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3.化け物

「ファリトー…喉乾いたー」

「俺に言われても困るって」

 あれからさらに歩いたが、それらしいものは何もない。


 そろそろ飽きてきたので帰りたくなってきた。

 しかし先に先にと進むティアは、まだ帰る気はなさそうだ。


「ティアー!」

「…なにー!」

 遠くからティアの声が聞こえた。もう姿は見えないが、まだ近くにはいるのだろう。


「戻ってきてー!」

 そう叫ぶと、どこからか軽快な足音が近づいてきた。


「べちゃべちゃいた?」

「いいや、喉乾いた。この辺りに水場とかってある?」

「あっち、川ある」

 ティアは今まで歩いてきた方向から、少し外れた方向を指差す。


 俺には何も分からないが、獣人の彼女には水の流れる音やら匂いやらがするのだろう。


「すごいな、そんなこと分かるのか」

「ふん、そうだろう凄いだろう。うちの子は凄いんだ」

 エルは鼻を膨らませながら答えた。


「なんでエルが自慢げなんだよ」

 そうファリトが言うと、エルは再び立ち上がり体を伸ばす。

「とりあえず、ちょっとだけ休憩し…」


 そう言おうとした瞬間、ズドンと重く響く音が遠くから聞こえた。


「ティア」

「川の方、音した」

「よしきた」

 ティアとエルは川の方に歩き出そうとする。


「え、ちょ、ちょっと待てって」

「ん?どした」

「どした、じゃねぇよ…流石に逃げた方が」

「確かにやばそうだったら逃げるけど、ここまで歩いてきたんだよ?今更帰るのはないでしょ」


 それに…。

「早く!急げ!」

 興奮気味のティアが早く行きたいと足踏みしている。


「まぁ強要はしないよ、危ないのは本当だし。もちろん僕達は行くけどね」

「…あぁもう!分かったよいくよ」

「そう言うと思った。ティア、案内して!」

 俺がそう言うと、ティアは“待ってました!”と言わんばかりに一目散に走りだした。




「エル、すごいぞ。なんか食ってる」

 あれが…魔物。

 三人の目線の先には、体長が3~4メートルはある巨大な狼のような魔物がいた。

 川を挟んでいてしっかりとは見えないが、ゴリラのような生き物の肉を食べている。


 あれも魔物なのか…?

 恐らくさっきの大きな音は、あのゴリラと戦った時の音なのだろう。

「で、でかい…」

 ファリトは相変わらずビビり散らかしていたが、ティアは目の前の光景に鼻息を荒げている。


「ティア…流石にこれ以上は近づけないからね?」

「え…」

 ティアは俺の言葉に驚いたように、気を落とした。

 この子は本当に恐怖心とかそういうのを、何処かに置いてきたのだろうか。


 しかし、凄い迫力だ。

 黒い逆立った毛並みや筋肉質な肉体が放つ重圧感が、ピリピリと肌に伝わるのを感じる。

 悔しいが、俺もファリトのことを馬鹿にはできないな。


 というのも、さっきから手の震えが止まらない。

 今ここで音を立てようものなら…。考えたくもない。


 正直言って予想以上と言わざる他ないだろう。

 森に入った時点での俺の考えでは、何もいなかったねじゃあ帰ろう、みたいな流れになんとか持っていくか、スライムとかの雑魚モンスターをボコボコにして帰るかのどっちかだと思っていたのだが…。


 いざ蓋を開けてみれば、人なんて一瞬で丸呑みにできてしまいそうなボス級の化け物が、出てきたではありませんか。

 …いや笑えねー。


「ファリト、音を立てない様にゆっくり下がって。流石に見つかったらやばい」

「珍しく同意見」

 一言多いんだよな。

 そう言うと、ファリトは音を立てないよう、ゆっくりと後ろに下がる。

 しかし、ティアが全く動こうとしない。


「ティアも、早く」

「ダメ」

「ティア、いい加減に…」

「違う」

「ティア」

「…」


 どうしてだ、いつも聞き分けが悪いとは言え、大抵俺の言う事は渋々聞いてくれるのに。

 ティアの様子に少し違和感を感じ、ふと視線を下に移すと、彼女が手の震えを必死に抑えているのがエルの目に写る。


「もう、見つかってる」

「うわぁぁぁ!!」

 叫び声のした方に目を向けると、今さっきまで川の向こうで食事中であった魔物は、ファリトの前に立ち塞がっていた。




「グルルルル…」

 やばい、考えうる限り最悪の状況だ。

 どうしてこんなことに。どこで間違ったんだ。

 そんな思考が、エルの頭の中でがんじがらめに絡めあう。


 いや、そんなことを考えても意味がない。どうすればこの状況を打開できる。

 考えろ、前世で馬鹿みたいに時間に費やしたソシャゲやラノベの知識をフルに活かせ。


 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!

 必死に思考を巡らせたが、半ばパニックになっているエルの頭では、解決策を出せるほどの余裕はなかった。


「うがぁぁ!!」

 ティアがエルの後ろから威嚇のような声を上げ、魔物に襲いかかる。

 しかし、魔物はとびかかるティアを軽々とはね返し、ティアは近くの木に叩きつけられた。


「かはっ…」

「ティア!」

 ティアが目を閉じたまま立ち上がらない。

 やばい、やばい、やばい…。


 魔物は今にもファリトに襲いかかろうとしていたが、足が地面にくっついたように動かない。

 ふざけるなよ、目の前で友達が食われそうになっているのを眺める事しか出来ないのか、俺は…!

 エルの瞳に焦りを含んだ涙が滲む。


「いやだ、死にたくない」

 ファリトが呟く。

 しかし、その言葉がエルに絶望に似た感情を植え付けた。

 くそっ…!動けよ。動けよ!

 俺のせいで…あの時ティアを止めていれば、ファリトを誘わなければ。


『手を前に出せ』

 …誰?

 エルの頭の中で知らない声が反響する。

『早く、ファリトが死ぬぞ』

 しかもこれって…日本語…?

 どういうことだ、とうとう幻聴が…。


『早くしろ、お前だけじゃない…。全員死ぬぞ』

 …それは嫌だ。絶対に、それだけは。

 もう、あんな思いしたくないんだ。


 俺は緊張で動かない手を無理やり前に突き出した。


 硬直した体に力が入り、全身の血液が沸騰しているかのような高揚感がエルを襲う。

 その瞬間突き出した右手の指先がピキピキと音を立てるのと同時に、右手が光り出し炎が出た。


「…え?」

 炎は火花を散らしながら手から放たれると、ファリトの頭上を通り過ぎ、魔物の顔面にもろに入る。

 魔物は叫び声をあげ、体をそこらじゅうの木にぶつけながら何処かへ逃げていった。




「はぁ、はぁ」

 い、生きてる?

 体の力が一気に抜け、膝から崩れ落ちた。

 それと同時に、服が背中にくっつくのを感じる。


 さっきまでは焦っていて分からなかったが、体中が汗でびちゃびちゃだった。

 顔に至っては、汗や鼻水や涙やらなんやらでひどい有り様になっているのが感触でわかる。


 俺は急いで顔を服で拭うと、二人が無事かどうか確認しようとする。

 しかし、腰が抜けていて足に力が入らず、立ち上がろうとして尻餅をついた。


 さっきのは何だったんだ。

 謎の声。

 パニックが引き起こした幻聴だったのだろうか。


 しかも、手から火…?魔法…?

 流石に急展開過ぎて追いつけない。

 それになんだか…。


「エル」

 声のした方に振り向くと、ティアが立っていた。

 しかし足を引きずっている。


「ティア!良かった…生きてて」

「エル凄い。やっつけた」

「え、あ、うん」

「さっきの何、かっこいい」


 さっきのは…恐らく魔法的なものなのだろう。

 しかし、魔法が使えるなんて凄い胸熱展開のはずが、何故だか腑に落ちないような気持ちだった。


「ティア、足大丈夫?」

「多分折れた」

「…ごめん」

「なぜ謝る」

「いや、僕がもっとしっかりしていれば、こんな…」


「ティアの方が悪い。言い出したの、ティア」「それに、エル、前言ってた。結果ればれば全てよし」


 まさかそんな言葉がティアの口から出てくるとは思わず、予想外の言葉に俺は噴き出した。

()()()()ね。…ありがとティア、そこで待っててファリト見てくる」

「分かった」


 エルはなんとか立ち上がり、歩き出した。

 しかし、動き出したと同時に右手にズキズキとした痛みが走る。

 右手の手のひらから血が出ている。想像以上に量が出ていることに少しビビった。


 魔法を使ったから…?

 俺は強く手を握り直し、無理やり痛みを我慢しながらファリトの近くまで歩み寄る。


「ファリト、無事?」

「…」

「その…悪かった。今回のは流石に調子乗りすぎた」

「…」


 ダメだ、全然聞いてくれない。

 ファリトは三角座りになったまま、顔をうずくめていた。


「ファリト、立てる?帰ろ」

 そう言って、俺は左手をファリトの前に差しだす。


 しかし、ファリトは俺の手をはじき返した。

「…触んなよ。化け物」

 顔を上げたファリトは、憎悪と恐怖が入り混じったような目でエルを見つめていた。

「…え」






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