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馬鹿王子は相変わらずである

 その日、ユージーンは這々の体で町中を彷徨っていた。


「ひいっ、ひいっ……! クソ。クソが!! なにもかもアイシャ嬢のせいだ……!」


 全身が汗と埃でまみれ、自慢の顔は醜く腫れ上がっている。


 父王に急かされ、アイシャを説得しようと彼女がよく滞在しているという森に思い切って踏み込んだ結果がコレだった。あちこち藪蚊に刺され、蛭に血を吸われ、うっかり踏んだ蛇に追いかけられ、逃げた先には魔物の巣があった。あらゆる不幸が降りかかってきたような有様だ。


「いやあ、大変でしたッスねえ」

「殿下、大丈夫か? おんぶしてやろうか?」


 ボロぞうきんのような主人と対照的に、ガンダルフとカイトは身ぎれいなものだった。別にふたりがユージーンを助けなかった訳でも、庇わなかった訳でもない。主人であるユージーンが勝手に自爆していったのである。


「ほんっと、王子と野外って相性が悪いッスよね……」

「どこに行ってもこうだもんな。虫が苦手になるはずだ。昔、呪われるようなことでもしたか?」

「い、一度……。魔女に追いかけられたことが……」

「わあ! 王子、それヤバくないッスか?」

「いますぐごめんなさいってしてきな! 付き添ってやるから!」

「う、ううううるさいっ! 僕は悪くない! なにも悪くないんだからなっ……!」


 ともかく、ユージーンは今日も今日とて疲弊しきっていた。


 まるでアイシャに会える気がしない。家を訪ねてみても、娘を溺愛している公爵に門前払いを喰らうし、手紙(ユージーンの素晴らしさを綴ったポエム)を出して復縁(?)を迫ってみても返事がこない。直談判したくとも、所在が掴めなくて困り果てていた。


 おそらく、アイシャの側にいる執事の仕業だろう。


 獣人ヴァイス。アイシャの飼い犬。


 初めて会った時からユージーンは気に入らなかった。

 本当なら王城に足を踏み入れる価値もない下等生物の癖に、顔が綺麗だからと王城の女性陣に人気があるからだ。ツンと澄ました顔が癪に障る。なにより、あのアイシャが全幅の信頼を寄せているのが頭にくる!


 きっと向こうも同じ考えのはずだ。そう思うのは、顔を合わせるたびにヴァイスがユージーンを睨み付けてくるからだった。


 完全無敵の王子なんてものは、なんの価値もない獣人からすれば眩しくて仕方がないのだろう。愚かしい。身の程を知れと反吐を吐きたい気分である。


 ともあれ、なにか手を打つべきだ。父王は不要と判断したものを容赦なく斬り捨てる人間だった。このままではユージーンも――


「くそっ……。どうすれば」


 グルグルと頭を悩ませていると、紙袋を手にしたカイトが、なにかを食べているのに気がついた。


「オイ。歩きながら食べるな。なんなんだそれは」

「新しい名物らしいッスよ。アメリカザリガニ。辛いタレが美味いッス!」

「カイト。殿下の護衛中だぞ」

「いいじゃないッスか~。コレ、アイシャ嬢が関わっているらしいッスよ」

「なにっ……!? どういうことだ、説明しろ!!」


 カイトはユージーンに巷で流れている話を伝えた。


 地球からやってきた外来種をアイシャたちが駆除したこと。


 アメリカザリガニは、当初の想定以上に広い地域に分布していて、あちこちで被害を出していたこと。駆除の陣頭指揮を執ったのがアイシャだということ。生態系を守り、果ては人々の生活を守ったとして、各所からアイシャへの賞賛の声が上がっていること。


 世間では、アイシャ以外に王妃に相応しい人間はいないという雰囲気になっているということ――


「おい、アイツは僕の婚約者を下りたはずだぞ」

「婚約破棄の件は、まだ正式に発表されてませんからね」

「なんなんだ! 逃げ出した癖に目立ちやがって……!!」


 誰かに賞賛されるべきは、いつだってユージーンのはずだった。

 それなのに、なんでこんなことに……!?

 ユージーンが臍をかんでいると、カイトが何かを思い出したように言った。


「そういえば、ザリガニを卸しに水の神殿からやって来た子が話していたんスけど。アイシャ嬢、今回の件でずいぶん疲弊してしまったらしいッスね。今度、北の森でキャンプするんだって騒いでるみたいッス」

「……ほう?」

「殿下。そこって」

「ああ。近年、魔女による被害が頻発しているとかいう――」


 王都から北に位置する場所にそれはあった。

 魔に魅了された者が息づく森。巨木が生い茂り、昼間でも日の光が差し込まないそこは、穢れた生き物たちの巣窟となっているという。

 

 人呼んで魔の森。そこを統べる主の名は、サリマン・ド・アンダンテ・ロラルーシュ。


 長命種のエルフで魔女。太古の昔から生きていると言われていて、人々から恐れられていた。しばらくなりを潜めていたものの、ここ数年活発化しており、うっかり森に迷い込んだ人間をことごとく氷漬けにしているという。


 冒険者ギルドでは討伐依頼が出ているくらいの危険人物。

 そんな人間がいる場所でキャンプだなんて――


「血迷ったか、あの女」


 口ではそういいながらも、ユージーンは口許が緩むのを止められなかった。


 もしかすれば、勝手に自滅してくれるかもしれない。そんな予感がしていたからだ。


 サリマンは過去にユージーンに呪いをかけた魔女だった。奴は王子であるユージーンにさえ、容赦がなかった。森に迷い込んだアイシャを見逃すはずがない。


 ――そうだ。なにも僕自身が動く必要はないんだ!


 このまま魔女に任せておけばいい。アイシャが死ねば、さすがに父王も諦めざるを得ないはずだ。その後、ゆっくりとシャルロッテと幸せになる方法を模索すれば――


「ふたりとも帰るぞ!」

「アイシャ嬢はどうするッスか?」

「放っておけ。僕に出来ることは、座して待つことのみ。フハハハハハハ! 奴も年貢の納め時が近いな……!!」


 ユージーンの足取りはどこまでも軽かった。困惑気味の部下の視線を浴びながら、ユージーンは意気揚々と王城へと戻っていく。


「で、殿下……!?」

「あっははははは! う、うちの王子ってなんでこんな愉快なんッスかね」


 ズボンの尻が盛大に破けているのに気がつかないまま――


王子、ちゃんとパンツはいてたかな……


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