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熱を感じて  作者: 湯尾
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 どうしよう。私の記憶としては、一瞬の暗転があった後くらいの感覚なのだが、カーテンの隙間から入ってくる暖かい日差しは容赦なくその甘い認識にNOを突きつけてきている。

 下に敷いていた布団が綺麗に畳まれて片付けられているところを見ると、どうやら風呂で倒れていたとかそういう最悪なことは起きていないようだが……。

 そろりそろりと階段を下りる。トントントンと小気味よく台所から音が聞こえてきた。いつもなら、心地よく聞こえる音もどこか不穏を煽るような音に聞こえてくる。


「お、おは……よぉ?」


 逃げていたってどの道対面するんだ。だったらさっさと挨拶してしまおう。


「おはよう大夢! よく眠れた?」


 まるで何事もなかったかのようにスッキリと朝の挨拶をし、つやつやと炊き立てのお米のような彼女。

 これはイヤミ……イヤミ、なのか?


「う、うん……気づいたら朝でした」


「よく眠れてたならよかった! もうすぐ朝ごはんできるから待っててね」


 怒っているどころかむしろご機嫌? な様子の彼女に顔を洗ってくる、と告げ逃げるようにその場を立ち去る。

 本当にわけがわからない。わからないことでこんなにもやもやとした気持ちを抱くのも初めての経験だ。

 バシャバシャと乱暴に顔を水で濡らし、今後の対策を考える。冷水を顔に浴びれば頭も冴えるかと思いきや思考は鈍いまま、いい案は思い浮かばなかった。

 結局何の対策も思い浮かばないまま、秋の待つ台所へ向かう。この短時間ですっかりテーブルの上には焼き鮭にご飯、おひたしにみそ汁と立派な朝食が並んでいる。


 ちらちらこちらを気にしている様子の秋。


「え、と……なにかついてる?」


「う、ううん?!そんなことないわ」


 絶対なにかついてるじゃん。

 別になにかついてるのはいいんだけど、それ以上に彼女の視線が気になってしょうがない。

 やっぱり昨日のことを何もなかったかのようにするのは違うよなぁ……。まぁ何もなかったんだけど。


「あ、のさ……昨日はごめん。言い訳になるんだけど、勉強してたら朝になってて寝てなくて……」


「あ、あぁ! べ、別に気にしないで? 全然起きる気配なかったから、余程疲れてたんだなって思ったし」


 よかった。気を使ってるとかそういうわけでもなさそうだ。

 でもなんでだろう。結構お泊まりにこだわってたから、何も出来なかったことを怒ってると思ったのに。

 釈然としない気持ちを抱えながら朝食を頂いた。


「今日はお昼前には帰るわね」


「ん、随分早いね」


「お小遣い多めにお願いしちゃったから、みっちり店で働かなきゃいけないのよ。……夏休み終わるまで」


「それはお疲れ様だ」


 確かに映画のグッズ結構買ってたもんなぁ。


「大夢は夏休みあとはなにか予定あるの?」


「んー……」


 思案したふりをするも、特に決まった予定がある訳では無い。自主勉くらいだろう。


「勉強くらいかなー」


「そう。……もしよかったら、家にこない?」


「いかない」


「即答ね?!」


「秋の家定食屋だから、秋のお父さんお母さんにすごく失礼を働いてる気がして」


「そんなこと、ないわよ」


「あまり嘘つくの得意じゃないからさ」


 なんとか笑顔を取り繕う。でもこんな苦笑はあっさり見抜かれているようで。


「……そっか、そうよね」


「ごめん」


「ううん、いいのよ。気にしないで」


 秋は寂しそうな笑みを浮かべ、茶碗を洗い始める。


「これ洗い終わったら帰る準備するわね」


「わかった」


 あれだけの出来事があったはずなのに、なんだか瞬く間に終わりを迎えることにほんの少し寂しさを感じる。

 彼女が私の家の台所に立つ姿ももうすっかり慣れたものだ。ほとんど使われていなかった調理器具も日の目を浴びて喜んでいると思う。

 秋の料理に始まって、秋の料理で終わる。他でもない自分のために作ってくれた料理が出来たてで目の前に提供されること、胸の奥がずっと温かなお日様に照らされてるようなそんなぬくもりをずっとくれた。


「ねぇ大夢」


「ん?」


「私が帰っても、ちゃんとご飯食べるのよ? ちゃんと冷蔵庫に作り置きしてあるから」


「もちろん。……いつもありがとう」


 今までの私の主食となっていたゼリー飲料はまったく、というわけではないが活躍の場がなくなりつつあった。

 なんて軽い雑談でも時間はすぎていく。秋はあっという間に荷造りをすませて、来た時よりも重装備で帰る準備を整えた。


「やっぱりバス停まで送ろうか? 荷物も沢山あるし」


「ううん、いいのよ。外暑いし! ……それに同級生に見られたら困るだろうし」


 私と一緒に歩いてるところを見られるのそんなに嫌なのかな。

 ちらちらと視線が落ち着かない秋を見送り、本当の意味でお泊まり会になってしまった今回のイベントを惜しみつつある程度まで片付ける。

 家事手伝いさんがやってくれるとはいえ、頼りすぎっていうのもねぇ……っていう水着の時の罪悪感がまだ残っている私は面倒くさいと思いつつも手を動かした。


「……あ」


 そういえば……なんかつけられてたよな? もしかして顔に落書きでもされたか……?

 顔は洗うものの、鏡はあまり見ない。というか、見たくないので見ずに顔出したものだから、自分の顔面が今どのような状況に置かれているか把握出来ていない。

 さすがにひどい落書きはされてないだろうけど、少しの批難くらいは甘んじて受け入れるべきだろう。

 恐る恐る鏡を覗き込むといつもの情けない顔がうつってるだけで、特に何かあるわけではなかった。


「ふぅ」


 まぁそんな子供がやるようなイタズラはしないか……と安心したのも束の間。

 首と鎖骨の上らへん虫刺されのような痕があるのを発見した。

 昨日外出した時に刺されたかな、と記憶を巡らせても思い当たる節はない。こんなに刺されてたら腫れたりして気づくだろうし、特別痒くないし。


「……あ」


 もしかしてこれ虫刺されじゃなくてただの内出血……かな?

 それにしたってなんでこんなところ……ぶつけるほうが難しいだろう。

 ――と、このお泊まりが開催される前の私なら思っていたに違いない。

 今はこれまで培ってきた知識ではなく、一夜漬けしたほうの知識で思い当たるものがあった。


「ふぅ」


 落ち着くために深く息を吐いた。痕があるところをなぞるように触ると特別痛いとかそういうわけではないのに、心臓が鼓動を早め顔が熱くなる。

 確かに子供がするようなイタズラじゃないけど……それにしたって子供っぽいイタズラだなぁとまとまらない思考ではそう反論するのが精一杯だった。

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