役立たず
三日後、再び集まった掘建小屋は前に来た時と変わらない雰囲気だった。
どこかの国に戦争を仕掛けるというのに、ボロ着を着た青年は未だに何かを書き連ねていて、シンシャは建物の隅で体育座りをしている。
呼び出し係をしていた人物は、外で何やらポーズを決めながら、あーでもないこーでもないと独り言を呟いていた。
ローレンは、姿すら見る事が出来なかった。
「失礼、ルフラムです。作戦の為に再び戻って参りました」
ルフラムの声を聞きつけ、奥からてこてことシンシャが歩いて来た。
瞳は輝いており、息も何やら荒い。
「ルフラム! 待ってた! あそぼー」
柔らかく白い手が、ルフラムの手を引っ張って外へと連れ出す。
触れている小さなシンシャの手は、ルフラムを憂愁に沈ませた。
こんなか弱い女の子でさえ、戦争にでるなんて想像するだけで胸がはち切れそうだった。
「おい! てめー! ルフラムに気安く話しかけてんじゃねー! ぶち転がすぞ!」
「こら、ホルミ、やめんか」
「あぁ、大丈夫だ。シンシャ、何をしようか」
ルフラムとシンシャが隅で遊んでいるうちに、ローレンがふらりとやってきた。
「おー、揃ってんな」
「あたぼーよ」
「んじゃ、早速始めんぞ」
ローレンのピリリとした空気を感じ取ったのか、シンシャが遊ぶのをやめてローレンの元へと駆け寄った。
「して、この七人でなにをするというのですかな?」
フレロは冷静に、ローレンに尋ねた。
「あぁ、俺達は今から、ラオバンのカルエ地区をこの七人で落とす」
「……七人でラオバンに喧嘩を売ると?」
ルフラムは、初めてローレンに疑いの眼差しを向けた。
「ラオバンといえば、三国のうちの一つ、その中でも頭抜けた国力を持つ国だ。それを七人でなんとかしようとは無茶ではないか?」
「まぁ、厳密にいやぁ、採用した兵達もいるから七人ぽっちではないがな、だが、この作戦に使う人数は七人だ。そこに変更はねぇ」
「無茶苦茶な事言いやがるぜ!」
「無茶ではない。我が主は勝てない無謀な事などしない」
「うぉ! お前、急に話に入ってくるなよ!」
ポーズで悩んでいた人物が、キラリと目元を輝かせながら、小洒落たポーズのまま話に入ってきた。
「我が名はテツゾウ! 覚えておけ!」
「あ、じゃあついでにキンジですよろしく」
書き物をしていた人物も目を離さずにさらりと自己紹介を終えた。
「まぁ、とりあえず作戦内容はおいおい話す。基本的にお前達のやることは、俺が暴れろと言ったタイミングで暴れてくれればいい」
「了解した」
「話が単純で助かるぜ」
こうしてローレン、シンシャ、テツゾウ、キンジ、ルフラム、フレロ、ホルミの七人はラオバンのカルエ地区を目指し進み始めた。
最大限見つからないように考慮しなければならないせいか、人が歩いていくような場所ではない道をずっと進んでいる。
「ローレン殿、一つ質問があるのだがよろしいか?」
ルフラムが口を開いた。
「お堅いな、ローレンでいいし、タメ口でいいぞ」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
ルフラムは一つ咳払いをした。
「カルエ地区とはどんな場所なのですか?」
「タビンという名を聞いたことはあるか?」
「タビン……無いな」
「うちもない」
「お前には、誰も期待してなかろう」
「あ!? 何だと! お前はポーズだけ取ってろよ!」
「ホルミ、やめんか」
「はっ、賑やかなこった」
一団は、草木を掻き分け、道なき道を進み続ける。
「悪徳タビン。あいつは民に圧政を敷いて、自分だけ美味しい思いをしている悪党だ。土地に金額をつけ、それ相応の税を払わないと地区から追放される。それが生きるのにギリギリの分まで搾取しているらしい」
「そんな……民達は大丈夫なのか?」
「大丈夫でないから我らが行くのであろうが、たわけが」
「おっ前、いちいち癪に触るやつだな! 一発殴らせろ! 何なら二発!」
「ホルミ! いちいち喧嘩を売るのはやめろ!」
「そこで俺達は、やつからあの土地を奪う。そして、俺達の国を作る。今回の任務はそこまでだ」
「一国の主になるわけだな。なるほど、言っている内容が大きすぎて、いささか現実味が湧かないが、そんなことが可能なのか」
「あぁ、可能だ。こいつらと俺がいればな」
草をかき分けながらシンシャは、後ろにいるルフラム達に向かって自慢げに鼻を鳴らす。
道は、より鬱蒼として険しさを増していく。
「本当に国に向かっているのか?」
「いい質問だな。着けば分かる」
そうして草木を掻い潜り続けた先に見えたのは、一本の小さな川だった。
ローレンは、小さな川の前で止まると、ニヤリと笑った。
「ここが目的地だ」
「なんだ? この小さな川は?」
「まさか……これは、源流?」
「へぇ、ルフラム、中々鋭いな」
ルフラムの顔から血の気が引いていくのが分かった。
今からやろうとしている事はままごとではない事が身体中の全てから伝わってきた。
「シンシャ、この川止めろ」
「あいあいさ」
無表情のまま、シンシャは、言われた通りに手をかざすと、水が時を止められたかのようにぴたりと動かなくなった。
「どう? ルフラムー? すごいでしょ、私の水を操るルーン」
褒めてもらえると思っているのか、嬉しそうに聞いてくるその姿を見て、ルフラムは胸を痛めた。
「ローレン、これは本当に正しい事なのか? 水を止めるという事は、市民にも大きな影響を与える事になる。
というよりも、それを狙って行なっているはずだ。
カルエ地区の民達を虐げて、タビンを追い払おうとする事はタビンとやっている事は同じではないのだろうか?」
「あ? 俺達は、正しいかどうかなんてもんで動いてねぇだろ? 国を興して、やることやる為に集まってんだ。情は捨てろよ」
「そうだぞ、それに、主は別に民を殺す事を望んではいない」
「この方法で民が死なぬというのか?」
「絶対死なねぇとは言い切れねぇな。普通の人間なら数日水がなくても生きていけるが、ここの民はどうかな。そうなる前にタビンをどかさなきゃならねぇな。そこからはお前らの出番よ」
ルーンで水を止めて数時間後、異変に気がついたのか、ゾロゾロとラオバンの兵士達が群がってきた。
「おい、お前達! こんなところで何をしている! お前達が水を止めた犯人か!」
「よし、暴れろ」
ローレンが言うとフレロとホルミは、いの一番に飛び出した
「ほいきた!」
「任された」
ルフラムも慌てて弓を番えるが、手元が狂ってうまく番える事ができない。
フレロとホルミは、多勢に無勢の中、健闘しているが、やはり押し返されている。
ローレン一味は、誰一人として動かない。
「……くっ!」
ルフラムは足が震えていた。
子鹿のように、ガクガクと見てわかるほどに震えていた。
そんな姿を後ろからローレン一味が笑っているように感じた。
何とか二人の役に立ちたい。
しかし、全く体が動かなかった。
正気の沙汰じゃない。
血気盛んなフレロ達とラオバン兵は、火花飛び散る攻防をひたすら繰り返している。
一歩間違えたらどちらかが死ぬ命のやり取り。
フレロからは聞いた事もない雄叫びが出る事もあり、それがより一層ルフラムの足を震えさせた。
そうこうしている内に、二人はあっという間にラオバン兵に囲まれてしまった。
おかしい、こんなのはダメだ。
こんな世界は間違っている。
「おかしい! こんなのはおかしい!」
「はっ、やっぱりこんな奴置いとくべきではなかったですな! 弓を番える事もできないへなちょこにこの先何にもできますまい」
「ルフラムー! 頑張れー!」
「シンシャ、集中しろ」
「へーい……」
「おい、ルフラム」
「ローレン、あなたも僕を弱虫だと言うのでしょう! あぁ! 僕は弱虫だ!」
「前、ちゃんと見ろ」
ルフラムは、半ば投げ槍に目を向けた。
そこには、ちらちらとこちらを見ながら戦うフレロとホルミがいた。
その目は一切濁りなく、ルフラムの事を鋭く見つめていた。
「二人とも……どうしてそんな真っ直ぐに僕なんかを見るんだ」
「お前といると元気が出る。そう言ってただろ」
「……!」
そうだ、いつでも何をする時でもルフラム達は三人一緒だった。
この間違った世界は変えないといけない。
「ホルミ! フレロ! もう一踏ん張りだ!」
そういうと、ルフラムは矢を番え、震える手で矢を放った。
何に当たる事もなく地面に刺さったが、それだけで二人には十分だった。
「おうよ!」
「おう!」
二人は、先程までの苦戦が嘘の様に、みるみるうちに敵をバッタバッタと薙ぎ倒した。
「あー! 戦ったぜぇ!」
「まぁ、これくらいならば造作もない」
二人はピンピンした様子でローレン達の元に戻ってきた。
「無事で何よりだ、二人とも」
「お前、無理してないか? 大丈夫か? ルフラム?」
「あぁ、大丈夫。ありがとう」
その瞬間だった。
「お前達か? タビン様に歯向かう奴らは?」
「……!」
突如として、ルフラムの目の前に黒い鎧を見に纏った男が現れた。
「シンシャを守れ! そいつはフーガだ!」
ローレンの掛け声に反応した皆が一斉にシンシャに向かって走り出したが、次の瞬間、シンシャは腕から血を吹き出し倒れた。
その横には、先ほどまでルフラムの目の前にいた鎧の男が剣を持ち立っていた。
「うっ……!」
「シンシャ!」
「はぁ!」
テツゾウが意気込むと、シンシャのルーンの能力が解け、流れ出そうとした川が再び止まった。
「ふむ、そういう事か」
「くっ! やめろー!! わぁぁぁ!!」
ルフラムは、素早く矢を鎧の男に放った。
しかし、剣でいとも容易く弾かれた。
「テツゾウを守れ!」
シンシャに向かっていた面々は、方向を変え、テツゾウの方へと走り出す。
今度は、体勢が整い、フレロとホルミが前に立ち、テツゾウを守る陣形を組む事に成功した。
「こいつはタリム。タビンの懐刀だ。ルーンはまだ分からねぇが、恐らく、トメルだろうな」
「ほう、そこまで見抜くとは、お前、さてはローレンか?」
「へぇ、俺の名前はそこまで届いてるのかい」
「チャレンの試験を首席で突破したのに入らなかったと聞いた。あんな賊国ではなく、ラオバンに来れば良いものを」
「へっ、あいにく、人の下が苦手なんでね、自分で国を作る事にしたぜ」
「それで、このカルエを真っ先に取ろうという話か。解せぬな」
「俺の思考をお前なんかに読めてたまるかよ」
「……まぁ、いい。私がここでトメル」
そういうと、再びルーンを使い、タリムは即座にテツゾウの背後に回り込んだ。
しかし、そこにはあらかじめ弓を構えていたルフラムが現れたと同時に矢を放ち、矢は弾かれたもののテツゾウは首の皮一枚守られた。
「お前達、こんな事をして民が苦しむ姿を見て楽しいのか?」
「楽しいわけないだろう!」
「あぁ、別に楽しかねぇ、だから、早くそこをどいてくれ」
「どくわけなかろうが! この侵略者どもが!」
その瞬間、タリムは、ローレンの首元に剣を振りかざした。
しかし、その剣は当たらず、それどころかタリムは誰に触れられるでもなく地面に倒れ込んだ。
「なんだ……!? 今、あいつら何やった?」
「くっ! 何故私が!」
驚く周囲とは裏腹に、退屈そうにあくびをするローレン。
「伝言を伝えろ、すぐ様退かないと、タビン、お前の首をとると」
「くっ!」
タリムはふらふらと起き上がると、一つ瞬きをするうちにいなくなっていた。
「よし、厄介者はいなくなった。これでもうしばらくすればカルエ地区は俺たちのもんだろう」
ルフラムは、圧倒的なルーンという力の前に恐れ慄いた。
相手を強制的に止めることができる能力など、本来到底相手にすることが出来ない。
しかし、それを一人で簡単にのしてしまったローレンにさらなる戦慄を禁じ得なかった。
そして、三日三晩、手当てを終えたシンシャとテツゾウにより、タビンは腹心の部下だけ連れ、別の場所へ逃げたと民達の様子を見に行ったキンジが報告してきた。
川は解放され、一同はカルエ地区のカルマン城に無血入城を果たした。




