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「納得できねえよ!」
我が幼馴染の一言でクラスがまとまりかけた中、1人の男子生徒がバンと机を叩き怒声をあげる。
しん、と静まり返った教室の中、目の前の幼馴染はけだるげにため息をついた。
「なにが納得できないの? 特進劇については有名だったと思うけど? なに、メイド喫茶でもやりたいわけ?」
そうなんだ。それすら知らなかった。
「別に劇をやることには反対じゃねぇよ。でも配役まで決まってるなんて聞いてねえ」
「へぇーなんの役やりたいの?」
「そ、そりゃ主役……やりてぇっていうか」
「はっ。アンタが王子って柄?」
「んなこといったら梛木だって王子って柄じゃないだろ! どう考えたって小動物Bのほうが合ってるだろうが!」
確かに。そういった意見がざわざわと周囲の声からも聞こえてくる。
私としても小動物Bのほうが負担が少なくて助かるかも、とその案に飛びつきたいところだがそうもいかない。
この男子生徒とはちょっとばかし因縁があり、絶対譲るわけにはいかなかった。
「それはそうかもしれないけど、私はあなたにはこの役を譲る訳にはいかないよ」
「あぁ?!誉の金魚のフンは黙ってろよ」
「おい――」「そこまでだ」
担任はいつもの気だるげな雰囲気は押し隠しつつ、ぴしゃりとほまちゃんの言葉を遮る。
昔からほまちゃんは自分のことを言われても何処吹く風といった様子だが、私や友人たちの悪口を言われるとひどく憤慨してくれていた。今回もそのパターンに入りそうだったから、担任の判断は正しい。
「お前ら特進だろ。与えられた役割プラスアルファくらいできねーのか。例え男同士女同士、配役が男女逆だろうが、ラグビー部の男子がプリンセス役をやろうが先輩たちは成功させてきてた。だったら小動物Bで王子を食うくらいの演技したらいいだろ」
「……じゃあせめて、梛木が俺より役にふさわしいってこと証明してくれたら諦めます。梛木は特進の、それも2位なんですから臨機応変に対応できるってことですよね?」
「まぁ……梛木ならできるだろうな」
「え?!」
そのまったく根拠のない言葉はどこからでてくるんだ?!無責任という言葉が服を着て喋ってるわけじゃないんだから。
「さすがセンセーわかってるぅ! まさかヒロが王子に相応しい演技ができないって思ってる人がこの特進にいるとは思わなかったなぁ」
「……俺は無理だと思うね。人間には生まれ持った立場ってもんがあるんだ。マジ小動物だぜ、王子って柄じゃねえよ」
「ふーん。ま、アンタなんかに人を見抜く目なんて持ってるわけないか」
「うるせえ! 梛木、俺と今回の話の王子の演技力勝負だ」
めんどうなことになった。本当に、非常に、これ以上ないくらい面倒なことになった。
この男子、実のところ以前にほまちゃんのお弁当を貶した張本人なのである。あれだけ貶しておいて、まだ諦めてなかったのかと開いた口が塞がらない。
そんなわけでほまちゃんを大切にできない相手にはこの役を譲る気にはならなかったのだが、まさかこんな手段にでてくるとは。
どうせなら、もっと人間性がまともな男子に出てきて欲しかった。そうしたら、大手を振って譲るのに。
「ほ、他に主役……というか、王子役やりたい人はいませんか?」
「主役やりたい人、遠慮なくでてきていいよ! ヒロがまとめて倒すって」
「そ、そういうこと言いたいんじゃないから!」
ギロっと私に勝負を挑んできた男子は睨みをきかせる。そのせいもあってか、他に名乗り上げる男子はいなかった。
「じゃあまずはどこを読むか決めようぜ」
「申し訳ないんだけど、10分だけセリフ覚える時間欲しい、です。あとどこを読むかは自分で決めていいかな」
「それもそうだな。みんな悪いけど付き合ってくれ!」
しぶしぶといった感じでみんな机を後ろに下げていく。言葉にせずとも伝わるのは特進故なのだろう。
私はとりあえず10分間、台本を読み込んだ。どういう時に王子は揺さぶられて、そしてどういう感情を抱き、何を思うのか。
ヒロインといてふとした仕草にときめいている王子、ヒロインと一緒にいて初めて過ごした穏やかな時間、ヒロインを失ったときの悲しみに明け暮れる王子、最後自らのキスで目覚めたヒロインに感極まる王子。
その他様々なシーンがあるけど、見どころといえばこのあたりだろうか。
私が時間ギリギリまで王子の一挙一動を自分の中に叩き込んでいると、パンと甲高い音が鳴る。どうやら、かの男子が気合をいれるために自らの両頬を思い切り叩いたようだった。タイムリミットらしい。
「よし、時間だな。俺は準備万端だ。俺からやってもいいか?」
「うん、いいよ」
「よっし! 誉も準備しろよ」
「は? なんであたしが」
「なんでって……誉がヒロイン役だからだろ」
「別に今はあたしじゃなくてもいいでしょ。吉崎にでも頼めば?」
「……頼むよ誉」
いつも強気な彼にしては珍しくしおらしく頼んでいる。ほまちゃんはちらっと私の方を確認した。
「やってあげてもいいんじゃない?」
「…………ヒロがいうなら」
「ありがとう。といっても、誉にセリフはないから安心してくれ」
かの男子生徒は最後らへんのページを開いて、彼が演じたいシーンを指定。ほまちゃんは文句を言いたげにしていたが、私の顔を見るなり渋々といった感じでその言葉を飲み込んだようだった。
私の顔を立ててくれた幼なじみには感謝しないとね。
「それじゃ寝転がってくれ」
「は? 床に?」
「……俺のジャージ敷くから」
「臭そう……」
「臭くねーよ! まだ洗濯してから一度も着てねーっつーの!」
「吉崎は持ってきてないの?」
「……あるが」
「じゃああんたの貸して」
「……わかった」
かの男子生徒と同じ部活で寡黙な男子、吉崎くんに借りるようだ。
ほまちゃんもジャージとか持ってきてないか? とも思ったけど、さすがに床に敷くのは嫌か。
彼女は吉崎くんからジャージを借り、それを制服の上から着た。敷くだけだと思ったら着るのね。
そしてちゃっかり中に入っていたタオルを頭のところに敷いて寝転がる。吉崎くんの眉がぴくっと動いたような気がした。
「ほら、ちゃっちゃとやっちゃってよ」
かの男子生徒はほまちゃんに急かされると、んんっと声を鳴らし喉の調子を整える。
すると悲しげな表情に変わり、教室中に響くようにセリフを読み始めた。
「ああポニー……。まさかこんなところに……。すまない君を守ってやれなくて……」
「……君を奪った闇の国はもう、ない」
「そして、君のいない世界にも、そんな世界にのうのうと生きてる僕も」
「もう……必要、ないんだ」
必要なタメ、彼が元々持ち合わせている容姿、セリフの抑揚……極めつけは涙を、流しているということ。
それらが相まってなかなか目が離せない演技となっている。自らが主役を演じたいと自薦するだけはあった。その証拠に面白半分に私を持ち上げた担任でさえも、感嘆の声を漏らしていた。
普通の人なら自分の意思で涙を流すなんて芸当はできたものではないと思う。だが、彼はそれをやってのけている。
そして彼はその演技のまま自然と愛するヒロインに近づき、口付けをしようと――
「んゴッ……!」
したのだが、愛するヒロインにみぞおちを殴られた。
「テメッ……なにしやがる……」
「それはこっちのセリフだよ?!本当にしようとしただろ?!ありえないんだけど!」
「しししししようとなんてしてねぇし?!」
「あんたの鼻息かかってったっての! 最悪」
彼は苦悶の表情でみぞおちを抱え、膝を折るがそんな人を目の前にしてもほまちゃんは嫌悪感を隠すことなく、立ち上がってほこりを払う。
そして私の顔を見るなりぱぁっと表情を明るくさせ、勢いよく抱きついてきた。
「じゃ、次はヒロの番だね! どこのシーンやる? ヒロとならどこのシーンでもおっけーだよ?」
私はそっと彼女の腕に手を添え、身体を離した。
「ごめんね、私がやりたいシーンはほまちゃんじゃだめだから……」
ほまちゃんの前で手を合わせて謝る。
さて、と。10分と短い準備期間だったけど……どれだけのことができるだろう。
精一杯の成果を出すため、私はかの男子生徒の時にも名前がでてきた吉崎くんの元へ向かった。




