敗軍の将と村娘
「がはっ!」
意識が戻った。
どのくらいの時間倒れていたのか分からなかった。
場所もさっきまでとは雰囲気の違う林の様な所に流れ着いてしまっていた。
「あっ! 目が覚めた!」
声のする方に向くと、にこやかな笑みを浮かべたルフラムと同い年くらいの少女が立っていた。
「びっくりしたよー! 水浴びしてたら川上から流れてくるんだもん!」
「君が僕を助けてくれたのか?」
「そういう事になるね!」
「そうか、ありがとう。名前を聞いていいかい?」
「レン・スズよ! よろしくね!」
すっと手が伸びてきた。
ルフラムも合わせて手を伸ばす。
軽く握っただけで折れてしまいそうなほど細い手だった。
「僕の名前はルフラムだ。よろしく」
「ルフラム、あなたはなんで川から流れてきたの? それに顔怪我してる」
「川上で戦争をしていたんだ。それで撤退している最中だったんだけど、ラオバンのラシャールとかいうのに攻められて……」
「ラシャールってあの、ソックス・ラシャール!? ラオバンのトップじゃない! そんなのとやり合ったの?」
「弓を射たんだけど、二本とも手で取られた」
「弓を手で……!? 化け物ね……」
「お前はつまらないと言われて、殴られて川に捨てられたよ」
「ふふふ、何それ! たまたま生きてて良かったわね!」
「あはは、そうだね……」
先程まで戦争をしていたとは思えない程、和やかな雰囲気で話をしていたが、ルフラムは、今の状況を詳しく知らないといけないと真っ先に感じた。
他の陣営は撤退できただろうか。
シンシャとローレンはどうなっただろうか。
戦争の事が頭の中をぐるぐると巡っていた。
「スズ、ちなみにここはどこかな?」
「ラオバンの私の村の近くよ、ナレル村っていうの」
「ラオバンの領土か、どこまで流されたんだろう」
「仲間とか、心配?」
「あぁ、特に一人、ラシャールに連れて行かれたかもしれない仲間がいる。心配だ」
ルフラムは、急いで帰ろうと歩き出したが、足にうまく力が入らずによろけてしまった。
それを見たスズが痛ましそうな顔をしながらルフラムにそっと寄り添った。
「大丈夫? 今夜はうちに泊まっていきなよ」
「……」
「仲間の事が気になるのはわかるけど、まずは自分の怪我と体力をなんとかしてからだよ!」
「……分かった。お世話になるよ」
「うむ、よろしい!」
スズは、華奢な腕を腰に当てて、満足そうに微笑んだ。
スズに歩く時に楽になるからと、その辺りから長い棒を渡され、老人か仙人の様によろよろと歩く事しばらく、ルフラムは、スズの家にたどり着いた。
「僕の家にそっくりだ」
「そうなの? 私はここでずっと一人で暮らしているわ」
「そうなのか」
不思議な事に間取りまで似通っていた。
ルフラムはまるで自分の家に帰ってきたかの様な安心感を覚えた。
棒を置き、居間に座ると小さな頃や、狩りをして食い繋いでいた頃が鮮明に思い出された。
中でも姉であるマリアとの思い出はより鮮明にフラッシュバックしてきた。
「僕も小さな頃は姉と二人で暮らしていたんだ」
「お姉さんがいるのね!」
「今はいない。世界の出口から出ていってしまったらしいんだ」
「世界の出口!? この世界には出口があるの!? そこからお姉さんは出ていってしまったの?」
「どうやらあるらしい、そこに僕も行こうとしているんだ、それで他国と争って負けてしまった」
「そうなのね……ねぇ! もっと話を聞かせて!」
それから、ルフラムは食事の準備、食事中、寝る直前までスズと様々な話をした。
小さな頃の話や、最近あった無茶苦茶な作戦の話、ローレンやフレロ、ホルミの話等、話題はいくら話してもつきなかった。
何より、楽しそうに相槌を打って聞いてくれるスズがいる事が、ルフラムを饒舌にした。
「ホルミが定期的にやらかすんだ! あれほど注意しろと言っているのに、なぜか服と靴を前後左右逆で着るんだ!」
「あはは! 面白い!」
「全く、何度言っても直らないんだ」
スズは、お腹を抱えて涙を流しながら笑っている。
「ねぇ、スズ。次は、君の事が聞きたいな」
「えー、私のこと? いいけどつまんないよ?」
「つまらなくないさ、聞かせてくれるかい?」
「私はね、捨て子だったらしいの。傾国風の吹いた日に、この村に捨てられたんだって」
「傾国風……もしかして」
「そう、私こう見えてフーガなの! 能力全然わかんないけど、フーガなの! わはは!」
この世界には、定期的に強い風が吹く事がある。
言い伝えでは外界から特別な力を宿した者が世界を循環させる為にこの世に生を受ける時に吹く風だと言われている。
そして、そうした風は必ず国が傾く。
この事から傾国風と名付けられている。
「一人は、寂しくないか?」
「寂しくないよ、村のみんなもいるし」
その声はどこか寂しそうにルフラムは感じた。
一人が絶対に寂しいというわけじゃない事もよく知っている。
村のみんながいるというのもきっと本心なのだろう。
しかし、やはり家族というものがいないのは、心に大きな穴が空いた気分を抱えているのではないだろうか。
ルフラムが実際にそうだった様に。
こんな時にそばにいて欲しいと姉の姿を何度思い返した事か分からない。
だからこそ、言える言葉があるのではないかとルフラムは思った。
「なぁ、スズ。一緒に来ないか?」
「なぁに? 会ってすぐ告白? 早くない?」
「ちがっ! そういうわけじゃ……ないわけでもないけど……その……」
「まぁ、私の魅力を前にしたらそうなる気持ちもわかるけどね」
「お、おん」
「もっとちゃんと反応なさいよ!」
「あはは! ごめんごめん!」
まったく、と頬を膨らませているスズを見ながらルフラムは、笑った。
「君にきて欲しいんだ。何故か僕の中の何かがそう言っている」
「抽象的な告白ね! でも、悪くない! 私の中の何かも言っている、この人が良いって!」
それから二人は、夜が明けるまで話しをした。
今までの寂しさを埋め尽くす様に、これからの喜びを分かち合う様に。
敗軍の将と天涯孤独の村娘は、意気投合し互いを慕い合う様になっていくのだった。




