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そこそこいい時間になったので、目的の映画館に向かう。夏休み真っただ中ということもあり親子連れや学生達で賑わっていた。それにしても女性の比率が高い。
上映一覧を見ると怪盗キャット~狙われた紅の雫~というのが本日かららしく、でかい販促ポスターや主人公? やヒロイン? のパネルを撮っている女子たちがマナーよく並んでいる。どうやらここにいる大勢の女子たちはどうやらこちらの映画が目当てのようだ。
この映画なんだろうなあ……とぼんやりその様子を見てるとチケットを発行してきたらしい彼女がパタパタとこちらへ向かってきた。
「ごめんね、勝手に予約しちゃってて。どうしても見やすい席で見たくて」
「どこでも大丈夫だよ。これ、お金」
「あ、ありがと……って多くない?」
「今日は私がお願いした立場だから。映画代は出させて」
有無を言わさない勢いでお金を手渡す、遠慮気味に受けとってくれた。
ポップコーンを食べたいらしい彼女の後をついて行って、自分も飲み物を購入。チョコといちごのポップコーンだ、定番は塩じゃないのか?
最後列の真ん中に2人でならんで座ると彼女は早速ポップコーンを黙々と食べ始めた。
「それって映画が始まったら食べるものじゃないの?」
「あ……美味しいからつい」
指摘するとポップコーンを取る手も控えめになった。気づけば劇場内も暗くなり、ここからは喋るのも厳禁な時間だ。周囲の方々もみなスクリーンに注目している。
映画がはじまってからというもの、彼女の表情の変わり様には飽きなかった。それこそ、映画を同時上映で見ている様な気分。ちゃんと映画も見ていたが、どちらかというと私は彼女の表情変化のほうが……なんていっていたら怒られるから言わないけど。
主人公のキャットという怪盗の男の子がキメてるシーンであれば目を輝やかせてみていたし、男の子が好きな幼馴染の女の子と喧嘩してるシーンであれば、ハラハラしながら見ていた。本当に喜怒哀楽がよく出ている。
その中でも一番といっていいほど興奮していたのがクライマックスで主人公が冒頭で紅い目の女の子にもらったハンカチをマジックで出し、涙をすくってこの雫はもうこぼさせないと夜の月明りの下でかっこつけているシーンだった。正直私にはよくわからなかった。
あっという間に映画は終わり、劇場が明るくなるとワッといっきに女の子たちの黄色い歓声が響き渡る。秋も感慨深げにふぅーと深いため息をついていた。
「あーほんとキャット様……最高。あんなマジックされたらもうたまんないわよ……」
とうっとりと呟いたかと思うと私の手をがっと掴む。
「さ、次は物販よ!」
なんて勢いよく私を引きずって物販コーナーへと向かっていった。
私が隅で見ているとあーでもないこーでもないとグッズを見始める。ある程度の目星はつけてきたらしいが、いざ目の前にすると悩んでしまってるようだ。
その間私も暇なので、ちょっと気になったサイトを見ることにする。
にしてもすごい数の人……とちらりと視線を向けた先に見知った人物が。ちょうどその人物もこちらを見て、ものの見事に視線が合う。
「やあ、梛木じゃないか」
「遊馬くん、こんにちは」
なんて軽く挨拶を交わす。おお……女の子たちが振り返る振り返る。
「一人か?」
「いや……秋とだよ。今物販コーナーで戦争してる」
「せんそ……ああ。あれは……たしかに戦争みたいだな」
バーゲンセールほど民度は悪くないけど、結構な人で溢れかえっている。初日じゃないと欲しいものが手に入らないっていうのもわかるが、オタ活っていうのは命がけなんだな。
「遊馬くんはデート?」
「なっ……からかわないでくれ。将棋部の友達とだ」
「ふーん? なんの映画見に来たの?」
「…………」
「あ、言えないようなやつなんだ」
「違う。……今日上映の……怪盗キャットだ」
「遊馬くんも好きなんだ」
なんか意外だな……って思っているとそうではないと首を振る。
「……友達が、好きで。どんなものなのか興味を持ってな」
あえて名前を出さないところを見るとなんとなーく察しがつく。万が一にも知られたら困るもんね。
「そっか。中々甘い内容だったから、ポップコーンは塩味のほうがいいかも?」
「む、そうか。僕はいちごとチョコにしようかなと思ったが、塩味にしようかな」
味覚まで一緒なのか。
遊馬くんはグッズを見て悩んでいる彼女を目を細めて穏やかな眼差しで見ると、同行者が彼の名前を呼ぶ。それじゃあと笑顔で手をあげ人込みに紛れていった。
間がいいのか悪いのか、遊馬くんの姿が見えなくなると袋いっぱいにグッズを詰めた満面の笑みの秋が戻ってくる。どうやら大豊作だったのか、ホクホクの様子。
「今誰かと話してた?」
「……うん、遊馬くんが友達ときてたから少し話したよ」
ここで嘘をついたってしょうがない。
「え?!なんで秀王くんがここに……?」
「映画見に来たんだって」
「へー……わざわざ今日を選ぶなんてなかなかやるわね。今日はアル猫の初日だっていうのに」
まぁ……だから今日きたんだろうけどね。
とりあえず映画館での用事も終わったので、昼食がてら軽く食べれるような店にいくことになった。彼女は私に遠慮してか別にいいといってくれたのだが、そうはいかない。これはデートなんだから。
じゃあ……と彼女の希望で気になっていたサンドイッチやパンケーキ等の軽食を提供している店があるそうでそこにいくことになった。
彼女はサンドイッチを、私はパンケーキを注文する。
「うーん……猫道の味を知ってからだと……」
「人が沢山入ってきちゃったらゆっくりできなくなるから嫌だけど、もっと人気になってもいい店だよね」
皿に置かれたサンドイッチを1口食べると彼女はそう零す。どうやら期待通りではない味のようだ。
私は相槌を打ちながらパンケーキを切り分け、一切れフォークにさして彼女の口元に差し出した。
「た、食べないの?」
「味わかんないから、感想聞かせて? それで想像して食べるから」
「え、あ、う、うん……」
なぜか歯切れが悪かったが、あむっと口をあけて食べてくれた。もぐもぐと咀嚼しているところをまじまじと見ていると恥ずかしそうに口元に手をやる。
「そんなに食べてるところ見ないで!」
「えー……秋だって私が食べてるところよく見るじゃん」
「それはっ……す、好きなんだからしょうがないでしょ?!」
「そういえばほまちゃんの誕生会の時も、みんなのこと見てたもんねぇ」
人が美味しそうに食べているところを見て、嬉しく感じるのは料理したものの特権なのだろう。
「変なところ見ないでよ……もう……」
「で、どうだった? どんな味?」
「……大夢の視線味」
「なにそれ」
「大夢の視線が気になって味わえなかったの!」
「じゃあはい、もう一口」
朝ごはんも食べたからあまりお腹がすいてなくて体よく押し付けている……なんてことはないが、有無を言わさず差し出すと今度は無言とぱくっと食べた。
今度は文句を言われないように視線をずらし店内を少し観察。容姿の整った男性店員に内装もおしゃれで、客層は若い女性。……ふむ、ここならほまちゃんがご飯に誘ってきても大丈夫かも。
「すごくふわふわしていて、バターの塩気とパンケーキの甘さがマッチしていて中々美味しいわ!」
「バターの塩気とパンケーキの甘さがマッチしている、と。おっけーありがとう!」
「なんかメモしてるの?」
「ん? うん、もしかしたら秋以外とくる機会はあった時のために。味の感想そうやって言えば違和感ないでしょ?」
「そう、よね。大夢は友達たくさんいるものね」
どこか寂し気に彼女は呟く。私はまた失言をしてしまったのか……?
理由もイマイチわからず、なんとなく空気が悪いまま食べ終わり会計をすます。私が秋の分も支払うと、彼女は自分の分は払うといってきかなかったが払わせてくれとお願いし、なんとか財布を収めてもらう。
お泊り前半戦、こんな調子でどうなってしまうんだと頭を抱えたい気持ちもあったが、今日は積極的にと当初の目的を思い出し、なんとか自分を奮い立たせた。




