねなんて思う。冒険者向けにお手軽なものを開発済みだし。火が着けばなんでもいいとは思うけれども、フェザースティックを作っている時間はたまらないものがある。


 ……ああ、キャンプが始まるなあという予感っていうのかな。

 それが好きだから、わざわざ時間をかけて火を熾すのだ。


「できた!」


 なかなかいい出来である。五~六本くらいあると安心かなあ。これだけだと確実性は欠けるので、麻紐を軽くほぐしたものも火種用に準備しておく。


「ちょっと風向きがよくないかな」

「そうですね。このままじゃ火の粉が荷物の方に飛ぶかも」

「じゃあ、焚き火台を移動させよう~」


 こういうことができるのも、焚き火台のいいところだ!


 焚き付け用のフェザースティックを焚き火台の上に簡単に組み上げて――

 火種用のフェザースティックに解した麻紐を添える。髪型がアフロのお笑い芸人みたいな状態になったら、メタルマッチで着火……!! 


 ちなみに、メタルマッチとは! マグネシウムなんかの可燃性の高い金属で作られた火おこしの道具だよ。ここでは、サラマンダーの爪を加工した奴。

 ナイフで擦ると火花が散るのだ。ゾリゾリ……バシュッってなるのが、魔法みたいですっごい楽しい。狙った場所に火花を着地させるのが最初は難しいかな。


「よし……!」


 木が焦げる匂い。白い煙が立ち上る。ちっちゃな火が見えたら、素早く焚き火台に移動させた。フェザースティックがみるみるうちに燃え上がっていく。


 焼べていく薪を徐々に太くしていきながら、やっぱり焚き火台だと火熾しの効率がいいなあなんて考えていた。地面から浮いているぶん、ほどよく空気が入り込んで燃焼効率がいいのだ。しかも、料理用のグリルにもなる。いやあ、素晴らしい。


「見て! 上手に火を熾せた!」


 火が安定してくると、達成感でいっぱいになった。この瞬間が大好き!! 目に見える成果だからね。たったこれだけなのに、ものすごく心が躍る。


「はいはい。よくできましたね。あんまり近づくと煙臭くなっちゃいますよ」

「はっ……! そうだった。あ、追加の薪持ってきて~」


 ヴァイスに補助してもらいながら、焚き火台の試運転を続けていく。


「煤が着いちゃうの、なんとかならないかなあ」


 改善点を気にしながら、さっそくグリルとしての性能も確認することにした。



世の中にはかっこいい焚き火台がいっぱいあるんだけど、

テーブルまで付属した奴を一生ほしいと思ってる。

でも高い……


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