馬鹿王子を救出せよ!
カイトの救援要請を受けて、私たちは貯水湖に向かった。
ユージーン王子の詳しい現状を聞いたのは、猛スピードで走る馬車の中だ。
簡単な手当を施されたカイトは、どこか苦しげにあらましを語った。
「あの人、王様から最後通牒を突きつけられて自棄になってて。たぶん、手柄がほしいと考えたんでしょうね。魔物の大量発生を聞いたとたん、手勢をかき集めて城を飛び出していっちゃったんス」
「手勢? 意外やね。ユージーン王子に付き従う勢力がおるんやな」
「いちおう王子様ッスからね。第二騎士団の団長を兼任してたッス。……ふんぞり返ってるだけで、あんまし訓練にも参加してなかったッスけど。団員からも嫌われてるっぽかったッスけど! 団長なことに間違いないもんで、ついてきてくれたみたいッス」
「ひどい言われようだわね……。王子なのにいいの?」
「まあ、井の中の蛙を地で行く系王子ッスからねえ」
「アンタ、さすがに毒舌が過ぎない?」
「いやあ。照れるッス」
「褒めてないわよ!?」
カイトとサリーがやり合っているのを横目で見ながら、私はしくしく胃が痛んでいるのに気がついていた。
――ユージーン王子が自棄になってるの。ほぼほぼ、私のせいじゃない……?
もしかして、私の資産を差し押さえた件をめちゃくちゃ怒られたんだろうか。
それとも、暗殺者を差し向けた件だろうか。
ん? どう考えても自業自得だな? いやいやいや。それでも自分が関わっていると思うと凹む。小市民メンタルが憎いッ……!
そっと胃を摩っていると、ヴァイスがカイトに問いを投げた。
「それで、どうして貴方がボロボロになっているんです? カイト様は騎士団には所属していなかったと記憶しておりますが」
「あ、ああ。それは、自分と――ガンダルフって護衛騎士が、王子の後を追ったからッスね。止めなくちゃって思って。やっとのことで追いついたッスけど、すごい乱戦になっていて……。助けようとしたんスけど、手に負えなくて。このままじゃ王子が殺されちゃうから、ガンダルフさんを残して、自分が助けを呼びに――」
「不可解ですね」
「え?」
「どうして、無能だと誹る主人を助けようと? むしろ死んだ方がよさそうなものですが。無能の側に居続けるのは苦痛でしょうに」
うちの執事が辛口すぎる……!!
端で聞いているこちらの心臓がバクバクである。
まあ、理屈はわからないでもないけど! それにしたって容赦がない。
ドキドキしながらカイトの様子を窺うと、彼が涙ぐんでいるのに気がついた。
あ~ああ! 泣~かした! ヴァイスくんったらどうすんのこれ!?
ひとりアワアワしていると、カイトはスンと鼻を啜って曖昧に微笑んだ。
「それはそうなんッスけどね。正直、どうしようもない人ッスよ。努力しない癖に、プライドと野望だけは一丁前で。人を見下すし。贅沢が好きだし。すぐに逃げ出すし」
「じゃあ……」
「でもね」
カイトの口許が緩む。呆れと困惑と、優しさが混じったような顔で続けた。
「少なくとも魔物に食われて死ぬのは違う。しょうもない人ですけど、それだけじゃないんス。自分らは……自分とガンダルフさんだけは、そこんところわかってるんで」
きっと彼らなりの絆というものがあるのだろう。
それを感じさせてくれるような言葉だった。
――クソ王子だけど。本当に駄目な奴だけど。
そうだよね。誰だって無残な死に方をしてもいいって訳じゃない。
「助けるよ」
ハッと顔を上げたカイトに微笑む。
「大丈夫。私たちが助けるから」
「……ッ! は、はいっ!!」
顔をくしゃくしゃにして頷いたカイトの背中を叩く。
そうしていると、馬車の外を眺めていたグリードが声を上げた。
「なんやあれ。なんで騎士団がこんなところにおるんかな」
「えっ……?」
不思議に思って外を見る。貯水湖からそう離れていない街道沿いに、騎士たちが駐留しているのが見えた。怪我をしている者も多いようだが……。
「第二騎士団じゃないッスかね、アレ。王子の姿は見えないッスけど」
なんだか嫌な予感がする。
慌てて馬車を止めた。下りてきた私たちを、騎士たちは驚いた様子で見つめている。
「私はアイシャ・ヴァレンティノよ。責任者はどこ。団長はユージーン王子のはずよね。どこにいるの!?」
手近にいた騎士に尋ねるも、彼らは口を閉ざしたままだ。嫌な予感。どうしようかと迷っていると、頬を冷たい風が撫でていった。
「……アンタたち」
前に進み出たのはサリーだ。
いつの間にかほとんどの騎士たちが、首だけ残して凍り付いてしまっている。
「魔の森の魔女ッ……!?」
驚愕で青くなっている彼らに、サリーは女王然とした風格を漂わせて言った。
「王子がどうなったのか教えなさい。嘘を言ったら……わかるわね?」
「ひいいいいっ!?」
サリーの登場に怯えた彼らは、思いのほか素直に状況を話してくれた。
なんと彼らは、負傷したガンダルフと王子を置いて、勝手に撤退してきたらしい。
「あのままでは全滅だった。みなの命を守るためには必要な措置で――」
「うるさい。指揮官を置いて逃げるいい訳にしては、下の下ね。王子の居場所を教えなさい。許しを請うのはそれからよ」
顔色をなくした騎士たちは、すぐに王子の居場所を教えてくれた。
「こ、これでわかってくれただろ!? しょうがなかったんだ! 俺らも必死だった!」
再び冷気が吹き抜けていく。今度こそ、騎士たちは完全に凍りづけになった。
彼らを見下ろしたサリーは、ハイヒールで強く踏みつけている。
「チッ。下郎が……。愚かしいわね」
あまりにもサリーがかっこよかった。痺れる。
ちょっと惚れてしまうやもしれない。
「王子……!! このままじゃ王子が!」
カイトの悲痛な叫び声が辺りに響いた。
そうだった。のんびりしている場合じゃない!
「ヴァイス」
「承知しております」
私たちは貯水湖のある方向に視線をやると、互いにうなずき合って駆け始めた。
王子の評価が最底辺ですなあ
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