襲来、ライ・トネル
フレッセンの本拠地である、エレメンテ城に戻った二人は、キンジに頼んでおいたという近隣の村への仲間集めの進捗を見ることにした。
「おい、キンジ、どうだいい奴はいたか?」
「フーガが二名ほどいましたね、インのフーガとチョウのフーガです」
「ほう、ものによっちゃあ使えるかもな、連れてこい」
フーガだという二人は、猿の様な小さめの少年と、目鼻立ちがきりりとした、端正な少女だった。
そわそわしている少年をよそに、少女は凛とした佇まいでこちらを見透かす様に見ている。
「イン・ネオといいますだ! よ、よろしくお願いしますだ!」
「チョウ・セレンです、よろしくお願いします」
ローレンは一目見ると、軽く頷きニコリと笑った。
「よし、いいね、悪くない」
ルフラムも、新たな仲間の誕生に喜んだ。
「一応、フレッセンのリーダーをやらせてもらっているルフラムだ、よろしく」
「りょ、領主様ですだ! ご丁寧にどうもですだ!」
「よろしくお願いします」
セレンは、慣れた手つきで膝をついた。
それを見たネオも真似する様にぎこちなく膝をついた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。仲良くやろう、仲間なんだから」
「わ、分かりましただ!」
ネオは嬉しそうに微笑んだ。
「仲良しごっこしているところ悪いが、恐らく時間がねぇ、出兵の準備だ」
「出兵ですだ? 戦争が起こるんですだ?」
「その通りだ。チャレンに潜ませているスパイから、チャレンが兵を送り出したとの情報があった。恐らく俺たちに向けてだろうな」
「セレン、全員を呼んできてくれないか?」
「分かりました」
「戦争……起こるんですだ!!」
全員が集まるのに十分とかからなかった。
ローレンはチャレンが出兵して来た事、兵力は五千とライ・トネルがいる事、今回迎え撃つのはフレッセン全兵力五千とルフラム一派とネオとタリムで行う事を説明した。
「うぉー! 腕がなるぜ! 暴れまくってやらぁ!」
「ライ・トネル……厄介そうな敵だな」
「招集されて、一発目で戦争に駆り出されるだ! 恐ろしいとこに来てしまっただ!」
震えているネオをなだめながら、自身も少し恐怖を覚えている事を必死で押さえ込もうとしていた。
ルフラムは、戦争というものに縁がなかった。
今まで、誰かが争っているところを見た事がないし、ルフラムの村は平和だった。
というよりも、三国になって戦争の数が減ったことも大いに影響しているのだろう。
ルフラムは、今回が初めて戦争というものに直面するのだった。
手の震えが止まらない、心臓の鼓動が早くなった。
「ルフラム、大丈夫か?」
ホルミだった。
いつもルフラムの異変に気づくのはホルミが最初だった。
「あぁ、大丈夫、少し怖いが問題ない」
「怖ぇのは当たり前だ。だから、大丈夫」
ホルミの言葉は、いつも勇気をくれるのだった。
ホルミの言葉だけではなく、フレロの存在にも大いに勇気付けられていた。
「うん、大丈夫。行こうか」
「りょ、領主様! 何かあった時はオイラがお守りするだ! 任せてくれだ!」
「ありがとうネオ。頼もしいよ」
「えへへ、嬉しいだ!」
「あー、仲良しごっこしてるとこ悪いんだが、そろそろ行ってくれ。カルエ地区を超えた先にあるヘナト平原で迎え撃ちたい。だから、急いで準備して配置についてくれ。それとルフラム、作戦があるから伝える。その準備をしてくれ」
ローレンから言われた通り、ルフラム達は、準備をしてすぐに旅立った。
シンシャが堰き止めた川を通り、カルエ地区を横切り街道を通る、しばらくのどかで緑豊かな風景が続いていたが、一変して何もない原野が現れた。
ここが、ローレンが言っていたヘナト平原で間違いなさそうだった。
「こんなだだっ広いところで戦うのか」
「それも一つの作戦だ。それよりも……」
五千人の兵達の士気の方がルフラムは心配になった。
もちろん、腕っぷしに関しては心配してはいないが、上が不安だと着いていく側も不安になってしまう。
そして、それらを和らげるのも自分の役目だと重々分かっていた。
「みんな、よいか!」
ルフラムは、一つ深呼吸をしてから仲間に向けて大声を張り上げた。
「この戦はフレッセンが始まって初の戦になる! 練兵などろくにできていないことは分かっている。しかし、僕達にはやるべき事があるだろう。各々の中に貫きたい信念があるだろう。それを胸に誇りを持って戦うぞ! 僕達は負けない!」
「おぉー!!!」
地ならしの様なけたたましい音だった。
五千人の掛け声がルフラムの心臓を直接揺らした。
その後も、槍を鳴らしたり、剣をあげたりと、兵達はルフラムに対する挨拶を交わすのをやめなかった。
「いい感じじゃねーか? ルフラムよ、やんじゃん!」
「一国の長である雰囲気は出て来ているぞ」
「かっこいいだ! ルフラム様!」
「ふっ、このくらいはやってもらわないとな」
「様付けはよしてくれ! 呼び捨てでいいよ」
軍の雰囲気は悪くない。
そんな中、平野の反対側に人影が見えて来た。
旗印は、チャレンのマークだった。
予想通りチャレン軍のライ・トネルが相手だ。
「よし、トネルが相手だ! アレを出せ!」
「はい!」
ルフラムが授かった兵器である、金属のでかい棒だ。
仕組みは分かっていないが、トネルの天敵になるとローレンが言っていた。
今、お互いの軍が平野に並び立った。
もう今すぐにでも戦争が始まってもおかしくない雰囲気が漂っていた。
その瞬間だった。
ドカン!
大きな音と共に、鉄の棒がぐらりと倒れた。
「すすめー!」
「うぉー!!」
鉄の棒が倒れたのを皮切りに、猛烈な勢いと共に、敵陣が突撃を敢行して来た。
地面は揺れ、血走った敵の目がギラギラと浮いて見えてくる。
戦争が今始まったのだ。
「どうする!ルフラム!」
「十人は、鉄の棒を立て直せ!後は全軍突撃だ!フレロとホルミはトネルを頼む!」
「あいよ! 任されたぜ!」
「全軍突撃だー!」
こちらも負けじと掛け声を出しながら走っていく。
最前線がぶつかった。
激しい衝撃と共に、人が吹き飛び、血が吹き荒れた。
戦いは泥沼化していく中、どちらが優勢とも取れない絶妙な押し引きが続いていた。
そんな中、再びドゴンという音が響き渡り、鉄の棒が倒れた。
「すごい、ローレンの言っていた通りだ。トネルの攻撃は全てアレに当たる様になっている」
ライのルーンを持つ雷を操るライ・トネルは、避雷針があると、操る雷がそちらへ流れていってしまう弱点があるのだ。
だからこその平原での開戦が望ましかった。
「全てはローレンの手のひらの中ってか! くそっ! なんか腹立つぜ! うりゃあ!」
「だからこそ、こうして開戦されたのだ! 出なければ最初の一発で三分の一はやられていたはずだ」
「敵を絶対にあの棒に近づかせるな!」
様相は、チャレンが早く棒を倒すのか、それともフレッセンがトネルを無力化するのかに勝敗が委ねられる形になった。
今のところは、フレッセンが圧倒的に有利だった。
フーガが三人いる為、平地戦では、フレッセンが押していた。
だが、たまにトネルが打つ雷が避雷針に当たるたびに倒れるので、それを起こす作業員と、万が一の避雷針防衛のタリムが控えている為、フレロとホルミが、チャレンの正規軍相手に奮闘している状態だった。
「うぉーりゃー!」
「うわぁ!」
フレロとホルミは、バタバタと人形を相手取るかの様に軽やかに道を切り開いて行く。
敵も負けじと二人に対して防衛線を張るが、上手く機能はしていない。
というよりも二人の能力が圧倒的に強かった。
「こんなもんか、チャレンは!」
「油断するなよ、ホルミ!」
「全く、頼もしい限りだ」
ルフラムが後ろから切り開いた道を進んでいく。
ドカンという音と共に、再び雷が避雷針に落ちた。
しかし、再び避雷針は高々と立ち上がった。
「よし、このまま行くぞ!」
「そうはさせるか!」
「んぬ!」
フレロに一撃入れて素早く切り返したその男は明らかにフーガだった。
「こいつは俺がやる、先に行け!」
「おうよ!」
「死ぬなよ、フレロ!」
「お前を残して死ぬわけないだろう、ルフラム! 先に行け!」
ルフラムは不安を感じていた。
さっきの様に、当然相手にもフーガが紛れ込んでいて、どこかで味方を食い破っているかもしれない。
全体の指揮もしつつ、フーガの位置も正確に知らねばならない上に、タリムが守っているとはいえ、避雷針はこの作戦の要になっている。
避雷針を立たせるのにも人員がかかる。
一刻も早くトネルの元に辿り着いて、討たねばならない。
手に持った弓に力が入る。
「ルフラム様! ホルミ様の活躍のおかげで、もうすぐ最後方まで抜けます!」
貫いた先には、広々とした広野の中心に、明らかに雰囲気のおかしい人物が立っていた。
逆立でた金色の髪に、周囲に纏う電撃が半径三メートルほど荒れ狂う様に伸びている。
「アレが……ライ・トネル!」
少し近づいただけで、体にビリビリとした感覚が襲う。
はっきりと感じてしまった。人としてのモノが違う事を。
フーガは人間の域を逸脱している。
「はぁぁぁ!」
「くぅ!」
トネルが殺気立つと、近くの雷が反応し、まとまって避雷針の方へと飛んでいく。
再び避雷針は倒れ、また立ち上がった。
「ふん、鬱陶しいな。まだアレは倒れんのか」
「あちらにもフーガがいるらしく、苦戦しております」
「おい、うち達が目の前にいる事忘れんな」
「あ?」
鋭い眼光が初めてこちらを覗く。
鷹の様な鋭い視線は、獲物を見る様な目だ。
「ほう、ここまで抜けて死にに来たか、よし来い」
「死にに来たわけじゃねぇよ!」
ホルミが単騎で突っ込んでいく。
その後を、着いて来た兵達がルフラムを守りながら突進して行く。
次の瞬間、トネルは手をこちらに向けた。
「ぐわぁ!」
「くっ!」
一瞬にして兵達が床へ倒れ込んだ。
体からは煙が上がっており、ぴくりとも動かない。
ホルミはかろうじて矛で受け止めて無傷で済んでいた。
「ルフラム! 大丈夫か!」
「あぁ、なんとか」
かろうじて生き延びたルフラムは、再び人智を超えた領域に足を踏み込んでいる事を強く自覚した。
恐ろしい、手から雷を飛ばして人を貫くなんて避けようがない。
ルフラムは、勝てるビジョンが全く浮かばなかった。
「うぉー!」
ホルミが再びトネルの元へと突っ込んでいく。
雷を出すのが間に合わないのか、ホルミの矛は確実にトネルを捉えた。
「もらったぁ!」
ガキン、という音と共に、ホルミの矛は弾き返された。
「雷は防御にも使えるのか」
バチバチと音を立てながら、徐々に範囲が大きくなっていく雷に、ルフラムは呆然と眺めていた。




