最強とのカイ逅
切り立った崖の上を、生温い風が頬を抜けていく。
踏み出した後の地面が剥がれ落ち、真っ逆さまに眼下の森へと転がっていった。
ルフラムの額には汗が滴っている。
じめっとした風のせいではない事は明らかだった。
ルフラムはぐっと息を呑んだ。
前を行く二人は快調に進んでいるが、ルフラムの足にはかなり疲労が来ていた。
しかし、こんな所まで来た手前、引き返す訳にもいかない。
ルフラムには、今から会いに行く人物が一体何故こんな道の先に居を構えているのか、さっぱり分からなかった。
前の二人に遅れをとるまいとひたすらに足を動かす。
少し目を下にやると、森の少し奥に自分の生まれ育った街が広がっていた。
他の地区に認知されているかも怪しい規模の街だが、いざ上から見てみるとそれなりの体裁は保っている様に見えた。
「もう十年か……」
ひとたび足が滑れば命がないというのに、ルフラムは過去に思いを寄せる事をやめられなかった。
やっとここまで来る事が出来た。
六歳の時に課せられた使命がようやく芽吹く時が来た。
ルフラムの体に自然と力が入る。
「おーい、ルフラム! 大丈夫か?」
少し遅くなりすぎたせいか、ホルミが心配してルフラムに声をかけてくる。
「あぁ、大丈夫! それよりももう少しで着くはずだから、このまま登りきってしまおう」
「あいよー! しんどくなったら言えよー!」
ルフラムの体はもう既にしんどくなっていたが、休憩しようなんて気持ちは全く起こらなかった。
小一時間程、一歩ずつ、額の汗を拭う挙動一つさえ滑り落ちない様にと丁寧に崖を登ると、開けた緑の大地が顔を出してきた。
「着いたな」
フレロが、竹筒から水を飲み干した後、遠くを見ながら、ぽつりと呟いた。
「んー? どこだー?」
ホルミが背伸びをしながら、ウロウロと探し回っている姿を端に見ながら、フレロが見ている方をのぞくと、そこには、大きな階段と、それをびっちりと埋め尽くす人の姿があった。
「あんなにも人が……五十……いや、百はいる」
「人の数まで分かるとは、さすが、目が良いな」
「なー! どこ見て言ってんだよ! 教えてくれよ!」
ルフラムは、今までに見た事のない様な人の数に、気圧されていた。
皆、今の道を登ってきているはずだ。屈強な選りすぐりが集まっているに違いない。
あの中で、どれだけの人が残れるのだろうか。
三人一緒に残る事が出来るのだろうか。
不安で押しつぶされそうな気持ちをぐっと抑えた。
ルフラムにはやらなければいけない事がある。
「覚悟していかないと……」
「あぁ、そうだな」
「なー! 話進めないでくれよ! どこだよ!」
ルフラムは、ガヤガヤと騒いでいるホルミに場所を教えたが、結局見つける事が出来なかった。
わちゃわちゃとやかましかったホルミが、崖を登りきったこの勢いのままその列まで行こうとノリノリで提案したが、フレロが諌め、少し休憩してから行く事になった。
ルフラムの気持ちはホルミと一緒だったが、これから何が待ち受けているのか分からない事を考えると、フレロの判断が的確だと感じた。
志を同じくして、ここまで共に向かってくれる仲間の存在がとても頼もしかった。
「なぁ、これから会いに行く奴ってどんな奴なんだ?」
列に向かう途中で放ったホルミの言葉が、ルフラムとフレロを硬直させた。
「ホルミ……知らずにここまで来ていたのか?」
「おん、そいつ、つえーのか?」
「こらこら、ホルミ、そんな戦闘民族みたいなものさしで人をはかろうとするな」
「だって、ウチ達の目的の為には強い奴が必要なんじゃねぇーの?」
「それはそうだが、強さというものにも色々あってだな……」
「大丈夫、あの人は僕が聞いた中で最強の人だから」
ルフラムにとって千載一遇のチャンスだった。
この世界随一と言っても過言ではない程の逸材。
そんな人物が優秀な人を集める為に試験をすると言い出したのは、ルフラムも同様、この三国が争う時代において、新風の予感を感じさせた。
ルフラムの野望にはどうしても彼が必要だった。
列に近づくと、屈強な男が多いせいか、圧迫感が襲ってきた。
一山当てようという力自慢の熱量が、何もない更地の上で轟々と渦巻いていた。
中にはちらほら小柄な女もいたが、目は獲物を狙う鳥の様で、油断はならなかった。
この中に、ルーンを持っている者が何人いるのだろう。
それを知る術をルフラムは持たなかった。
「よっしゃぁ!」
「はぁい、次ィー!」
嬉しそうに談笑しながら出ていく一団が、横を通り過ぎていった。
そして、髭を蓄えた三十手前くらいの男が、次の一団を掘立小屋の様な場所に招き入れる。
「あいつら、受かったんだろうな!」
「だろうな」
しばらくして、さっきの一団が出てきた。
その前と同じく、自信満々の顔には笑顔がこぼれていた。
「あいつらも受かったんだろうな!」
「…………だろうな」
その様にして、掘立小屋から招かれては喜びの声が漏れ聞こえ、気がつけばルフラムの前にいたグループは全員喜んでいる様に見えた。
小一時間程、その姿を見せられ続けていたルフラムとフレロは、完全に事の次第を理解した。
「なぁ! さっきのやつも受かってたんだな! みんな、すげーな! ウチ達も頑張ろうな!」
「ホルミ! いい加減気が付かんか! これは、全員受かるもんなんだ!」
「えぇ! そうなのか!」
「あぁ、間違いない。ただ、どういう扱いになるかという所が変わるのだろう」
「そう、つまり、この面接が昇進にそのまま関わってくる可能性が高いという事だ」
どうやら、聞いていた噂は本当だったらしい。
ルフラムは、自身の手が震えている事に気がついた。
今ルフラムは、確実に前に進んでいる。
何も出来なかった過去の悔しさが、この思いを数倍に押し上げる。
高揚感が、内側から溢れて止まらない。
ルフラムは、フレロが言っていた武者震いというものを初めて実感した。
「次ィー! 入れぇ!」
ルフラム達の番だった。
ホルミが、待ちくたびれたと言わんばかりに、ピョンピョンと跳ねながら一目散に向かっていく。
掘立小屋に入ると、中は外側の見た目通りのボロ屋だった。
ありとあらゆる物が古く、何度も修繕した後がある。
その割に、水回りだけが異様に綺麗な事が違和感を強く感じさせた。
部屋の中央には、机に書物を広げて何かを書いているボロ着を着た、髪を伸び散らかした華奢な青年と、その横でどこを見ているのか分からないような、小綺麗な水色髪の少女が立っていた。
「はーい、じゃー面接始めまーす」
軽い口調で青年が言った。
面接をすると言った割には、こちらを見ようとしない。
ルフラムは、フレロを見ると目が合った。
やはり、この面接はほぼお飾りで、別の何かを見られているのだとルフラムは即座に判断した。
どこかから、最強が見ているかもしれない。
わざわざ、こんな辺境の地にしたのも、自身がいる事を悟られない為に違いない。
下手な失敗は出来ない。
力が入る拳に汗が纏わりついて気持ちが悪い。
「おいおい! なんだこれは! 最強はどこだよ!? 手合わせとかしなぁのか!? なぁ、あんちゃん! あんた最強の手下だろ? なぁ! 最強に会わせろよ!」
「はーいはい、面接の途中ですよー」
青年は、ホルミの威圧に腰が引けながらも飄々とした口調は崩さずに注意する。
「申し訳ない。うちのじゃじゃ馬が邪魔をした」
フレロが、ホルミをがっちりと抱え込んで大人しくさせる。
「ふふっ」
その姿を見て、後ろにいた水色髪の少女が、笑った。
「おい! 何笑ってんだ! 何がおかしい!」
ホルミが眉間に皺を寄せながら鋭い剣幕で少女を睨む。
しかし、少女も笑いが堪えられない様で、いつまでも口に手を覆ってくすくすと笑っている。
「こら、やめんか! ホルミ!」
「ふふっ……そこのお兄さん、アホ毛……ふふふっ」
「あ、僕?」
まさか自分が笑われているとは思いもしなかったルフラムは急に恥ずかしくなり、顔を赤らめながらアホ毛を手で触り直した。
「……うちのルフラムに何いちゃもんつけとんじゃー! 見てみろ! お前のせいでルフラム顔が真っ赤じゃねーか!」
「いちゃもんつけてんのはお前だ! ホルミ! あとルフラムについてはそっとしておいてやれ!」
「あのー……そろそろ、良いですかー?」
申し訳なさそうに青年が割って入る。
「申し訳ない。アホ毛くらい直してくるべきだった。気を取り直してよろしくお願いします」
「ほら見ろ! ルフラム気にしちゃってんじゃねーか! どうすんだ! 青髪女!」
「すまない、無視してくれ」
フレロがホルミの口を塞いで何とかルフラムはこれ以上のダメージを負わずに済んだ。
「えー、それじゃあ、名前をお願いします」
「僕が、ボウ・ルフラム、後ろの大きい方がボウ・フレロ、やかましいのがボウ・ホルミです」
「ふむ……ボウ……三兄弟で?」
「キョウダイの誓いを結び合った仲だ」
「さいですか……」
青年は、机の下から古めかしく分厚い本を取り出して、ペラペラとページをめくる。
うめきながら、困った様な顔を浮かべて真剣にページと睨めっこしている。
「なるほどね……それじゃあ特技があれば教えて下さい」
「弓が得意です」
「ウチは、暴れる事が得意だ!」
「暴れたホルミを取り押さえるのが得意だ」
「なるほど、相変わらず仲がよろしい事で」
「あぁ、僕達は十年来の仲なので」
「そうですか、それは良い事です。シンシャ、ちょっと」
青年は、ルフラム達ににこりと微笑んだ後、青髪の少女を呼びつけた。
シンシャと呼ばれた少女は、青年に耳打ちをされると、表情を変えずに、掘立小屋から外に出てどこかへ行ってしまった。
「あなた方は、良いですよ。合格です」
「え! 本当ですか!」
「うぉー! 合格だあー! これからウチ達の快進撃が世に轟くぞぉ!」
「まずは第一関門突破という所だな」
「喧嘩をふっかけまくった事が効いたな、これはうちのおかげだな!」
ルフラムは、ほっと胸を撫で下ろした。
これで、スタートラインには立つ事が出来た。
後は、己がいかにしてこの場で這い上がっていくか、それを強く考えるべきだ。
「ですが、少しあなた方は残ってもらっても良いですか? 少しやる事があるので」
「やる事?」
なんの説明もなく、立たされたまま掘立小屋の中で待っていると、シンシャが戻ってきた。
五分ほどしか経ってないが、シンシャは肩で息をするくらいに疲れ果てていた。
「ローレン……連れて来た」
「そうか、シンシャ、ありがとう。ご苦労様」
そういうなり、シンシャがフレロとホルミの袖を強めに引っ張った。
「あ? なんだよ、要件があるなら口で言え」
「付いて来いと言う事なのだろう」
ルフラムは特に呼ばれてはいなかったが、二人が何をしにいくのかが気になったので共についていく事にした。
掘立小屋の裏には大きな野原が広がっており、隅に小高い丘があった。
その丘の頂上にぽつんと開いた傘が刺さっていた。
シンシャが何も言わずに丘に向かって歩いていくので、三人も何も言わずに着いていく。
しかし、その傘がしっかりと見えて来た瞬間、三人は、すぐに自身に走った異変に気がついた。
あの傘の下にいる人物は明らかにやばい。
体が突如として硬直していく。
小刻みに震える体が、今すぐに逃げた方がいいと忠告して来ている。
何がそう言っているのかは分からないが、体内から危険信号が最大レベルで警鐘を鳴らしていた。
言わずとも、見ずともすぐに分かる。
あれが最強だ。
傘の元に着くと、一人の男が丘に心地良さそうに寝転んでいた。
「連れて来たよ、もう少し家に近づいて来てくれてもいいんじゃないの?」
「よぉ、シンシャ、ごくろーさん。俺が近づいたら他の奴らがビビっちまうだろ?」
「ビビった奴捕まえれば早い」
「……おまえ、中々酷い手使うな。そんで、そいつらが、今回初めて見つけたフーガ?」
「うん。全く居なくて退屈だった」
「そうだなぁ、やっぱ粗方、目ぼしい奴は取られてんだろうなぁ。そう楽にはいかねぇかぁ」
頭を掻きながら、男は立ち上がった。
その背は二メートル近くはある。フレロでさえ、上を見上げないといけない程にタッパがいい。
ルフラムは、後ずさりしそうになるのをグッと堪えるのに必死だった。
家と称した掘立小屋とは打って変わって、身なりは高級そうなものであつらえている。
髪も艶があり、目鼻立ちの整った顔は、素直に褒め称えるべきものだった。
その上、立ち居振る舞いに隙が全く見当たらない。
ルフラム達は強く警戒態勢をとった。
「あー、あー、そう構えなさんな。別に取って食おうなんて思ってねぇよ」
二重の切れ長の眼を細め、にこりと白い歯を見せた。
「俺の名は、ローレン。最強だ」




