転生令嬢は馬鹿王子を簀巻きにして叩き返した
新連載です! よろしくお願いいたします。
公爵令嬢アイシャ・ヴァレンティノは激怒した。
かならず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した――
……まあ、そこまでではないけれども。
思わず名作のパロディをしたくなるほど、その日の私は怒っていたのだ。
「アイシャ・ヴァレンティノ! 貴様を王妃として迎えることはできない!!」
「……は?」
すべての原因は、目の前で叫んでいる第一王子ユージーンにある。
私はいつだって仕事に追われていた。某メ○スさんと違って、政治が理解できて公爵令嬢な私は、様々な仕事を押しつけられていたのである。
本来なら、次期王であるユージーンがするべき仕事だったが、奴はすべて丸投げしてきた。理由は婚約者だから。婚姻前だとかは関係ないらしい。
おかげでいつも疲労困憊。建国祭が近づいたこの頃は特にだ。
今日で三徹目である。目は充血しているし、お肌はパサパサ、髪の艶だってないし、胃はキリキリ悲鳴を上げている。女としての尊厳を化粧でギリギリ保っている状況。正直、遅々として進まない計画も、不備のある書類をたたき返すのも、死んだ顔をした文官の顔を眺めるのもうんざりだった。
もう無理だ。しんどい。お風呂に入りたい。帰って惰眠を貪りたい。
そんな気持ちが限界に達しかけていた時――
例の王子がやらかしてくれたのだ。
「貴様のようなガサツで男を立てられないような人間は、僕にふさわしくない。僕の側にいるべきは、愛らしくてそこにいるだけで癒やされる女性だ……! そう、シャルロッテのようにな!」
どうやら、王子はお気に入りの男爵令嬢への愛があふれてしまったらしい。巷では純愛物語が大流行しているそうだから、それに感化でもされてしまったのだろうか。
真相はぶっちゃけどうでもよかった。うっとりと悦に入る姿が腹立たしい。私だってこんな夢見がちな奴はお断りだ。
――ああもう! どうしてこんな目に……!!
正直、頭を抱えたい気持ちでいっぱいである。
なんで、こんなクs……駄目王子の婚約者に選ばれてしまったのだろう。
思い返してみると自業自得だった。すべては私が過去に犯したやらかしのせい――
名作を引用したことからもおわかりだろう。
私は転生者である。
前世日本人のOL。お酒と自由をこよなく愛す、若干ワーカホリック気味の一般人だったのだ。お酒を飲みながらWeb小説を読むのに嵌まっていて、自分が転生したらなんて妄想するのが好きだった。
えっ、陰キャすぎ?
仕事のストレスを紛らわせてくれる友だちはいなかったのかって?
…………。ええい、黙れ黙れ!
会社勤めで多忙を極める中、自分だけで完結できるいい趣味じゃないか! 社会人になると、友人になんて気楽に会えないんだからね。その点、Web小説はおあつらえ向きだった。物心ついた時にはオタクだったし。無料で読み放題だし。普通に面白かったし!
……コ、コホン。
と、まあ。そんな私が、何の因果か公爵令嬢として転生したのである。
そりゃあもう張り切るしかないでしょう!
幸いなことに、転生後に役立ちそうな雑学本は何冊も読み漁っていた。
公爵令嬢という権力を最大活用した私は、新しい事業を興し、新商品を開発し、上下水道を整備し、農業改革を先導して――やりたいようにやった。ああ、やってやったさ! 私が十歳になる頃には、自領の人々の暮らしは見違えるように改善していた。改善してしまったのだ。
……いま思えば、それがすべての間違いだった。
気がつけば、王子の婚約者に抜擢されている。この国の現王は、諸外国から〝賢王〟とまで呼ばれるほど優秀な男だ。未知の知識を持つ公爵令嬢なんて逃がすはずがない。
『国のために、その身を捧げてくれるね?』
死刑宣告である。
公爵令嬢なのだから、高貴なるものの義務を果たせと言われれば、生真面目な日本人根性が染みついた私は頷くしかなかった。
おかげで、こんな状態に陥っている。王城に私室を与えられ、王子の執務を代行させられ、暇があれば王子妃教育だのと知識を詰め込まれた。ついでに過去に立ち上げた事業の監修まで入ってくるとなれば、まるで自由なんてない。
十年だ。今日までの十年間、そんな生活だった。
ぶっちゃけ、ワーカホリック気味だった前世よりも働いている。
いったいこれはなんの冗談だろう。いやでも、公爵令嬢としていい生活をさせてもらっているし。王子とはいい関係を築いた方がいいに決まっているし。結婚は墓場だなんて思いたくなかったし。仕方がないのかも――
後悔と諦念。現状を受け入れるまでずいぶんかかった。
国のためなら仕方がないと、ようやっと未来を考えられるようになっていたのに。
「転生者だかなんだか知らないが、君ごときが僕の妻の座に着こうなんて烏滸がましい。身分不相応だと理解したまえ……!」
――その結果がコレである。
「だがしかし、安心するがいい。貴様を追い出すことなどはしない。僕は慈悲深いからね……! 正妃はシャルロッテだが、アイシャ嬢は側妃にしてあげるよ。これからも僕の代わりに政務に励んでくれたまえッ!」
――我慢に我慢を重ねた結果がコレなんですよ!!!!!!!!
これがブチ切れないでいられるかってんだ!!
「あああああああああああ! もう生理的に無理~~~~!!」
気がつけば本音を叫んでいた。
もう王子が汚物にしか思えなかった。全身鳥肌が立っている。蕁麻疹も出ているに違いない。もう無理。発言が無理。ぜんぶ無理。人として無理。結婚なんてとんでもない。顔も見たくない! 同じ空気を吸っていたくない!
――こんな男に一生を捧げてたまるか!!!!!!!!!!!
きっと許容量を超えてしまったのだと思う。すべてを投げ出すしかないと思ってしまった。だって私は某メ○スとは違う。身代わりになってくれるような親友も、友情に感動して改心するような王様もおらず、クソみたいな王子との婚約を押しつけてくるような奴しかいないのだから、自衛するしかないのだ。
「な、なにを……」
困惑している王子を放置したまま、血走った目で背後を見やった。そこには三人の獣人が控えていた。彼らはヴァレンティノ家から派遣された執事だ。普段は父の仕事の補佐をしてくれているが、多忙な私のために付き添ってくれている。その中でも、幼馴染みのヴァイスは格別だ。若くして家令補佐を務めている彼に視線を投げると、ヴァイスは白い耳をピンと立て、毅然とした様子で言った。
「どうなさいますか。ご命令を」
「……お父様はなんて仰ってるの」
「お嬢の望むままに、と」
南の海みたいな碧色の瞳を柔らかく細める。どこか呆れ顔でヴァイスは言った。
「そもそも、こんなクソみたいな状況、ヴァレンティノ公爵は反対でした。ですが、お嬢だけが謎の義務感に駆られて勝手に受け入れていたんです」
「うっ……」
「ですから、公爵より言づてを賜っております」
ふっと優しく微笑む。ヴァイスは、見惚れるほど綺麗な礼をとって言った。
「なにがあっても自分が責任を取る。腐っても公爵家。王家と事を構えることだって辞さない。だから……思う存分やっちまえ!!」
「お父様最高! 愛してる!!」
勢いよく立ち上がった私は、すかさず執事たちに指示を飛ばした。
「アホを拘束して。熨斗をつけて返してやるわ!」
「かしこまりました」
「なっ、なっ、なにをするっ!?」
「うるさいから猿ぐつわお願いね。ああ、コイツの無能っぷりを賢王(笑)に突きつけたいんだけど」
「いままでの経緯、各種証拠はすでにまとめてあります」
「さすがヴァイス! あ、そうだ。額に『生理的に無理』って書いてやろ。誰かインクと羽根ペン持ってきて~」
「んんっ! んんんんんんん~~~~~!!」
猿ぐつわを噛ませ、その上で縄でグルグル巻きにして、いい感じに仕上がったアホ王子を執事たちに任せて送り出す。王の執務室への直通便だ。公爵家からの抗議文も添えてある。ぶっちゃけ、王城内でユージーン王子の無能さは有名だった。証拠を揃えてある以上、言いがかりだと向こうも強くは出られないはずだ。
――さて。どうなることやら。
まず婚約続行は無理だろう。やり過ぎた感は否めないが、気分はすっきりしていた。ユージーン王子には悪いが同情はしない。私を自分の都合がいいように使おうとした報いだ。
「それで、これからどうするんです。お嬢?」
ヴァイスの問いかけに、私は少しだけ考え込んだ。
「とりあえず家に帰るわ。お風呂に入って眠りたい。その後は――そうね、いつものアレをやりたいの」
「アレですか」
「そう。アレ」
じっと見つめると、ヴァイスは「かしこまりました」と頭を垂れた。
「準備はこちらでしておきます」
さすが幼馴染み。私のことをわかってくれている。
正直なところ、もうなにもしたくなかった。煩わしいものからすべて解放されて、休暇を満喫したい気持ちでいっぱいである。
できる限り早く、日常から抜け出したい。なるだけ人がいない場所がいいな。誰にも邪魔されないでマイペースに過ごしたい。人工物は少ない方が好ましい。緑がたくさんあるところかな! 近くに川が流れていると最高。マイナスイオンあふれる中で、まったりと過ごしたいのだ……!
そんな気分の私に、おあつらえ向きの娯楽があった。
――そう。キャンプである……!!
私は心からキャンプを愛している。そういう人間なのだ。
作者の「キャンプいきたい、焚き火を前にキャッキャしたい。陰キャだけど外で遊ぶの大好き」という欲望がたっぷり詰まった作品です。どうか楽しんでいただけますように。
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きりのいいところまで執筆済みなので、しばらくお付き合いくださいませ~~~ 今日は3回更新予定。三連休中はたくさん更新します。
あったかくなったら、釣り堀にいきたい作者より