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魔女の過去といま

「この国はね、巨大な古代遺跡の上に建っているの。それは知っている?」

「え、ええ。もちろんです。歴史はさんざん勉強させられましたから……」

「じゃあ、古代遺跡の住民の末裔が百年前まで生きていたことは?」

「……それは初耳です」

「でしょうね。おおっぴらに喧伝することでもない。この森を禁足地に指定していたのは、彼らの存在を隠すためだもの」

「戦争かなにかで、住んでいた土地から追いやられたんですか?」

「逆ね。彼らは戦う力を持たなかった。強大な力を持つ人間に立ち向かう気にすらならなかったのよ。だから、遺跡を明け渡す代わりに保護を願ったの。魔の森はね、彼らに与えられた安息の地なのよ」


 サリマンによると〝彼ら〟には特別な呼び名はないという。毛むくじゃらで二等身。小熊のぬいぐるみが動き出したような……。特定の言葉は持たないけど、とっても純粋で、無邪気な子たちだったんだって。


「アタシはね、当時の王に彼らの世話を仰せつかったのよ。エルフにさせるには、もったいない仕事だけどね。ほら、アタシってこんな感じでしょ。同族の中でも浮いていたから、煩わしくなくってちょうどよかったわ」

「〝彼ら〟は、魔女さんにとっていい友人だったんですね」

「そりゃあもう! 日ごとに場所を変えて森の中でお茶をしたのよ。薄いお茶とほんの少しのお菓子と、楽器があればそれでよかった。楽しかったわ! 外界の煩わしさから解放された気分だった! だって、誰もアタシを否定しなかったもの。拒絶しなかったもの。なにを着ても、どんな化粧をしたって馬鹿にしなかった。こんな素晴らしいことって他にある?」


 サリマンの表情が曇っていく。どこか物憂げに魔女はこう続けた。


「……でも、楽しい時間はあっという間ね。じょじょにあの子たちの数は減っていった」

「もしかして、百年前に……」

「そう。最後の子を見送ったのがその頃。みんな死んでしまった。これだから長命種って嫌よね。いつだって、気がついたらひとりぼっち」


 言葉が途切れた途端、風が吹き始める。木々が奏でる葉擦れの音が、なぜだか魔女を慰めているように感じた。


「お嬢」

「うん」


 そろそろ珈琲が落ちきった頃合いだ。

 闇色の液体をカップに注げば、ふんわりと香ばしさが鼻腔をくすぐる。そろそろとサリマンに渡すと、魔女は長い指で包み込むように持った。


「温かいわ」


 柔らかく細められた目は、わずかに潤んでいるように見える。かける言葉が見つからなくて、なんとなく無言で自分の席に戻った。自分用に購入した菓子折を開ける。美味しそうな焼き菓子。でも、なんとなく手を着ける気になれなくて座り直した。


 湖の上を駆け抜ける風が心地よかった。

 濃い緑が目に染みるようだ。誰にも穢されず、誰にも犯されずに生き抜いている木々が、花々が、そこに息づく生命が、積み上げてきた歴史を証明しているようだった。


 ここは、サリマンと〝彼ら〟にとって、紛れもない楽園だったのだ。


「……本当に素敵な場所ですね」

「でしょう? 森の木々はね、彼らの墓標でもあるのよ」


 自分のことじゃないのに、なんだかやけに胸が苦しかった。


 寂しかったろうなあ。百年も独りだなんて、私だったら我慢できない。

 別れは苦しかったろうなあ。大切な人がみんないなくなるなんて、想像もできない。


 ちょっと鼻を啜りながら飲んだ珈琲は、ふくよかな苦みで私の舌を慰めてくれた。ブラックで正解だ。今の私は甘やかされていい身分ではない。


 ――温泉、温泉って。誰かの大切な場所に入り込んで。あんまりにも馬鹿だ。


「ごめんなさい。無神経でした」


 素直に気持ちを口にすると、サリマンは目をまん丸にしていた。

 とたんに破顔する。それは、これまでの憂いを含んだ表情ではなく。


「ふ、ふふふ。美味しい珈琲に免じて許してあげるわ」


 春を待ちわびていた花が綻んだ時のような。

 どこか温かいものだった。



それなりに真面目な話を書けるんですよ ごぞんじでしたか 奥様!


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