0.you are dead!
うっ、眩しい…。
頭が痛い、クラクラする。
なんだこれ...気持ち悪い。
変な気分だ、頭がうまく回らない。
「…か~?」
「…?」
誰だ?
よく声が聞こえない。
耳に水が入ってるような…。
女の子の声…?いや、違うか。
男とも女とも取れるような中性的な声が遠くから聞こえる。
誰かは分からないが、俺に呼びかけ、体をゆすっているのを感じる。
「…てよ」
何故だろう、頭は少しずつ起きているはずなのに、体がピクリとも動かない。
金縛りのような…。というか、さっきから誰が話しかけてきてるんだ。
なんとか体を動かそうとすると、指先が少し動いた。そこから少しずつ体に力が入るのを感じる。
重い体をなんとか起こし、目を開けた。
しかし、目の前がぼやけて何も見えない。
なんだこれ。
視界がぼやけてはいるが、白い少し大きめの人形のようなものが、何やらのそのそと動いているのが見える。
ふと手を伸ばし、その何かに触れた。
モフ
本当になんだこれ、思ったよりも毛深いな。
少し温もりを感じる、動物のような...。
そしてとてもモフモフしている。
そして俺はそのモフモフをモフモフした。
ふむふむ、なかなかに良い触り心地だ。
もう少し触っていよう。
モフ
モフモフ
モフモフモフモ…
その瞬間、まるで鞭を打ったかのような音とともに俺の体に激痛が走った。
「うぎぐ!!」
情けない声を出してしまったとは思うが、それほどの激痛が体に流れた。
冗談とか誇張とかでもなく、本当に全身の骨が折れたのかと思った。
「ぐがぁぁぁぁぁ!!」
痛ったい!痛い痛い痛い!
俺はその場に倒れこみ、痛みに悶え苦しんだ。
どこが痛いのかは分からないが、ただただ痛かった。
まるで、内側から爆発したような感覚が俺を襲った。
「やっと起きたか、この変態!」
激痛により目が覚めたのか、いつの間にか視覚と聴覚はクリアになっていた。
体の痛みの余韻で涙目になりながらも、声のする方に目をやる。
「まったく、この僕の神聖な体をわしゃわしゃと…」
俺の目の前には、二足で立ち、人語を話す猫がいた。
どういう状況だ、頭が追い付かない。
まずここはどこなんだ。それに、目の前には腕を組みプリプリしている仁王立ちにゃんこ。
いつの間にか体の痛みはなくなっており、体が無事かどうか確認すると、俺の肉体はきれいさっぱり消えていた。
正確には、いわゆる霊魂のようなものになっていた。
こんなにわかに信じがたい光景を見ているにもかかわらず、不思議に頭は冷静だった。
しかし、目の前で頬を膨らませながら、自分の体を櫛でといている猫というのは、なかなかにインパクトのある絵面で少し戸惑った。
「では少年、名前を聞こうじゃないか」
体の手入れには満足したようで、猫は腰に手を当て、改まって俺の名前を聞いてきた。
「…え、名前?」
「当たり前だろ、このバカちんがぁ!」
えぇ、凄いキレてる。
「...あれ」
おかしい、自分の名前が思い出せない。
「ふむ…分かんないか、まぁまだ定着してないんだろ。なに、すぐに思い出すさ」
「はあ」
何も思い出せない。いや、断片的な記憶があるにはある。
自分が日本生まれ日本育ちの高校生であった事、ネトゲやラノベなどをこよなく愛するオタクであった事。…彼女が出来た事もないDTであった事。
しかし、自分の名前も、親の顔さえも…曖昧になっている。
「まぁそんなことは、さして問題ではない」
結構問題なような気もするが。
「あの、聞きたいことがいくつかあるんだけど…」
「だろうね」
「とりあえずこの状況について説明を」
「ふむ…言っても、大体君の想像している通りだよ」
「ということは、このまま俺は、人体実験されて犬と合体したキメラに…」
「ならないね」
「じゃあ、このままあんたと契約して魔法●女に…」
「アニメの見過ぎだ」
じゃあ一体何だというのだ。
「おかしいな、一応そこそこ頭はいいはずなんだけど、IQが低いのか?まぁ10違ったら話がかみ合わないとか言うし…」
おい、今凄い失礼なこと言わなかったか。
「見てわかんないか?こんな何にもないけど、いかにも神聖そうな場所に、寝転んでいた君の前には天女の如き美し…」
「ちょっと何言ってるか」
「...はぁ~~~あ」
おっと、クソデカため息をつかれてしまった。
「死んだ」
「何が」
「君が」
「はい?」
「you are dead!!」
死んだ。
そんな簡単に信じられる訳がないことを、目の前のこいつに言われる少し前。
俺は自室でソシャゲのガチャが爆死したことに萎えて、某SNSに転がっているエッチな動画を見ながら、右手の上下運動に励んでいた...はずだ。
「寝落ちした…?」
「だから死んだだって」
あの状況からどうやって死ぬんだよ。
この猫何か隠しているのか、先程俺の死因について言及した所、分かりやすく話をそらされた。
というか、百歩譲ってあそこから死んだんだとして。俺の遺体は、下半身剝き出しの状態で発見されるんだろうか。
やばい、凄く嫌だ。
俺は動画をループ再生にしていたことを思い出し、さらに絶望した。
「…」
しかし、証拠も根拠ないってのに、何故だかもう死んだという事には妙に納得している自分がいる。
「いい加減現実を見るんだ」
猫は言った。
現実味のない状況にいるのに、現実を見ろとは少し違和感を感じるような気もするが…。
「もう一つ聞いていいか?」
「えー」
なんだよ面倒くさいな。
「あんた、流石にただの猫というわけではないよな。何者なんだ?」
「…やっと話の本題に入れるね」
そう言うと、猫はその場に浮かび上がった。
ま、まじかー。いや、猫が人語でしゃべっている時点で結構ファンタジーなんだけどさ。
「僕はこの世界の創造主、いわば神だ」
なんだこいつ急に中二病みたいなこと言い出したぞ。
「だから僕は神として、今から神様の仕事をするんだよ」
「というと?」
「君が1から人生を歩むための手伝いみたいなものかな」
なるほど、輪廻転生みたいなものか。まぁ、死んだとなるとそうなるのか。
善人は天国、悪人は地獄とか、世界は実はコンピューターの中で起きていることでとか、そういう訳ではないようだ。
「ただし!今回は特別に、君には特別枠を用意してある」
なんだろう、凄く胡散臭い。
「なんと今なら!さっきの天罰級の愚行も不問にしてやろう」
「愚行?」
あのモフモフしたことだろうか。
「お前…忘れたとは言わせんぞ。貴様のような下賤な者のいやらしい手つきで、僕の神聖な体をべたべたべたべた…。神様はおさわり厳禁なんだぞ!」
どうやら当たっていたらしい。なかなかにご立腹のようだ。
「いや俺も悪かったと思うよ。けど視界もぼやけてたし、状況もよく理解してなかったし…」
「言い訳なんか聞きたくない!」
こいつ、不問にするとか言いつつめちゃくちゃ根に持ってやがる…。
というか、あの激痛こいつのせいだよな。
…なんか普通に腹立ってきた。凄い痛かったし。
「とにかく、話を戻すと、君には特別枠があるんだよ…あるのね?」
「はぁ」
「…少年、異世界転生はお好きかい?」
…え?
「で、出来るの?異世界転生」
「うむ」
ま、まじかぁ…!
「魔法とかある系の?」
「ある系の」
「魔物とかいる系の?」
「いる系の」
ほ、本当にそんなのがあるのか。落ち着け、ニヤニヤが止まらん。
「ふん、その気持ち悪い顔を見るに、やる気は十分のようだね」
「う、うっさいわ!…けど、ちょっと待ってくれ」
「なんだよ、嬉しいんじゃないのか?」
「そりゃ嬉しいよ。嬉しいけど、流石に話がうますぎないか?」
普通こういうのって、“異世界転生させてあげるから魔王倒してね“とか、”世界を救うんじゃ!“みたいなイベントがあるんじゃないのか?
異世界転生なんてしたこと無いから知らないんだけどさ。
「そもそも、特別枠って何…?」
特別枠ということは、普通は違うんだろう。
「特別枠は特別枠だよ」
「…どうして俺に特別枠があるんだ」
自分で言うのもなんだが、特別正義感が強いとか、徳を積みまくったわけでもない。それに、よくある引きこもりニートが異世界転生して、とかそういうのでもない。
俺は普通に高校に通って、成績もいたって普通で、友人も特別多いわけでも少ないわけでもない。
平々凡々な人生を歩んできたと思う。
「…」
落ち着いて考えてみるとおかしい。いくらなんでも待遇が良すぎないか…?
猫は俺の質問に答えることなく、黙ってこちらを見ている。
正直気味が悪い。
「どうして、俺だけが…」
「別に君だけではないさ、他にも別世界からの転生者は何人かいる」
そうなのか。
「君らは特別なんだよ」
やはり何か裏があるのか…?
「けど、そんなことよりも、その…チートスキル的な…。無双して俺強えぇー!みたいなのは…?」
「え?あぁ、それね、まぁ多分あるんじゃない?」
え、何その反応、ないの?
「まぁ頑張ってよ」
「え、何そのさっさと行って来いみたいな」
「…何か勘違いしているようだから言うけど。君に拒否権はないよ?」
え、何その理不尽展開。
「ちょ、ちょっと待っ…」
「もう、男の子でしょ!覚悟決めろよ!」
猫がそう言って片腕を振り上げると、俺は猛烈な脱力感に襲われた。
「ちょっ、おい、ま…て……」
そうして俺は再び、深い眠りについた。
初投稿です。
面白いと思っていただけると幸いです。