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新しい友人は血の臭いと共に

「ね、そろそろ依頼人の名前を教えてくれない?」

「…………」

「うちの子になるのでもいいよ~」

「…………。…………」

「早く答えないと、月給がじょじょに上がっていきます。はい、金貨六枚! どうだ!」

「なんでなん!? なんで給料上がっていくん!? アンタいい加減にしいや!」


 なぜか給料を上げると怒られる……。

 解せぬ。


 そんなこんなしていると、いつの間にかグリードは寝てしまったみたいだ。


 よっぽど疲れていたみたい。暗殺業なんて心安まることが少ないからかな。ぐったりとチェアに体を預ける様子は、少し心配になってしまうくらいだった。


「そろそろ日が暮れてきましたね」


 黄昏に染まり始めた空を眺めてヴァイスが言った。


 そろそろと忍び寄ってくる夜の気配。焚き火が辺りを煌々と照らしている。虫の声。煙の匂い。暖まった空気が頬を撫でていく感じ。ああ、キャンプだなあ。


「ヴァイス、初日だし夜ご飯はちょっと豪勢にしよ。グリードを陥落させるためにも」

「……それは構いませんが。もう一度確認しますが、本当にグリードを許すつもりですか。お嬢を殺そうとした相手ですよ」

「別に私自身に恨みがあるわけじゃないんでしょ? 誰かに雇われただけで」

「それはそうですが……」

「心配するのはわかるよ。私もどうかなあってちょっと思うもの」


 苦笑いして炎を見やる。

 焚き火に見とれつつも、躊躇することなく本心を口にした。


「これは自己満足なの。似たような境遇にいる人を見て、遠い昔に苦しかった自分を重ねて、勝手に辛くなってんのよ。私みたいにならないでって手を差し伸べて、過去の自分を助けた気分になってる。ああ、ひどいエゴだねえ」


「殺す、殺されるの世界に生きてるグリードからすれば、一緒にすんなって話しかも知れないけどね」と前置きした私は、遠い日の自分を思いながら続けた。


「お金や好待遇くらいで救えるならさあ。助けてあげたいじゃない、普通」

「……そんな普通、少なくとも僕は知らん」

「あれ。起きたんだ、グリード。おはよ」


 いつの間にかグリードの目がうっすら空いている。


 焚き火のせいか、彼の瞳が揺れているように見えた。照り返しを受けた黒い瞳がキラキラ輝いていて綺麗だ。ちょっと拗ねたような顔が猫に似ている。


「お腹空いてない? ビールあるよ」

「……自分を殺そうした相手を酒に誘うか? 普通」

「変わってるって、よく言われるんだよね」

「わかっていてそれなんか……」

「直そうと思って直せるものじゃなくない?」


 クスクス笑いながら、スチールカップを取り出す。着々とビールを飲む準備を進めていると、不意にグリードが言った。


「……僕は飼われる以外の生き方は知らんのや」

「え?」

「アンタが次の飼い主になってくれるんか?」

 

 まるで冗談みたいな言葉だった。けれど、グリードの瞳は真剣そのものだ。

 毛を逆立てていた猫が、撫でる許可をくれた。そんな感動がある。


「飼い主じゃなくて、雇い主だったらいいよ」

「仕事くれるってこと? 殺したい相手でもおるんか」

「そういう相手はいないなあ。でも、君を公爵邸で雇うのは難しいのかな。うちに来るってことは、アサシンギルドに狙われるってことだもんね。あ、そうだ! ここ、私の秘密基地なんだけど。管理人なんかどう? 魔の森に迂闊に踏み込む人間はいないだろうし。週末に遊びに来るからさ。ちょこちょこ手直ししてくれると嬉しいな~!」

「……僕は暗殺者なんやけど」

「別に、転職先で血なまぐさいことをしなくちゃならない義務はないでしょ」


 あっけらかんと言い放った私に、グリードは驚いたようだった。頬がほんのり色づいている。少し眠ったからか、沈んでいた表情が明るくなっているように見えた。


「アンタがそれでええなら……」

「じゃ、決まりね!」


 固く握手を交わして笑顔になる。


「月給金貨十枚でよろしく!」

「なんで給料上がってるん!? なんでなん……!?」


 ひどく慌てるグリードが面白くて、声を上げて笑ってしまった。

 

 

   *



 それから数日、私は魔の森で過ごした。秘密基地を修復しながら過ごす日々は最高だったね。なにせ仕事がないからね! やったあ休暇だあ! これだけはユージーン王子に感謝してる。


 永遠に続くキャンプみたいだった。

 正直、一生このままでいいかなあ~なんて思っていたよね。


 ……それなのに。


「ねえさん……いや、ご主人様。もう公爵邸に戻っても大丈夫やで」


 ある日、朝から姿が見えなかったグリードが、こんなことを言い出した。


「ちょっとアサシンギルドを潰してきた」

「えっ。なんで」

「僕がアンタに飼われるにあたって、アサシンギルドは邪魔やったから……?」


 報告を上げたグリードは、なんでか血まみれだった。やけに清々しい顔をしている。大きな体を縮めて私の前にしゃがみ込むと、無邪気な笑顔を見せて言った。


「これで、アンタに飼われるのを邪魔するもんはおらんようになった。爆発物仕掛けた犯人も片付けてきたで。あ、ちなみにご主人様の暗殺依頼したの、ユージーン王子の元取り巻きな。依頼契約書も奪ってきた。すごいやろ。ご主人様、撫でて! いっぱい褒めて!」


 あれ。あれれれれ……。血まみれで無邪気な感じが恐ろしい。

 もしかして、私ってば大変なものを抱え込んでしまったのでは……?


「お疲れ様」

「へへへ……」


 青ざめながら、無心でグリードの頭を撫でてやる。

 なんなんだ。なんなんだこれ。なんか立派な体躯の成年男子が懐いてくる……。性癖が歪められそうなシチュエーション、やめていただけませんかね!?


 呆然としていると、不意にヴァイスが言った。


「よかったですね、お嬢。これで溜まりに溜まった仕事に着手できますね! クソ王子にも鉄槌を下さないと。これから忙しくなりそうですね……」

「ひいっ!?」


 また仕事まみれの日々に後戻り……!?


 こうして、私のウキウキ秘密基地ライフはたった数日で終わってしまった。


 あああああああ。なんでいつもこうなるのか。私に安寧の日々は訪れるのか。

 運命は神のみぞが知る……。


ヤッター!

アサシンが仲間になったぞ(しろめ)

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