4.手から火が出る人間
「ほら、ファリト君。挨拶して」
40代ほどの女性が背を屈め、少年の両肩を持って言う。
「…初めまして」
少し長い金髪を指でクルクル巻き付けながら、少年はぶっきらぼうに答えた。
…え、それだけ?
「すいません、まだ少し…」
「大丈夫です、大丈夫です」
父は女性の言葉を遮るように言った。
「エル、この子がファリト君だよ」
「エルニーナです。よろしくねファリト」
「…」
ファリトはむすっとしたまま黙り込んでいた。
か、可愛くねぇー。
事前に聞いていた話では、明るくて元気な子という風に聞いていたのだが…。
俺のファリトに対する第一印象は、可愛くない無口なガキだった。
まぁ女の子相手に緊張しちゃったのだろう。
この思春期め!
この時俺は適当に理由付けして納得したが、今思えばちゃんと知るべきだったのだろう。
彼について。この世界について。
「ば、化け物?」
え、化け物って言った?このキューティーでプリティーで純粋無垢なエルちゃんを…!?
じょ、冗談きついなぁ~。
しかし、どうもそんな冗談を言っている雰囲気ではなさそうだ。
「ごめんって、こんなことになったのは悪かったけど、流石にそんないわなくても…」
そうだ、魔物に襲われるハプニングはあったが、結果的に追い払ったのだ。結果オーライとは言わないけれども、そんな化け物と言われる筋合いは無い。
「…さっきの」
黙っていたファリトがやっと口を開いた。
「あぁ、あれね、魔法ね。いやぁびっくりだよねホントに」
「やっぱり」
ファリトはぽつりと呟く。
「まさか手から火が出るとは思わないじゃん?いやもうマジ驚きって感じだよね。ハハハ、ハハ…」
何故か少し焦り口調になりながら話している間も、ずっとファリトは俺のことを睨みつけていた。
「…ファリト、何か言いたいことがあるなら言ってよ」
「そんな事も分からないのか」
「…分かんねぇよ。俺だって必死に…!」
「はっ、そうだろうな。お前みたいな魔…」
そう言おうとしたファリトに、横からティアが殴りかかる。
一瞬何が起きたのか分からず、俺は立ちすくんでいた。
「う゛う゛う゛…」
ティアが二発目を打ち込もうと腕を振り上げる。
「ちょ、ティア待て待て!」
我に返り、俺は急いで馬乗りになったティアをファリトからどける。
「エル、悪くない!ファリト謝れ!」
「落ち着け!分かったから、どーどー」
暴れるティアをなんとか抑えながら言った。
こいつ、足折れてるんじゃないのかよ…!
しかし、どうしてファリトはこんなに突っかかってくるんだ。
「ファリト、ごめん本当に分からないんだ。何をそんなに怒ってるのか」
何が彼をそうさせるのか、本当に分からない。身に覚えがないのだ。
痛そうに頬を押さえ、起き上がりながらファリトは答えた。
「…俺の父さんは魔族に殺されたんだ」
…え?
「生きたまま俺の目の前で燃やされて死んでったよ。さっきのあれみたいにな」
ファリトの親父が…。
「そんな事一度も…」
いや、思えばあの時。ファリトに初めて会った頃。
「ファリト君は少し訳あって、この村の親戚の所に住むことになったんだよ」そう父が言っていたのを思い出した。
当時の俺は“へぇそうなんだ”ぐらいにしか考えていなかったが…。まさかそんな事が。
「考えた事あるか?目の前で人が焼かれて死んでいくのが。地獄だよ」
「それは…その…」
なんと答えるのが正解なのか、俺は言葉が詰まる。
しかし、それとこれとは別だ。
俺が化け物なんて言われるのとは、関係ないはずだ。
「でも、俺はその魔族でも化け物でも…」
「化け物だよ。お前は」
「はぁ?」
「普通の人間は手から火なんて出る訳ねぇだろ」
「いや、そうだけどこれは魔法であって…」
あれ…?
「魔法は魔族にしか使えないんだから」
剣やら斧やらの近接武器を持った前衛職が前に出て、後ろから魔法使いが援護やサポートをする。
魔法使いというのは、仲間の回復をしたりバフをかけたり、強力な攻撃魔法で敵を一掃する異世界系の物語やRPGではごく一般的な職業なのだ。
ネトゲやラノベに青春の大半を費やしてきた俺からすれば、そんなことはゲームをする上での基本中の基本である。
しかし、その基本がこの世界で通用するのかとなると、それはまた別の話なのだろう。
詰まる所、この世界で言う魔法とは魔族にしか扱えないのだ。
なんてオタク泣かせな話なのだろう。話が違うとクレームの一つでも入れてやりたい気分だ。
しかし、これで今までのファリトの言っていた事の意味がやっと分かった。
というか、そんな大事な事転生前の事前説明であるべきではないのか。
くそ、あの猫良い所だけ言って肝心な事何も伝えずに転生させやがった。次会ったら一発殴ろう。
しかし、今俺には魔法が使えた。使えてしまった。
何故?もちろん俺は魔族とかいう物騒な名前の種族ではない。正真正銘の人間だ…多分。
魔族がどういう種族なのかは知らないけど。
俺だけのチート能力とかたずけてしまえば、それまでなのだが…。
とにかく、今はなんとかファリトに弁明しなければならない。
けど、なんて言えばいいのか…。
“ 僕は魔族じゃないよ!ちょっと手から火が出る珍しい人間なんだ!”なんて言える訳もなく…。
「エル、悪いやつじゃない」
ピリピリとした空気が張り詰める中、ティアが初めに口を切る。
「ティア…」
「ティアには分からないよ」
「分かる。エル、ティアたち助けた」
その言葉にファリトは黙り込む。
「…ファリト、ファリトの言いたい事は分かった。けど僕もよく分からないんだ。どうして僕に魔法が使えたのか…」
「どうだかな」
ファリトは食い気味に答えた。
「けど僕は僕だよ。魔族でも化け物でもない」
「今までもそうやって俺達を騙してきたのか」
俺は少し言葉が詰まる。
「違うよ」
「違わねぇだろ!俺達を殺すためにずっと…」
ファリトの声が裏返る。
「違う!エル、そんなごどじない!」
急な大声に少し驚き、ティアの顔を覗くと、彼女の目から溢れるように涙が流れていた。
「…ファリト、もうやめよう」
「くそっ…!なんなんだよ!」
ファリトが立ち上がり、逃げるように走り出した。
「待って!」
そう叫んでも止まることはなく、ファリトは生い茂る草木の影に消えていく。
急いで追おうとも考えたが、足の負傷したティアを置いていく事も出来ず、ティアが落ち着くまで少しこの場にとどまる事にした。
「エル、もう大丈夫」
鼻をすすり、目を拭いながらティアが言った。
「そっか…ファリト、大丈夫かな」
「ティア、あんな奴、もう知らない」
ファリトが聞いたら絶句するだろうな。
「そんな事言うなって、友達だろ」
「…」
ファリトはもう一度俺のことを友達と言ってくれるだろうか。
「まぁ別に腹が立ってない訳では無いけどね」
全然俺の話聞いてくれないし、凄い決めつけてくるし。普通に腹立った。
けど、それ以上にファリトの気持ちを考えると、あまり強くも言えなかった。
それにファリトはまだ10歳の子供だ。
そんな相手にあーだこーだと喚くのも、精神年齢二十歳超えてる人間のすることでもあるまい。
…まぁそれはそれとして、俺のことを化け物だとか言った事については、しっかりとあのクソガキに謝ってもらおう。
いくら子供だろうが、俺はやられたらやり返す主義なんだ。精神年齢二十歳超えてるやつの恐ろしさを見せてやろう。
「ティア、立てる?」
立ち上がりながら聞くと、ティアはこちらに両手を突き出してきた。
「おんぶ」
さっきファリトをぶん殴ってたのは何だったのか。
「…はいはい」
エルはティアに背を向け、しゃがむ。
ティアは勢い良くエルの背中に飛び乗る。少しよろけたが、俺はそのまま歩き出した。
…あ、そういえば母さんにどう言い訳しよう。
「ティア…」
「ティア疲れた」
まだ何も言ってねぇよ。
エルは深くため息を吐き、重い足をなんとか前に進める。