宴の始まり
「あ~~~~! いっぱい遊んだねえ」
「うう。疲れた……死んじゃう……」
「おふたりとも、きちんと濡れた体を拭いてくださいね」
気がつけば二時間近く沢遊びに興じていた。
バケツの中には、それなりの数のサワガニが入っている。晩酌用に摘まむ程度ならじゅうぶんな量だったので、私たちはテントを設営した場所に戻ってきていた。
「食材はサワガニだけ?」
「いえ、帰りしなに摘んできた野草も食べますよ」
「エッ……!! あの雑草……!?」
「雑草だって立派な食材ですよ。食べたくないなら、別に構いませんけど……」
ちらりとおじ様を見やる。小さく鼻で笑った。
「やっぱり賢王とまで呼ばれる方となると、道端の草なんて食べる気になれませんか。そうですよね。高貴な御方の口に合うわけがないですからね。お腹空いたんじゃないですか? だったら、転移装置で早いところ帰った方が」
「食べられるよ!!」
「…………。それはよかった~」
チッ! しぶといな。思わず明後日の方向を見ると、ヴァイスと目が合った。うっすらと笑みを浮かべ、おもむろに親指を突き立ててくる。
「お嬢、ドンマイ」
くそう。なんか余裕があって腹が立つ。
「ヴァイス。調理の準備はできている?」
「ある程度は進めておきました」
「ありがとう!」
ええい。こうなったら、とっとと美味しいものを食べてお帰りいただくまでだ。
「今日は揚げ物にしようと思います!」
ぶっちゃけ疲労困憊だ。凝ったことはしたくない。でも美味しい物を食べたい……そんな時に最適なのが揚げ物。むしろ、揚げ物は野外で行うべき料理だとすら思う。キッチンが汚れないからね。人間って、換気扇が汚れると年末の掃除を思って泣きたくなる生き物だからね。
スライム粉末を使った処理用の凝固剤も用意ずみだ。自然を汚すなんてもっての他だからね。これは絶対に用意すべき。心置きなく晩酌するためにも……!!
「わあ。なんだいこれ。かっこいいね?」
決意を固めていると、不意におじ様が声を上げた。
視線の先にはガソリン式のシングルバーナー。
「調理用のコンロみたいなものですよ。この上に調理器具を置いて料理します」
「焚き火じゃないんだ」
「揚げ物を焚き火でやるのは危ないので……」
「小さいね。携帯に便利そうだ。魔法で動かすの?」
「いいえ。中に発火性の液体が入ってます。これはサラマンダーの分泌液ですね。部品はすべてコーティング済みの魔鋼で、錆びづらいんですよ~。火力があるので、真冬でも使えます。燃焼時間に制限があるので、これ単体だけでは心許ないですけど」
「魔力なしにも使えそうでいいね。軍の装備にちょうどいいかも。ちなみに単価は」
「聞かないでください」
「アイシャちゃん……!?」
「一部に希少な魔石とか使ってませんし!」
ご、極寒の地でも使えるように、着火装置に高純度の炎石なんて使ってないもん!
そっと目を逸らすと、「金持ちの道楽かあ」なんて聞こえてきた。
「もっと実用性のある価格帯にすればいいのに」
ええい、趣味に金をつぎ込んでなにが悪い……!
「まあ、ともかく。さっさとやりましょうよ」
これ以上、深掘りされたくはなかった。
簡易テーブルの周りにアウトドアチェアを寄せて、メスティンに植物油を注ぐ。
メスティンとは! いわゆる金属製の飯ごうのことである。バーナーと同じ魔鋼製ね。お米を炊くだけでなく、炒め物なんかにも使えるすごい奴。原動機付き自転車に乗る女子高生をテーマにしたアニメで使っているのを観て、ちょっと憧れたんだよね……。一人ぶんのお米を炊くのにちょうどいいサイズ。深さもあるから揚げ物にもバッチリ。
とはいえ、三人で使うとなると小さい気がする。
ヴァイスと私だけの予定だったからなあ。イケオジが乱入してくるのが悪い。
「サワガニは素揚げにして、野草は天ぷらにしましょうかね」
ちなみに採取した野草はノビルだ。
野草食初心者のおじ様がいるから、食べやすいものにしてみたよ。
ノビルはユリ科ネギ属の植物。
葉っぱを毟ると、ニラのような臭いがする。球根が美味しい奴だ。
もちろん地球から来た外来種である。
やっぱり雑草は強いね。異世界でもワサワサ生息域を増やし続けているようだ。
天ぷらの生地はヴァイスがすでに用意してくれていた。
氷でキンキンに冷やしてある。こりゃあ、サックサクの衣になるのは確定だね!
シングルバーナーに火を着ける。すかさず油入りのメスティンを設置した。
「よし。じゃあまずは――」
どん、とテーブルにウイスキーの瓶を置く。
決意と共に言った。
「飲みますか……」
ご存じ? ここから本領発揮ですわよ
まとまった字数を出したいので、今日から隔日連載です。ブクマして更新をお待ちになってね。
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