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熱を感じて  作者: 湯尾
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 家の前だ。高校に入ってからは家に帰れるもんなら、喜々として帰ったもんだが今はなんだか気分が重い。

 ノブに手をかけあけると開き、カレーのような匂いがする。これはもう中にいるんだろうな。

 そろっとリビングに続く台所が見える吹き抜けからどこぞの家政婦がごとく、ちらりと覗くとおかずをタッパに詰めていた。フタに付箋で消費期限とか律儀にかいてくれているので、かなり助かっていたり。

 思わずぼーっとなってその姿を見ていれば、顔をあげた秋と視線があった。


「おかえりー! 今日の晩御飯と明日以降のおかずも作っといたわよ」


「た、ただいま……? ありがとう」


 おかえりなんていわれたの何年ぶりだろう。言われ慣れない言葉に胸がざわつく。

 彼女は猫と兎のイラストが散りばめられたエプロンを脱ぎ、こちらにきた。割烹着姿とは別の魅力がある。

 

「荷物おいてきたら?」


「う、うん」


 お言葉に甘えさせてもらい、荷物を置きに部屋へ向かう。そういえば、もらったぬいぐるみ……返した方がいいのかな。

 ぬいぐるみを手に取り判断しあぐねていると階段をあがる音が聞こえてくる。


「大夢、おかず冷蔵庫にいれといたから。あら、その子がどうかした?」


「あ、いや……これいつ返せばいいのかなって」


「……いらなかった?」


「そうじゃないけど……」


 もし、彼女が話したいってことがよくないことだとしたら……これは持っておけない。

 私の煮え切らない態度に痺れをきらしたのか、ふうと一息つくと覚悟を決めた表情になる。


「はっきり言うわね。私が思ってること」


 きた。身体に氷のような緊張感が走る。心臓がドキリと跳ねあがった。


「いつ……泊まっても、いいの?」


「え……とま、泊まる?」


 思わぬ問いかけに拍子抜けしてしまった。別れ話ではなかったことにほっとする。が、泊まる……って家にだよな?

 宿泊施設行きたいとかそういう話じゃないよね。

 戸惑いを隠せない私に彼女は恥ずかしげに俯き、心の内を出すみたいに少し声を荒らげた。


「言ったじゃない、テストで50位以内入ったら泊まってもいいって! 心の準備してきてって!」


「え、あ、言ったような気もする……けど、怒ってたんじゃないの?」


「怒る? 私がなんで?」


「ほまちゃんの誕生会の日、怒ってたみたいだから……」


「ああ……あの日は確かにちょっと大人気なかったわね。でも冷静に考えたら大夢が興味を持てないことを聞けって言う方が無茶ぶりだし、あれは私が悪かったって後から反省した……あの日は先帰ってごめんなさい」


「でも今日もなんか冷たかったし……」


「今日はその……いつ泊まれるのかなって考えたりその先のことも考えちゃってちょっと顔を見るのが恥ずかしかったというか……」


「そう、なんだ。てっきり今日別れたいとか言うのかと思ってた」


「は? 別れないけど? 3年近く片思いしてようやく実ったのにこんなくだらないことで別れるくらいなら、プライドとか意地とかそういうの全てかなぐり捨てて思ってることを全部ぶちまけた方がマシよ」


 早口でまくし立てる彼女に、思ってたよりも重い愛を受けて真っ直ぐだなと感じた。私と違って。3年間の片想いと好きになって数ヶ月の自分の想いを比べるのもおこがましいが。

 でも今は彼女の真っ直ぐさを見習うべきかもしれない。


「……じゃあ私もはっきりいいます」


「なに? ……別れないからね?」


「う、うん。それはいいんだけど……私もっと秋のことが知りたい。だから泊まる日……秋のことたくさん教えて?」


「そ、それってどういう……」


「アニメとかよく見てたでしょ? 趣味とか好きなこと……よく考えたら私、まだ全然秋のこと知らないなって」


「そ、そっちね。びっくりした」


 他にどっちがあるんだろうか。


「夏期講習終わってからにはなるけど……どうかな? なんだったら日中は出かけてもいいし、秋が行きたいお店とか付き合う」


「えっ……映画とかでもいいの?!」


「もちろん」


 彼女は嬉しそうに頬を緩ませている。


「ありがとう、すごく嬉しい。実は見たい映画あったから」


「どんな映画なの?」


「聞きたい? 気になる? そうよね、見たい映画っていうのはね……いえ、当日までの楽しみにしてて! アニメみてなくても楽しめる内容みたいだから!」


 うーん……アニメ系か。アンパンのヒーローとかそこらへんで知識止まってる私だけど、大丈夫かな? アニメとか低俗なものくだらないって言われている様な家庭で育ったから、本当に知識が疎い。

 ラジオで流れるようなヒットソングも後にアニメの曲だと知って驚いたこともあるし、日本のサブカルチャーは本当にすごいと思う。


「わかった、楽しみにしてるね」


「私も! 詳しい日程は後ほどね。それじゃそろそろ帰ろうかしら」


「うん。今日は帰るの早いね」


「今月のお小遣い多めにお願いしたから、お店のお手伝いしなきゃいけないのよね」


「お年玉とかは?」


「お年玉なんてもらったその月に無くなっちゃうわよ……」


「え、なんに使ってるの? やっぱりノートとか買ったり?」


「ノートとか学校で使うものは買ってもらえるけど、漫画とかグッズ……とか」


 そうか……そういうものか。私は全部必要なものはお年玉とかで賄ってたから、そういうもんだと思ってた。そういえば弟は母親に買ってもらってたっけ。


「そっか、わかった。映画代とかなら全然出すけど、趣味のものは自分で買いたいよね。今日は来てくれてありがとう」


「ありがとう、でもその気持ちだけで充分よ? じゃあまたね」


 玄関まで見送りに行くと秋は私のおでこに触れるだけのキスをしてにっこり笑って出ていった。

 キスされたところに湧き出た熱が心臓までたどり着き、その熱を血液とともに全身に運んでいるみたいで身体が熱い。

 いつになったら私の心臓は彼女の熱に慣れてくれるんだろう。

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