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熱を感じて  作者: 湯尾
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 ひとまず秋に風呂に入ってもらうまでの間、微妙な距離感にどぎまぎしながらも、慣れない手つきで子猫の世話をしていく。獣医の方から厳しく指導されたものの、なんとかなるだろうと舐めていた。正直、勉強や劇の稽古より全然きつい。

 新生児、というか新生猫の世話……それこそ一朝一夕で得た知識でするにはとてもじゃないけど頼りない。世話はすごく大変だ、将来この子一匹じゃとてもじゃないが生きていけないだろう、くらい手厚い世話をしているつもりなのだが――


「みゃーみゃーないて私を呼んでるわ!」


 だけど、そんな苦労や疲れも吹き飛ぶくらい、あの毛玉(こねこ)は可愛い。

 ひとしきり世話が終わったと思いきや、また別の世話が始まる。ミルクを作ったり、排便のお手伝いをしたり、体温調節をしたり……。

 今日私一人だったら、世話がきちんとできていたかわからない。秋雨に感謝――なのか?

 喜々として子猫の元へ向かった風呂上がりの彼女はこれまた、母猫のように甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 そんな様子に私も自然と気持ちが穏やかになっていく。


「な、なに笑ってるのよ。そこのタオルとって」


「ご、ごめん」


 私は慌ててタオルを手渡す。彼女は口をへの字に曲げながらも照れくさそうに受け取ると、今度は打って変わって優しい穏やかな表情で子猫を世話する。

 秋は顔を隠すようにゴホンと咳払いをした。


「あなたもお風呂、入ってきたら? 明日も文化祭準備で――って」


 彼女はハッと重大なことを気づいたように顔を青くする。相変わらず表情が忙しいな。


「そうよ、私たちが学校いってる間、この子どうするのよー!」


 私もその時は夜を凌ぐことしか考えていなかった。そう、私たちは翌日には学校にいかなければならない。

 いっそ学校を休むか、なんて頭をよぎったがそれは最終手段だ。

 自分たちでどうにかできないとなると、誰かに頼るしかない。でも頼れる大人なんて――あ。


「一人しか、いないよねぇ……」


「え?!誰か頼める人いるの?!」


「うーん、たぶん、ね」


 また恩に着せられるだろうが、背に腹はかえられない。

 電話をかけ、事情を話すと意外にも二つ返事でイエスと返ってきた。忙しいらしく、世間話もしないまま通話は切れてしまったが。


「なんとか、してくれるらしい」


「ほんと?!良かったわ!」


「一安心だね」


 でもあの人仕事どうするんだろう、何も詳細聞けなかったけど大丈夫かな。大人だし、大丈夫だよな……?

 安心したのもつかの間、再び最終手段を使うことも視野に入れることにする。

 ホッと胸を撫で下ろしている彼女にはこのことは黙っておこう、あまり心配をかけたくない。

 そんな私の視線に気づいたのか、一瞬目が合うも瞬く間に視線を逸らされてしまった。


「ね、ねぇ大夢」


「うん? タオルならそこに――」


「違うわよ!」


「ご、ごめん、ミルクだった? 作ってくるね」


 私は慌ててミルクを作りに下に降りようとしたが、手首を思い切り掴まれる。

 強く掴まれて、なんだかそれが彼女の決意の強さを表しているようだ。


「違うわよ、お願いだから最後まで話を聞いて!」


 私がピタリと止まると、彼女の拘束も解かれる。掴まれていた手首がものすごく熱い。

 その熱でふと自分が無意識のうちに逃げようとしていたことに気づく。なにをどう切り出せばいいのか、今子猫以外の話題をどうすればいいのか、わからなかったからだ。


「う……ご、ごめん。どうかした?」


「その、王子役のこと……ご、ごめんなさい」


 秋はがばっと大きく頭を下げた。そんなことされる筋合いはないので、私は慌てて頭をあげるように言う。

 だってそうだ、元はと言えば私が王子役を安請け合いしてしまったから……。ほまちゃんのことはあれど、秋のことを考えれば断るべきだったのだ。


「ううん、元はと言えば私が悪いから。……嫌な思いさせてごめんなさい」


「大夢は優しくて人一倍思いやりがある人だもの。誰かが、特に誉さんが困ってたら見過ごすことなんてできないの、わかってるのに」


 好きな人を悲しませといて、思いやりがあるだなんて、笑わせる。


「それでも、大夢の優しさが私にだけ向けばいいのにって思ってしまうの」


 同じ、だ。そう思えば自然と笑みがこぼれた。


「な、なに笑ってるのよ……私は真剣に話してるのに」


「私も同じだったから思わず、ね。ごめんごめん」


「同じってなにが同じなのよ」


「私も秋が遊馬く……他の人と一緒にいて笑っているのを見ると羨ましいなあって思うもん」


「知ってるわ」


 予想外の返事に鳩が豆鉄砲を食らったような衝撃を受ける。

 知ってる……知ってるなら、嫉妬はしないのでは?


「なに猫が小判ぶつけられたような顔してるの?」


 それは痛そう、じゃなくて。


「そんなことわざあったっけ」


「そっち?!……アル猫で言ってたの」


 大事なことを濁す癖はそろそろ直さなければ……なんて考える気まずい沈黙の中、秋はジャケットの内ポケットから、1枚の紙を取り出す。

 丁寧に折りたたまれたそれをおそるおそる受け取ると彼女は恥ずかしげに顔を俯かせる。


「……ぅえ?!」


 広げるとどこか見覚えのあるプリント……そして文字。これは普通科で出てた、自由英作文の宿題を私が寝ぼけながら書いたプリント。

 すっかり記憶から抜け落ちていたそれと、翻訳がかかれてあるノートの1ページが添えられていた。消して書いたような跡が見受けられ、どうやら宿題をこなす時よりも本気でやったようだ。

 内容は今でも思い出すと顔から火が出る程恥ずかしい。


「こ、これ……」


「千代子先生が、面白いこと書いてるから頑張って訳してみたらって」


「レイナードお姉さんに見せたのぉ?!」


「う、うん。ダメだった?」


 声にならないほど恥ずかしいし、ダメに決まっているのだが太陽も顔負けなくらい顔が赤くなってる私を見て、秋はくすりと笑う。


「英語の先生も褒めてたわよ? Oh! パッショネィトですネッ! って」


「て、提出したのぉ?!」


「そりゃするわよ、宿題だもの」


 そ、それもそうか。だが知り合いにあんな睡魔に襲われている状態で書いた、熱に浮かされたような英文を見られれば動揺もしてしまう。

 私にふふって笑いかけたと思えば、いつか見たバカでかいカバンの中をごそごそとしだすと、これまたいつかみたタッパやランチジャーを取り出す。


「ま、訳し終わったの昨日なんだけどね。それで今日大夢に会いにきたらあの子がいて……」


 ごにょごにょと言葉が尻すぼみになりながらも、机にそれらを並べていく。


「そ、そういうわけでこれが私のあいらぶゆーよ!」


 あの日、私は月明りに照らされる秋を見て、かの有名な「月が綺麗ですね」という、夏目漱石が訳したといわれている言葉が頭に思い浮かんだ。

 そこで今現代でも語り継がれていることから、愛してるの一言で伝えきれない想いをどう表現するのか――みたいなことをつらつらと書き、最後にあなたの愛してるはなんなのだろう、と呆けた頭でまんまかいてしまったのだ。

 顔は茹で上がりそうなほど熱いが、久々に彼女の愛を見たお腹はバカ正直にそれを求めている。きっと私のお腹は前のようにゼリー飲料だけでは満足できないのだろう。

 立ち上がる湯気に湧き上がる食欲を押されながら、箸を手に取る。彼女の愛は確かに温かかった。

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