2.ファンタジーを求めて
エルニーナ7歳。当時俺はとにかく暇を持て余していた。
異世界に転生したというのに、“ 剣シャキーン!”“ 魔法ドカーン!”みたいなTHE・異世界みたいな展開がある訳でもなく。
スライムだとかドラゴンのような異世界味溢れる定番中の定番、みたいな魔物が出てくる訳でもなく…。
いやドラゴンなんて大層なものが出て来られても困るんだけどさ。
何が言いたいのかというと、もっとファンタジー的なものが欲しいんだよ。何故なら暇だから。
一応この世界には魔法とか魔物とか、そういうのはあるのだそうだ。
しかし、7年も暇を持て余していた俺は、いい加減何か異世界っぽい事がしたかった。
ということで、俺は1人で近くの森を散策していた。
両親には危ないから近寄るなとか、そんなことを言われていたが、そんなフリのような煽り文句を言われて行かない俺ではない。
しっかし、来てみたは良いものの何もない。
まぁ流石に魔物がわんさかいても、それはそれで困るんだけど。
森に入って長いこと歩いたってのに、未だに収穫ゼロ。
「なんか期待外れだなぁ」
俺はその辺に落ちていた木の棒を振り回しながら、道中に生える背の高い草にぺしぺしと八つ当たりしつつ、汚れてしまった服をどう言い訳しようかと考えていた。
そんなこんなで歩いていると、少し見晴らしのいい場所に出た。
さっきまで草木が生い茂り、歩くのも一苦労な道だったが、それが一本の木を中心に綺麗に草原のようになっている。
まるで草木がその木を避けているような、何かありげな感じで少し神秘的だと思った。
「…誰かいる?」
木のそばに誰かが倒れているのが見えた。
気になって近づくと、獣人の少女が眠っている。服はボロボロでとてもきれいだとは言えないような見た目だった。
しかし、俺はそんなのお構いなしに、目の前の獣人という存在にとても興奮した。
うぉぉぉ!異世界っぽい!ってな具合に。
そして俺は興奮気味にその少女を眺めていると、ふとその子は目を覚ます。
「…えっと大丈夫?」
「誰?」
“誰?”と言われてもそれらしい答えはぱっと浮かばなかったが。
「エルニーナ。君は?」
「…分からない」
「分からないか…どこから来たの?」
「分からない」
「お父さんとお母さんは?」
「…」
少女は無気力に俺の質問に答える。
しかし、分からないというよりも、どうでもいいというような感じだった。
少女は決して顔を合わせようとはせず、黙り込む。
俺は彼女の隣に座り、少しの間沈黙が続いた。
「…ねえ、行くとこないんならうち来る?」
一瞬、自分でも自分が何を言っているのか分からなかった。というか、柄にもないことをしている自分に少し戸惑った。
自分で言うのもなんだが、俺はそんな後先考えずに人助けを率先してするような、偽善ったらしいキャラでもないし、ボロボロの女の子を家に誘ってどうこうしようという趣味の悪い男でもない。
まぁ女なんだけど。
けど、単純に“へぇそうなんだバイバイ”なんて、無情なことはしたくなかった。
所々に痛々しいアザや傷が見える。体もよく見ると少し瘦せている。
彼女の事情なんて何一つ知らないし、わざわざ聞こうとも思わないが、なんとなく予想はつく。
「いいの…?」
「まぁ僕は色々と言われるだろうけど、流石に父さんも母さんもほっとけなんて言うような人じゃないし、多分大丈夫だよ」
「…」
しかし、そんなかっこいいことを言ってみたはいいものの…。俺もさっきから帰り方が分からない。
まずいな、“うち来る?”なんて大見得切った手前、家の場所が分からないなんて言える訳がない。
余裕ありげな感じだが、空が少しずつ暗くなり始めているのと比例するように、俺は段々と焦り始めていた。
「…家、分からない?」
「え?い、いや?」
「多分あっち、人間の匂いする」
え、凄いこの子。獣人ってそんなことできるの。
「君さ、名前は?って分かんないのか」
「…」
「……ティア…ティーミア、ティーミアってどう?」
「…名前?」
「そう、君の名前。いや?」
「別に、なんでも…」
その割には、少し嬉しそうだった。まぁ喜んでくれたのなら良かった。
前世で飼っていた犬の名前を少し変えただけ、というのは黙っておこう。
「じゃ、ティアちゃん。行こ」
俺はティアの手を少し強引に引き、先程ティアが指を差した方向に歩き出した。
後日談、案の定俺は森に行ったことがバレてこっぴどく叱られた。
ティアの件に関しては、色々あったが俺の熱弁が功を奏し、最終的にうちの養子ということになった。
だいぶ無茶な事を言ったとは思うが、何とかしてくれた寛大なうちの両親には感謝しなければ。
自分の子供が野良猫を拾ってくる感覚で、同い年ぐらいの獣人の子供を連れてきたことに、二人とも終始驚いていが…。
しかし、そんな二人を尻目に俺はティアの汚れた体を洗うために、一緒に風呂に飛び込んだ。
「スゥー…ハァー…」
エルはティアのお腹に顔をうずくめ、深呼吸した。
勘違いしないでいただきたいのは、決していやらしい気持ちで彼女の匂いを嗅いでいるわけではない。
「エル、何してる?」
「…栄養補給かな」
「?…そうか」
いつの間にかティアは起きて、体を伸ばし、大きなあくびをした。
「こんなお腹出して寝たら風邪ひくよ」
俺は脱ぎ散らかされた服を拾い上げながら言った。
「ティア、そんな弱くない」
「そういう問題じゃない気もするんだけど…」
「エル、今日早い。なんで?」
俺ってそんなに朝弱いと思われてんの…?
「って、なんでって、昨日の事もう忘れたのか?」
「…」
「…君が森に遊びに行きたいって言ったんでしょ」
「遊ぶ!早く行く!」
ティアは俺の言葉に目を輝かせていた。
「ちょっ!声がでかい!」
エルは急いでティアの口を手で塞いだ。
「いいか、父さんと母さんには絶対言うなよ」
ただでさえ俺には前科があるんだ。
「ふぁふっふぁ」
目が覚めて階段をダッシュで駆けていくティアの後を追うように、階段を降りる。
「ファリト、なんで家にいる?」
「僕が誘ったんだよ」
「お、おはようティア」
ファリトは照れ臭そうにティアと挨拶を交わす。
「ファリトおはよう」
「ファリトが起こしに行けばいいのに」
「俺が女子の部屋にズケズケと入るような男だと思うな」
俺は女でないと?
昨日、俺はティアに魔物の話をした…してしまった。
べちゃべちゃの液体状の生き物がいるとか、羽があって口から炎を吐くでっかいトカゲがいるとか。
実際に見たことはないが…まぁいるっしょ。異世界だし。
とかいうそんな軽い感じで言ってしまったのを、今少し後悔している。
今思えば迂闊だった。ティアがこういう話に興味を持たない訳がないのだから。
案の定、考えるよりも先に体が動いちゃうティアちゃんが、魔物を探しに行くと駄々をこねるのは秒だった。
このままでは一人でも探しに行きそうな勢いだったので、俺もついていく事を条件に、約二年ぶりに俺は森に出向くことになった。
いざとなればティアの首根っこ掴んででもダッシュで逃げよう。
ちなみに、ファリトはついでである。“ティアが行きたいらしい”とか言ったらほいほいついてきた。
この子はこの子で危なっかしいような気もするが…。
第一、こんな田舎に魔物がいるものなのだろうか。それに、いたとしてどうするつもりなのか。
…心配だ。
まぁ某有名勇者も初めは木の棒で戦ってレベルを上げる訳だし。案外何とかなるでしょ。
そんなフラグとも思えるような事を考えつつ、俺は森の中を歩いていた。
「はぁ…はぁ…」
足が…パンパンバッキバキだぜ…。
俺はズンズン先に行くわんぱくなティアに何とか食らいつきながら、高低差の激しい道にくたくたになりながらも重い足を前に進める。
正直もう限界が近い。
「エルー、大丈夫かー?」
ファリトの声が少し先の方で聞こえる。
「2人とも…もっと…ペースを…」
エルは膝に手をつき、息を切らしながら言った。
何故だ、ティアはともかく、あのTHE・真面目なガリ勉眼鏡みたいなあのファリトにも体力で負けているのか。
低血圧で朝にも弱いし体力もないし、全くこの体は…。
「ファリト!見ろ!」
ティアが何か見つけたのか、奥の方から声が聞こえる。げ、元気だなぁ。
まるでティアが野山を駆け回る子犬のようだった。
まぁ獣人だから似たようなものなんだけど。
「うわぁぁ!虫!虫!」
ファリトはティアの手に掴んだ虫から逃げるように、エルの方に走ってきた。
ほう、ファリトって虫苦手なのか…覚えとこ。
「ティ、ティアきもいからそんなの持ってくるなって…」
ファリトは俺を盾にするように後ろに隠れながら、声を震わせて言った。
「エル、見ろ」
ティアは目を輝かせながら握った手を突き出す。
「はいは…」
うわなにこれきっしょ。
前世ではゴキブリも素手で掴める俺だったが、これは流石に無理と全神経が拒否反応を示している。
「ははは…それ、大丈夫なの?」
「これは、ハラワタがうまい」
食うの…?
そう言うとティアは虫の胴体と腹をちぎって分離させ、腹の方をこちらに突き出してきた。
食えと…?
虫は終始悲鳴のような奇声をあげ続けていた。
ティアは戸惑いながら苦笑いしているエルの様子に、首をかしげていた。
「…ファリト、食べろだってさ」
「ごめん絶対無理」
「ティアがあーんってしてくれるらしいよ」
「…」
悩むんだ。
「エル、いらないのか?」
うっ、やめろそんな目で見るなよ。良心が痛むじゃないか…。
首を傾げ上目遣いで聞いてくるティアに心が揺らぐが、彼女の手に持っている物に目をやるとエルは決心する。
「ちょ、ちょっと今はお腹がいっぱいかなぁ」
すまん、これは無理だ。
「そうか、分かった」
エルは珍しく聞き分けの良いティアに少し驚く。
そう言うと、ティアはちぎった虫を口に投げ込んだ。
ティアの口の中から不気味な咀嚼音と共に叫び声のような奇声が聞こえるが、ティアはそんなのお構いなしに咀嚼し、綺麗に脚だけをその辺に吐き出した。
う、うわぁ…。
そうして、彼女は再び歩き始めた。開いた口が塞がらない二人を置いて。