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熱を感じて  作者: 湯尾
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 無事夏期講習を乗り越え、夏休み中にやろうと思っていた勉強のノルマもなんとかこなし一喜一憂していた先日。

 それでも疲れた頭にムチを打ち重い瞼をこじ開けて脳みそにこれからのための知識も叩き込んだ。まったく未知の領域で、気になることを追求していたら気づけばさわやかにスズメが鳴いていた。

 今日はお昼過ぎに映画を見る約束をしていて、その時間に間に合うように1回家に荷物を置きにくるという予定なのでまだ午前は余裕がある。

 ある程度の時間までひと眠りしておこうと布団にもぐりうとうととし始めたところで、チャイムが鳴った。ボケた頭でふらふらと向かう。


「お、おはよ、大夢」


「おはよぉ……来るの早くない? 私まだなんの準備もしてないよぉ」


「どうせなら少しでも長い時間一緒にいたいなって……。だめだった?」


「だめじゃないけど……とりあえずどうぞ」


 ボケた頭をなんとか覚醒させつつあがってもらう。とりあえず荷物を置いてもらうため、一緒に部屋へ向かった。


「あ、部屋……」


 実は自室に新しい家具を追加した。ラグと二人分のお茶菓子が乗っても余裕なくらいのテーブル、人をダメにすると噂のクッション。

 直接見に行ったわけではなく、通販で購入したものだからどんなものかと思っていたが。私にはイマイチよくわからないけど……。


「ん、と……秋が部屋に泊まるなら……こういうの必要かなって思って……」


「そんな自信なさげに言わないでちょうだい。……私はとっても嬉しいわよ?」


「ん。そ、そっか。秋が気に入ってくれたならそれでいい」


 なんとなく、お互いに口数が少ないような気もする。私もだが、きっとこの部屋で送るであろう夜のことを意識してしまっているのではないだろうか。


「あ、朝ごはんまだよね? 簡単に作ってくるわね」


 秋は持ってきた荷物を部屋において、そそくさと部屋をでていってしまった。

 少し家具を増やしただけの自分の部屋のはずなのにどこか別世界にいるようで、意識し始めると私もなんだか妙にそわそわしてしまい慌てて着替え彼女のあとを追った。だけど、嫌な気はしないのは私の心臓から流れる血液の熱が教えてくれている。

 下におりてキッチンを覗き込むと小さめの丼がぽつんと置かれていた。朝ごはんってあまり食べないけど食べれるかな……。


「もうできてるわ」


「早いね」


「盛り付けただけだからね。ネバネバ丼よ」


「ね、ネバネバ丼……?」


「納豆と山芋とオクラ、あと卵黄ね。朝からたくさんは食べられないでしょ、ゆっくり食べて」


「うん、ありがとう」


 見事にネバネバのものだらけだ。こういう丼ものって混ぜて食べる人と別々で食べる人がいるけど、私はつい混ぜてしまう。昔はこういう丼ものは早く食べて、すぐ部屋に戻ってたなぁ……。

 今は特に急ぐ必要もないというのに今までの習慣とは恐ろしいもので、あっという間に食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした」


「いつも思ってたけど食べるの早いわね? ちゃんと噛んでる?」


「へ、変かな。食べるの早いのは……今まで食事の時間って苦手なものだったから、早く済ませる習慣が抜けなくてさ。給食とかもいつも一番に食べ終わってたなぁ」


 あはは、と苦笑いを浮かべる。


「ちゃんと噛んで味わって――って、あ、ご、ごめんなさい!」


「う、ううん。気にしないで」


「本当にごめんなさい。でも噛まないと……胃腸に負担かかっちゃうから、できるだけ嚙む量多くして」


「うん、意識してみるね」


 味覚がなくなって困ったことといえば、味の感想聞かれる時だけだから食べることが好きだったわけでもないし、これから先味覚が戻っても戻らなくてもどうでもいいと思ってたんだけど――。


「早く味覚が戻らないかな」


 今は素直にこう思う。

 私の言葉が予想外だったのか、彼女はきょとんとした顔をしている。


「どうして?」


「こんなにここがぽかぽかする料理がどんな味なのか、知りたいから」


 私は心臓のあたりに手を当ててぽつりとつぶやいた。

 きっととても優しい味なんだろうな。味覚が戻って秋の料理を食べることができたのなら――初めに嚙み締めるのは幸せなんだろうけど。


「ふ、普通の味よ?!そんな……特別なものなんかじゃ……いやでも、大夢にそう思ってもらえてることができてるなら大成功ってこと……?」


「大成功って?」


「あなたを好きになってからママにね、聞いたことあるの。パパのどこが好きで結婚したの? って。そしたら、胃袋掴まれたし、逆に掴んでもやったわって。だから私も料理やるようになったの。味覚がないって最初に聞かされた時は私がやったことって無意味だったのかなって思ったけど、そんなことなかった。ちゃんと届いてほしい人に届いた」


「な、なんか今日は随分直球でくるね?」


「……あなたには言いたいこと、はっきり言った方がいいみたいだから」


 彼女はぷいっと恥ずかしそうに顔をそらした。


「正直に話すのってすごく恥ずかしいわね」


 今なら秋はなんでも話してくれそうな気がする。聞くの野暮かなって思って今まで聞かないでいたことを聞くチャンスかもしれない。


「正直ついでに聞くんだけど、さ。……私のどこを好きになったの?」


「い、今更聞くのね、それ。改めて聞かれるとちょっと恥ずかしいんだけど、気になっちゃった?」


 ニヤニヤと悪戯っ子みたいな顔をされれば別にと反抗もしたくなるけど、今は素直に答えるのが正しいだろう。


「うん、気になるから教えて」


「う……素直に言われると教えるしかないじゃない。……放課後、大夢1人で勉強してること多かったじゃない?」


「うん」


 中学生の時、家に帰りたくないっていうのもあったけどほまちゃんの部活が終わるまで1人勉強してることがほとんどだった。


「ちょうど夕方頃、夕焼けが綺麗に大夢を照らしてて……その時大夢がふと見せた切なげというか今にも消えそうな儚げな表情に……心臓を撃ち抜かれたような気持ちになったの。普段ニコニコ笑ってるのになんて儚げな表情浮かべるんだろうって……。今思い出してもドキドキする。も、もちろん仲良くなりたいって思ったきっかけは別にあるんだけどね?!」


「要は顔ってこと?」


「顔……顔も……多少はあるけどどっちかっていうと表情かしら。てか好きな人の顔嫌いって言う人なかなかいなくない?」


「ふぅん……趣味悪いね」


「ちょっと?!私の悪口はいいけど、私の好きな人の悪口は言わないで」


 こんないつも情けない表情してるのが好きなんて趣味が良いとはいえないだろう。

 まあ顔は事故とか整形とかそういったことをしない限り変わることはないから、少し安心する。いやでも待てよ……じゃあ事故にあって見るも無惨な顔になったら終わりってこと?!

 一瞬のうちに沈んだ気持ちになると顔に出ていたのか心配された。


「コロコロ表情かえてどうしたの?」


「べ、別になんでも」


「今日くらい素直になってよ」


「……私の顔がもし火傷とかで見るに堪えない顔になったらどうするのかなーって」


「好きだけど」


「顔が好きなんじゃないの?」


「そりゃ顔も好きのひとつでもあるし、そうなったら残念だって思うのも本心よ。でも言ったでしょう、あなたの優しさに救われて夢をもらったって。10年後とかのことはわからないけど、明日も大夢が好きっていうのははっきり言えるわ」


 朝から聞くには少々重めの話に胸やけがしそうだが、幸いにもあっさりしたものを食べていたのですんなり飲み込むことができた。

 こんな調子で1日過ごして、私の心臓は持つのだろうか。そんな心配も杞憂に終わるほど会話に花が咲いている様な気がした。

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