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社畜が社畜なのには理由がございまして

 その日、私は途方に暮れていた。


「なんで、なんでなの……」


 目の前に、なぜか書類が山積みになっていたからだ。

 王子に三下り半(?)を叩き付けて、私は自由になったはずだった。なのに、家に帰ってまで仕事に忙殺されている。おかしい。どう考えても納得できない。


「これはなにかの陰謀……!?」

「ンなわけないでしょう」


 するどいツッコミを投げてきたのは、幼馴染みで執事のヴァイスだった。


「お嬢、冷静に考えてみてください。王子様の婚約者を辞めたって、いままでの仕事からすぐに解放される訳ないじゃないですか」

「ウッ!」

「お嬢が広めた改革や新しい仕組みだって、まだ手を離れていないものも多いです。みんなお嬢を頼りにしてるんですよ。その上、新しいアイディアをポンポン出すし。やろうと思ったら次から次へと行動に移すし。これで仕事が減る訳がない」


 真っ白な尻尾をゆらゆら揺らしながら、執事スイッチ全開の幼馴染みは新たな書類を積み上げていく。「今日中に処理をお願いしますね。まずは公爵領関連ですね。これは冒険者ギルド関連。これは上下水道関連……」次々と出来上がっていくタワーに目眩がしそうだった。


「……そのうち死んじゃうかもしれない」

「ちなみに王城の文官からも救援要請が来ています。王子だけじゃ政務を回せなくて、諸々混乱が起きているみたいなんですよ」

「ガッデム!!」


 思わず叫んだ私に、ヴァイスが楽しげに笑っている。ぐったりと机に伏せていると、薄く開いた扉から誰かが覗いているのに気がついた。


「……アイシャ……!!」


 不審者ではない。ヴァレンティノ公爵――私の父である。

 

 紛れもなくイケオジ。舞踏会では数多の女性を虜にしているはずの父は、扉の陰に隠れながら、うるうると瞳を滲ませてハンカチを囓っていた。


「そんなに辛いなら、ぜんぶやめたっていいんだからね……! パパは、アイシャが死んじゃうのだけはぜったいに嫌なんだから!!」


 暑苦しい。イケオジの無駄遣いである。


 父は超がつくほどの過保護だった。

 若くして妻を亡くしているからか、娘である私を溺愛している。


 ちなみに、部屋に入ってこないのは邪魔をすると怒られるからだ。私になにか言われると死ぬほど落ち込んで仕事が手に着かなくなる。なにより娘がいちばんで面倒くさい。けれど、私を自由にさせてくれる懐の深いところもある。

 

「それで、お嬢。公爵様はああ言っているようですが……」


 ヴァイスがちらりと視線を寄越す。やけに澄ました顔で私に訊ねた。


「ぜんぶ投げ出します?」

「しません! ああ、もう!! ヴァイスだってわかってるでしょ!」

「もちろんですとも。お嬢は責任感が強い人ですから」


 笑顔が憎らしかった。しかしまあ、自業自得なのは事実。ブツブツ言いながらも再び書類に目を通し始める。


「過労死しても知らないからね」

「そんなことは俺がさせませんとも」


 香り高い紅茶を淹れながら、ヴァイスはどこか穏やかな表情を浮かべていた。


「獣人だからと蔑まれ、行く当てがなかった俺を拾ってくれたのは、他でもないお嬢だ。このご恩を返すまでは死なせませんよ」

「そ、そう……」

「ええ。ベッドの上で大往生するまで、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 ――確かに、ヴァイスを始め、獣人である彼らを雇用するように父に訴えたのは私だ。


 この異世界で、獣人は差別的な扱いを受けている。人間とはルーツが異なり、獣形態を持っているというだけで、さほど差はないというのにだ。奴隷同然の扱いを受けていた彼らを、元日本人だった私は見捨てられなかった。

 

 ヴァイスと出会ったのは、私が五歳の頃。

 彼は八歳くらいだったと思う。


 父と出かけた時、雨が降りしきる中、街角で震えていた仔犬がひどく気になったのだ。話を聞いてみたら獣人の孤児だという。当然、周囲は手を差し伸べようとする私を止めた。でも従わなかった。誰かを蔑ろにしていい社会なんて、まっぴらごめんだったからだ。


 その頃からヴァイスとずっと一緒にいる。前世の記憶持ちで、突拍子のないことをしがちな私に、彼は根気強く付き合ってくれた。たぶん、誰よりも私を理解してくれていると思う。


「ふへへ。じゃあ、健康のためにお仕事減らして下さい」

「それは無理ですね」

「わあん!」


 とはいえ、恩を感じているのと実務は別のようだ。

 半べそになっていると、ヴァイスは呆れたように続けた。


「まあでも、少しくらいはご褒美があってもいいかもしれませんね……」

「えっ!!」

「実は、開発担当のドワーフから試作品が届いておりまして」

「えっ!! えっ!!」


 慌てて辺りを見回すと、部屋の隅に木箱を見つけた。

 あ、あ、あああ、あああれは! あれはもしや、完成間近だと聞いていた……!?


「あの中身って!!」

「新しいキャンプギアです。試したいですか?」

「試したいですッ!!」


 元気いっぱいに手を挙げた私に、「よろしい」とヴァイスは目を細めた。


「いまから頑張れば、明日デイキャンプをする時間を取れると思います」

「が、頑張れば……!?」

「ええ。アイシャ様次第です。どうされますか?」

「もちろんやりますともー!!」


 ああ、私ってばチョロい。

 鼻先に人参をぶら下げられた私は、その後、ウキウキで仕事をこなした。構ってほしそうにソワソワしている父になんて気にしていられない。デイキャンプのことで頭がいっぱいである。


「……それにしても」


 せっせと書類を片付けていると、ふいにヴァイスがこぼした。


「自分の首を絞めてしまうほど、仕事ができてしまうのも考えものですね。転生前の知識があったとはいえ、こんなにポンポン実現できるなんて普通じゃありません」

「確かにそうね」


 ここは異世界。地球とはなにもかもが違う。

 手に入れられる原料だって、物理の原理だって異なってくる。

 アイディアを思いついたとして、実行に移すまでにかなりの準備が必要なはずだ。


 ――そう。この世界が普通ならば。


「だけど、この世界には地球のものがいっぱいあるし。一から作るよりは簡単なのよね」


いちおう責任のある立場だった場合、ぜんぶ放り投げてとんずらなんてのは、

日本人メンタルじゃ無理だよなって


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