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熱を感じて  作者: 湯尾
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 間髪入れず追いかけたおかげか、彼女とはあまり距離がない。

 普段運動しないのが祟って、速さを求めて走るとすぐに息が上がるが、ここ最近の劇の練習のおかげかそんなことも考える余裕もないくらい必死に走ってるおかげか、なんとか彼女に追いつきそうだ。

 彼女も余裕が無いのかこちらを振り返ることもなく、一心不乱に走っている。

 最初から決めていたのか、図書室の前で立ち止まると急いでガチャガチャ解錠して、慌てて入って扉を閉めようとする。

 ――が、すんでのところで私の指先を扉にかけることに成功した。


「……離して」


「は、離さない……よ……」


 息も絶え絶えで今にも扉から指が外れそうだが、かかってる指に今ある気力を全て送り込んでいる。そう簡単に離してたまるもんか。

 それこそ彼女が力を入れれば簡単に扉はしまるだろう。だけども、そんなことを彼女がするはずがない。私の指がドアに挟まれてしまうから。

 そんな彼女の良心につけこんで卑怯だとも思うが今の私はなりふり構ってられないのだ。

 

「じゃあどうすればいいのよ……」


「私も中に……入れて……話、しよ?」


「……はぁ、もうわかったわよ。少しだけだからね」


 彼女は観念したように、呆れ顔で扉を開けてくれた。私はよろよろとふらつく足取りで中に入れてもらうと、ガチャリと中から鍵を閉める。

 目を見開きぎょっと驚いた様子で私を一瞥した。


「な、なんで鍵かけるの?」


「誰にも邪魔されたくないから」


 また変なところで誰かがきて、話が途切れてこじれるなんてことになってほしくない。

 彼女は視線を彷徨わせながら、いつも私たちが座っていた席に座る。文化祭期間、日中は閉鎖されている図書館。

 そして放課後は将棋部や他の文化部が文化祭準備のために使用しているため、勉強に使用することができない。

 私が図書室で勉強するときにいつも座っている席の隣。最近はすっかりご無沙汰してしまっている定位置。

 私もいつもの席に座ると、なんとなく胸の内がぽわぽわしているようなそんな心地よい感覚に襲われる。


「何ぼーっとしてるのよ。話があるんじゃないの?」


 一人そんな気持ちになっていると、しびれを切らした彼女が少々苛立った様子で言葉を投げかけてきた。

 

「わ、ご、ごめんね。久々にここ座ったなーって思って」


「……そういえばそうね」


 この席に座ってる時はまっすぐ、教科書やらノートやらを見ていて、彼女の顔を見ることはあまりなかった。

 それが今、こうして顔を突き合わせている。なんだか日常の中の非日常を体験しているみたいで、少々気持ちが浮ついてしまっているようだ。

 私のわがままでこれ以上拘束するのは申し訳ない、早く本題に入らないと。

 喉の調子を整え、呼吸を整えて意を決して尋ねた。


「え、とさ……秋のクラスはなにやるの?」


「……ショタ執事とツンデレメイドカフェ」


「へー……ニッチなコンセプトだね」


 って違う! こんなこと聞きたいんじゃなくて!

 秋から冷たい視線を送られる。そりゃ走って追いかけてきて、ゾンビみたいに扉を掴んでまで話された内容がこれならば、そんな視線も送りたくなるだろう。


「……王子役のこと、なんだけどさ」


「……」

 

 気を取り直して、本題に入る。

 秋は何も言わない。何も言わずに、私を射抜くように見据えている。


「前は言葉が足りなかった。私、前やらなきゃだめだったって言ったよね」


「ええ。さっき山田先生と話してる時もいってたわね」


「うん……それについては嘘偽りはないから、言い訳するつもりはないよ」


「……うん」


「それで……実は、もう一人王子役をやりたいって言った人は前にほまちゃんのお弁当を美味しくないって貶した人で」


「……うん?」


 なんで疑問形なのか少し気になったけど、とりあえず話を進める。


「それで、ほまちゃんもしつこい好意に参ってたみたいだったから、他に立候補もいなかったし……もちろん、他に立候補者がいたら譲ったから!」


 と、素直に私の心の内をぶちまけた。だが、私の予想とは反して秋はぶつぶつと何かを呟きながら納得いかなさそうに考え込んでいる。


「どうかした?」


「いいえ、そういうことね。相手が誉さんだからって訳じゃないのね」


 まだどこか納得いってなさそうな表情を浮かべ、私では無い誰かのことを考えるように視線を逸らしている。


「私は、これからも幼馴染が困ってたら助けたいし手を差し伸べたいと思う。でもそこには友情以外の感情は無い」


「……それはわかったわ。でも、じゃあもう私のご飯をいらないって言ったのはなんで? ……誉さんに、作ってもらってるの?」


 彼女は表情を強ばらせ、涙をなんとか堪えているようだ。

 涙とともに溢れんばかりの想いも決壊しているのも、痛いほど伝わってきた。

 私はそんな想いを受け取るように彼女の目尻から溢れてきた涙を拭う。


「それは……高一の文化祭は1度きりだから。私なんかにかまけて、貴重な時間を浪費して欲しくなかったというか」


「高一のあなたに料理を作れるのも今だけなのよ」


 それはそうだろうけど……。

 すると彼女は私の身体を舐めるように見つめると立つように促してきた。

 わけもわからず促されるまま立ち上がるとはぁ、と呆れたようにため息をつく。


「なんか、痩せたわね」


「そ、そうかな? そんなことないと思うけど」


「てっきり誉さんに作ってもらってるんだと思ってたんだけど……その様子だと本当に違うみたいね」


「そりゃそうだよ、ほまちゃんは私とは比べ物にならないくらい忙しいんだから。そんな事してる暇ないよ」


「でしょうね、すごく劇に気合い入れてるみたいだし。……じゃあやっぱり私が作るしかないわね」


 今度は困ったように眉毛を八の字にしてはにかむと、包み込むように両手で私の頬を挟んだ。

 不意にきた彼女の熱に私の心臓は跳ね上がる。先程走ってきたのとはまるで違う。たしかに心臓は暴れているはずなのに不思議と心地良さを感じた。

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