社畜令嬢危機一髪!
魔の森についた途端、私のテンションは最高潮になっていた。
落ち込んでいたのが嘘だったみたいだ。だって、だって、だって――!
友だちから、とっても素敵なサプライズをもらったんだもの!
「この家、アンタの好きにしていいわよ」
そこは、かつてサリーの友人たちが暮らしていた家だった。
「本当にいいの……!? ここを借りても!」
「構わないわよ。放って置いたら朽ちていくだけだもの。それに、アタシは男でもあるからね。一緒の建物で寝起きは気まずいし」
「気遣いが神がかってる……! さすがサリー……!!」
「だ、誰が神よ!? まったく、調子がいいんだから。まあいいわ、ここをアンタの秘密基地にしなさい。改装なんかも好きにしていいわよ」
「秘密基地……! なんていい響き!」
その家は、巨木の虚を利用して造られていた。
丸い扉にまんまるの窓! 中は思ったよりも広くて、小さな台所と寝台が備え付けられている。天井からは様々な魔法石がぶら下がっていて、魔力を通すと光る仕組みになっているようだ。
家の前には小さな池があって、小魚たちが群れを成していた。庭の真ん中にはちっちゃな井戸。丸太のアーチに七色の石で縁取られた花壇。あちこちに果樹が植えられていて、鳥たちが楽しげに囀っている。
はああああ……!
指輪○語の、ホビット庄みたいだあ……!!
可愛い。可愛すぎる。手入れをすれば、きっと快適に過ごせるだろうなあ。
――そう。手入れさえすれば。
設備を点検していたヴァイスは、どこか険しい顔をしている。
「床が腐りかけてますね。蝶番も油を差さなくちゃ使えない。備え付けのベッドも骨が折れてしまってますね。こりゃあ使えるようになるまで苦労しそうだ」
「そりゃそうよ。百年も経ってるんだから」
「ま、魔法でなんとかなったりは……」
「しないわよ。そんなに万能なもんじゃないの」
「だよね~」
でも、でも、でも!
ここが魅力的だってことは変わりない。
「ありがとうね、サリー。とっても元気が出た」
「よ、よかったじゃない。大変な時なんだから、心くらいは健康じゃないとね」
「うん。サリーと友だちになれてよかったな。これからも仲良くしてね」
「……!」
サリーの頬がふんわり色づく。
「ふ、ふんっ! 仕方ないわね。いいわよ。アンタといると退屈しないからね……」
ちょっぴり素直じゃない。だけど、そういうところも好きだなあ!
「ヴァイス、とりあえずはキャンプ用品で凌げばいいよね」
「そうですね。一通りは持ってきましたから。食料品はあるだけ持ち出しましたが……。足りなくなった場合はサリマンに買い出しをお願いしても?」
「最初からそのつもりだったわ」
ふたりの会話を聞きながら、ウキウキで準備を始める。
さて。どこにテントを張ろうか。朝露で濡れない場所はどこだろう。水はけがちゃんとしてないと泣くことになるな。長い滞在になりそうだから、普段よりもしっかり場所を見定めなくちゃ――
そんな風に思っていると。
「ひっ……!」
なにかが、頬すれすれの所を通り過ぎていった。
何事かと確認すると――木製の門にナイフが突き刺さっている。
「あ……」
思わず腰が抜けて座り込む。
頬に痛みを感じて触れると、わずかに血がにじんでいた。
すぐそこに刺客がいる? 暗殺者? 誰かが――私を殺そうとしているんだ。
「なんで私がこんな目に…」
苛立ちを覚えるのと同時に、なんだか悲しくなってきた。
私は王位になんて興味はない。
自由に生きたいだけだ。やりたいことをやりたいだけだ。
それなのにこれである。ああ、ああ! 無性に腹が立つ!!
気がつけば、じんわりと涙ぐんでいた。
こんなのいつ振りだろう。まったくもって心外である。
「おい……」
すると、ヴァイスが私を守るように位置取った。
「ちょっと」
サリーもだ。ふたりは私に背を向けて立つと、ナイフが飛んできたであろう方向に向かって――吠えた。
「うちのお嬢に」
「アタシの友だちに」
「「なにしやがんだ、このクソ野郎……!!」」
目にも留まらぬ速さでヴァイスが駆けて行く。
庭に生えていた一本の木に、ヴァイスが肉薄していく。いつの間にか、その指には何本かのフォークが握られていた。素早く投擲すると、弾丸が着弾した時のような音を立てて木の幹に穴が空いていく。
なんで? なんでだ。フォークの攻撃力が理解不能。
「……ッ!?」
瞬間、木の陰に隠れていた誰かが飛び出してきた。
口許を長いマフラーで隠した男性だ。冒険者にも見えるが、装備は軽装だった。男性にしては小柄だが、肉食獣を思わせる体つき。恐ろしいほど身軽だ。次々と投擲されるフォークを軽々と躱していく。
その手には、門に刺さっていたものと同じナイフ。男は襟足だけを伸ばした黒髪を靡かせながら、私に向かって駆け始めた。
「ここが誰の庭か、わかっていての狼藉なのかしら」
男と私の間に立ちはだかったのはサリーだ。
体から溢れる魔力を薄くのばした彼女は、それを鞭のようにしならせた。
「……!?」
男の腕に魔法の鞭が絡みつく。
すると、鞭が触れた箇所から男の体が凍っていく……!
勝った! そう思ったのに、男は諦めない。驚くべき身体能力で大きく跳躍する。大樹の枝を軽々と飛び越え、魔法の鞭を引っかけた。
「きゃあっ!」
強く引っ張られてサリーの体勢が崩れる。
その隙に、男は振り子のように勢いを付けると、再び私めがけて跳躍した。
私と男の間を隔てるものはない。みるみるうちに近づいてくる。男が振りかざした刃が鈍く光っていた。
死の予感がして息を呑む。ああ、ああ。もう駄目だ。こんな場所で私は終わってしまうの。
――瞬間。
「俺のことを忘れていただいては困りますね」
巨大な狼に変身したヴァイスが、男に体当たりをした。
「……ぐあっ……!!」
たまらず男が悲鳴を漏らす。その瞬間をサリーは見逃さなかった。
「アイシャ! 頭を下げなさい!!」
魔法の鞭が伸びていく。気がつけば、男はグルグル巻きにされ、顔面以外は氷漬けにされてしまった。男が動かなくなると、辺りに静寂が戻ってきた。葉擦れの音。風がゆるゆると吹いている。全身に滲んだ汗が冷えて、思わず小さく震えた。
「ああ、失敗した」
氷から抜け出せないと知るなり、暗殺者はどこか気の抜けた弱々しい声を上げた。
しってるか、戦闘シーン以外と好きなんだ(書く機会あんましないけど)




