【ギリシャ物語】深き絆。
「母上は、どんな方でしたか?」
ヘラが傍に居ない、ゼウスと二人きりの時、時々アテナはそう尋ねた。
残念ながら、彼女には母の記憶がない。ゼウスの頭の中で共に過ごしていた筈の日々は、外の世界に出た途端、おぼろげな夢のように消えてしまった。
「お前の母は、とても賢い女性だった。ちょうど今のお前のようにな」
それが、いつもの父・ゼウスの答え。
それでアテナは満足し、また甲冑と兜に身を包んで戦いに赴くのである。
しかし、その日は、更にアテナの問いは続いた。
「それなら、何故母と離縁なさらなかったのです?”メティスが男子を産んだら、ゼウスの地位を脅かす”という予言を聞けば、賢い女性ならきっと理解してくれたはず」
「それは、わしが…」
ゼウスは、小さく苦笑して額を押さえた。
「わしが、恐かったからだ…」
「予言が、ですか?」
アテナが首を傾げて聞くと、ゼウスはいいや、と首を振った。
「わしが、お前の母…メティスと出会ったのは、血気盛んな若者の時だった。
その頃わしは、父クロノスの腹から兄弟達を早く救出し、母レアや育ててくれたニンフたちに報いたいと、とても焦っていた。手立てがなければ、クロノスの腹を掻っ捌いてでも、と思いつめたことすらある。しかし、わしの力だけでは、クロノスに勝つのは難しい。
そんな時、わしに協力してくれたのが、メティスだった」
ゼウスは昔を思い出すように、青い瞳を細めた。
「彼女は、恋人として愛してくれただけではなく、母のように教え導き、姉のように諭してくれた。
”大丈夫、大丈夫よ。あなたには私が付いているから。”
そう言われたとき、わしは今までどれほどの重圧に耐えていたか、頑なに他のものを拒み、刺々しい心根だったか気付いた。彼女の腕の中で、初めて安らぎを見出せた。
そして、その優しい微笑の裏で、彼女は催吐薬を作りクロノスに飲ませるという危険な役目まで成し遂げてくれた。
…いや、まことに強く、凛とした美しさを持った女神であったよ、お前の母は。
我らがクロノスに勝利した時、他の女性を王妃にするなど、わしには考えられなかった」
「しかし、あの予言が襲い掛かったのですね?」
アテナが父を促す。
「そうだ…そして、わしは心の底から恐ろしかった…。彼女を失うなんて、思いも寄らなかったからだ」
「それは…智恵の女神として?」
ゼウスは母親にそっくりなアテナの瞳を見つめて、微笑んだ。
「もちろん、それもある。統治者として、優れた助言と智恵を手放すのはなにより避けたいことだ。
だがな、アテナ。けしてそれだけではないのだよ。勝手な話だが、わしはそれまで、メティスが傍らにいつもいてくれたことに安堵しきっていた。その気配や声さえ自分から欠かざるべきもののような気さえしていたのだ。まるで、赤子が母親から離されるのを厭うように。
彼女を失ったら、わしはもう王として立てず、無力な子供に戻ってしまうような、そんな気持ちだった…」
「父上としたことが、随分弱気だったのですね」
「そうだ。結局、わしはメティスを騙して自分の中に飲み込んだ。身篭っていたお前共々。
多分、聡い彼女のことだ、逃げ出そうとすれば簡単だっただろう。しかし、彼女はわしの我侭を受け入れ、この身体の中で様々な助言をすると言ってくれた」
「今でも…」
アテナは、ヘラを慮ってか、更に声を潜めた。
「今でも聞こえますか?母上の声が」
「ああ、聞こえる」
ゼウスは静かに目を閉じる。
「独りの時に耳を澄ますと、いつも彼女の声がする。
助言だけではなく、時々笑ったり、叱ったり、浮気ばかりしていると心配したり、な」
「なるほど、よく判りました」
アテナは笑って、立ち上がる。
「もう少し母上が甘やかさず、びしっと躾けて下さったら、父上ももう少し浮気は控えたでしょうに。この間だって…」
「…うっ、ヘラには内緒だぞ」
「判っています」
アテナは兜を小脇に抱え、父に退出の会釈をした。
その夜、アテナは夢を視た。
一面の草原。花が咲き乱れ甘い風が吹く。
その中で、アテナは誰かの柔らかな膝の上に頭を預け、寝転んでいた。
相手を知らない筈なのに、心から安心しきって。
「ねぇ、アテナ」
優しく、その人が自分の名前を呼ぶ。綺麗な穏やかな声。
「あなたのお父様は、ちょっとやんちゃで、我侭で、子供っぽいところがあるけれど。でも…」
しなやかな指が、アテナの髪を梳く。
「強くて、勇敢な方なの。だから、支えてあげてね」
その最後の囁きが、いつまでも胸に残った。
”大丈夫、あなたには私が付いているわ。”
まずは、全世界のヘラファンの皆様。
申し訳ございません~~~~!!(土下座)
冥王夫妻、海王夫妻に続き、私が好きな御夫婦ベスト3は!ゼウス様とメティス様でございました~~~!!!
いや、勿論、ヘラ様とゼウス様も好きなんです!
というか、ヘラが実質ゼウスの初恋?のようなものだと思っています。
打算も何もない恋ですから。
しかし、そんな生々しい男女の恋愛とはまた違うところで…このメティス様たちは繋がっている気がします。
こう、ソウルラブ?アガペー?!(私が言うと怪しい)
だから、カウントには入らないんです!ヘラ様、安心して!!
(テミス様とは再婚同士ですし、お互い相手を尊重した、もっとビジネスライク的な夫婦だったような気がします。お願いされてあっさり別れてますし)
そして、自分の内側にいる妻と話し込んでいるなんて…
傍から見ると、ちょっと怪しいぞゼウス!