どんな事情があろうとも
その日、私の執務室には重い空気が立ちこめていた。
「この国の第一王子がクソな件……」
ギルドにプールしていた資金が、なぜか差し押さえられたという一報を受けてのつぶやきである。
原因は王子らしい。私とギルド職員の癒着をご丁寧に指摘くださり、国から調査が入ったんだそうだ。眉唾ものだとすぐにわかりそうなものだが、ギルドマスターが私と職員の関係性を匂わせるような発言をしたらしい。その影響で、一時的に資産が凍結されている。
癒着なんてない。とんだ冤罪だ。
たぶん嫌がらせだろうというのが、周囲の見解だった。
魔の森への干渉の件がよほど堪えたらしい。
事実が明らかになれば、いずれは解除されるだろうが……。
それにしたって腹が立つ。なんなのよ。なにがしたいわけ。
「ヴァイスに詰め寄られた冒険者ギルドのマスター、ひどい顔色だったわね!」
愉快そうに肩を揺らしたのは、魔の森の魔女サリマンことサリーである。
森への不法侵入が減ったおかげで、彼女は自由に出かけられるようになった。この頃は一緒にお茶をする仲だ。なんだかんだと仲良くやっている。
「資産凍結の報せが来たとたん、殴り込みに行くアンタらもアンタらだけど。ギルドマスター……中間管理職って大変ね。どうせ、王子に弱みでも握られてたんでしょうけど。うふふふ。面白かったわあ。いまにも禿げ上がりそうなくらい怯えてた」
「俺は執事なので。主人の利益を守るのは当然ですからね」
「だとしても、すごい迫力だったわ。アンタ、いい仕事するわね~」
「恐縮です」
「もっと徹底的にやってしまえばよかったのに。権力にへりくだるクズよ?」
「確かに。手加減しすぎましたね」
なんだか、うちの執事と友人の会話が不穏である。
「ま、まあ。いいじゃない。王子も頭に血が上っちゃったのよ」
ギルドにプールしているお金なんて、私の総資産から考えるとほんの一部だ。別に痛くも痒くもない。けれどまあ――
それでもやられっぱなしは腹が立つ。
「ま、王に苦情ぐらいは奏上しておきましょ。ヴァイス、書面を用意してくれる?『お前んところのクズ王子、いい加減にしないと満潮近い砂浜に顔だけ出して埋めるぞゴルァ!』ってのを、オブラートに五重くらい包んだ感じで」
「オブラートがなんだかわかりませんが、承知いたしました」
「アッハッハ! アンタたち最高ね……! そんなのを、あの王に出しちゃうなんて!」
お腹を抱えて笑っているサリーに、私はため息と共に言った。
「そりゃそうでしょう。元はと言えば、向こうが教育を失敗したせいなんだから」
「嫌がらせに元婚約者の資産を凍結させる男が、次期王ってヤバいわよね」
「長子相続の弊害だね。まあ、あの王子も多少不憫なところはあるんだけど。生まれてすぐに母親が国に帰っちゃったんだっけ?」
「そうです。そもそも前王が残した負債を解消するための婚姻だったそうで。まあ、普通に愛情なんてなかったんでしょうね。跡継ぎを産んだ前王妃は、役目を果たしたとたん、ユージーン王子を置いてさっさと帰ってしまったそうです」
「……今の王妃は、この国の出身だったわよね」
「ええ。王と仲睦まじいことで有名ですね」
思わずサリーと視線を交わす。はあああ……とため息をこぼした。
「それで歪んじゃったのね~! あらまあ」
「だから王族って怖いのよ。ドロドロ過ぎる~。ああ、嫌だ」
「あら。心優しいアイシャさんは、クソ王子に同情してあげないの?」
どこか不思議そうなサリーに、思わず小首を傾げてしまった。
「……え。生い立ちと本人の資質は別でしょう? 環境に甘えて勉強を疎かにしたのも、人が苦労している時に遊び回っていたのも、サリーの友だちを捕まえようとして叱られたのも、すべて奴の責任だし。未成年だったらまだしも、いい年の大人だもの。同情の余地なんてないのでは……?」
「アハハハハハハ! 容赦ないわね。でもそれは本当にそう! それにしたって笑えるわね。よくもまあ、いままで問題にならなかったものだわ」
「お嬢が奴の仕事をカバーしていたからですよ。あの男はお嬢の献身にもっと報いるべきなんですよね……」
ひとつため息をこぼしたヴァイスは、新しいお茶をカップに注ぎながら言った。
大人な時点で自己責任だべって思ってる
アイシャに対するアレコレはゆるすまじとも思うしね
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