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誕生会だというのに本人不在の中でも、子供達は盛り上がっていた。
双子にパーティゲームをせがまれ、ゲームに不慣れな私でもさすがにまだ小さい双子にはなんとか勝てた。なかなか器用なコントロール裁きだなと高貴くんにお褒めを頂きました。
そうこう盛り上がっても、主役は降りてこず宴もたけなわということで私と秋は帰宅することに。片付けを申し出たが、お客さんにそんなことをさせられないと帰された。今はその帰り道。
「今日は楽しかったわね。私、誕生会とか初めてだったから」
「……そうだねえ」
「なんか怒ってる?」
「ううん。別に、なんにも」
「嘘、絶対なんか怒ってる」
別に怒っているわけではない。なんでそんなに荷物が多いのかって少し気になっていただけだ。
なにか顔に出てるかな、なんて思ったけど今まで怒ってるのかなんて聞かれたことない。仮に怒っていたとしても感情は顔には出ない方だと自負していたんだけどな。
だけど本当に怒ってないし、認めるわけにはいかない。
「怒ってないってば。そうやってしつこくされるのは苦手です」
「……言ってくれないとわかんないってば!」
早足で歩いていたら、彼女は突然止まって大きな声を出す。
「……だから、怒ってないって。本当に。……ただちょっと気になったことがあっただけで」
「なによ、それ」
「荷物重そうだなって思っただけ。あと随分ほまちゃんの家族と仲良さそうだなぁって。それだけ」
「……じゃあ聞いてくれればいいじゃない。聞いてくれれば答えるんだから」
「聞くまでもない些細なことだと思ったから、聞かなかっただけだよ」
「別にいいわよ、些細なことでも気になったなら――」
「私がいいって思ったんだから、いいでしょ?」
必死に訴える彼女にあははと笑いながら答えた。彼女は悲しそうに顔を俯かせる。
「そんな悲しいこと、言わないでよ」
それだけ言い残して、結構大荷物にも関わらずすたすたと速足で歩いていってしまった。
なにかやってしまったのか、私は。
不必要に余計な詮索とか探りとかはよくない、と思って必要最低限なこと以外は踏み込まないようにしてきたつもりだけど。
頭を抱えたい気持ちでいっぱいになりながら、一人帰路につく。どこか今日の夕焼けは物寂しい気がした。
***
謝った方がいいのはわかるけど、何を謝ったらいいかわからなかった私は途方に暮れていた。
あれからほまちゃんからは謝罪連絡がきたけど、秋からは一切の音沙汰なし。
かといって私から何かを言えば彼女の逆鱗に触れて余計怒らせてしまうかもしれないと考えると、手が止まってしまって。
まったく身が入らなかった学校の夏期講習一日目。もらったプリントをコピーして弓道場へ向かう途中で保健室のプレートが目に入った。思わず足を止める。
「夏休みって保健室やってるのかな」
取っ手に手をかけたり、やめたり……何回か繰り返して周りからみたら圧倒的に不審者のような動きをしていると、突如がらっと開かれる。
「うわ……と、なんだ大夢か。また熱中症か?」
「レイナードでいくことにしたんだね」
「……こっちの方がお望みでしょうか? 梛木さん」
「なんか話づらいのでレイナードで……」
「なら早く入れ」
「あれ、何か用事あったんじゃ?」
「提示物の貼り替えにいこうと思っただけだから大丈夫。こっちは後でいく」
本当だ。なんかポスターみたいなの持ってる。……うわ、なんか変な天使が描かれてる。まさか純白の堕天使か?
ちらちらとみていた視線に気づいたのかつやつやのどや顔でそれを見せてきた。
「どうだ、すごいだろう? これでこの学校の生徒も風邪とは永遠におさらばだ!」
「あ、はい。早く入りましょう」
どうやら風邪予防のポスターのようで、純白の堕天使が風邪菌を退治しているイラストのようだ。
正直完成度は高いが、まさかあのレイナードお姉さんの描いていた純白の書~堕天使は永久に紡ぐ~がこんなところで役立つなんてね。
イマイチ反応が悪かったのが気に入らなかったのか、眉をひそめてそのイラストをチラ見していた。
私はイラストが悪かったわけじゃないの意味も込めてにこっと笑う。
「まあ、座れ」
レイナードお姉さんはびしっとまるで先生のようにゆったりとしたソファに座り、テーブルをはさんで対面式になっている反対側のソファに座るよう促される。
「まさか第一号が大夢とはな」
「え? 第一号って?」
「保健だよりに乗せた何か悩み事等があれば相談にのりますっていうのを見て、来てくれたんじゃないのか?」
「別に……ていうか保健だよりなんて1回も見たことないや」
「一生懸命書いてる人が目の前にいるのに、そういうこと言うか? じゃあなにしにきたんだ」
嬉しそうに出迎えてくれたかと思えば、なんだそういうことか。
てか、だったら尚更私が相談事で訪れるなんて、ないことわかるもんだと思うけど。
と、不貞腐れてしまった堕天使の機嫌を取るため1つの妙策を思いつく。今の私の状況を試しに相談してみるのもいいかもしれない。もしかしたら、私には思いつかないことを思いついてくれるかも……。
「じゃ、じゃあ、私の友達の……友達の話なんだけどね?」
「ん、なんかあるんだな。聞くぞ!」
お姉さんはお菓子を与えられた子供のような表情を一瞬浮かべ、ごほんと咳払いをした。かけてもいない眼鏡をくいっとあげる仕草をすると、続きを促してくる。
先日あった秋とのいざこざをところどころフェイクを交えて、私のことではないように話す。
意外にも堕天使は堕ちていても保健室の天使なようで、うんうんと私の話を遮らずに黙って聞いてくれた。
わかったといって、少し考えた後ゆっくりと口を開く。
「まず聞くが、その子とその彼女は……恋人なの?」
「うん。その子が告白されて、付き合ったんだって」
「そうか。その子はきっと詮索とかそういうことをされるのが苦手な子なんだな」
「……」
「だからその子は自分が嫌がることは他人にしないっていうのを実行してるだけだから、何が悪かったのかわからない……のかな、と私は思う」
「うん」
「で、たいして彼女はその子のことが好きだから、その子に興味を持ってもらいたいんじゃないのかな」
「一緒にいるだけじゃだめなの?」
「恋っていうのは傍にいるだけでいいと最初はいっても、手に入ったら次、また次と求めちゃうものだ。蕎麦を頼んだら、海老天も欲しくなる。そういうものさ」
でも、確かに……言われてみればあまり彼女の趣味とか聞いたこと、なかったかも。
彼女のことを何も知らないなんて思ってたけど、まず自分が知ろうともしてなかった。その理由は実にくだらない。踏み込むのが怖くて、気になっても心の内に留めておくばかりで知ろうともしてなかったこと。
雷に打たれたような衝撃を受けた。まさかこんなことを堕天使に気づかされるなんて。
ダメ押しでもう1つ聞いてみる。
「自分のこと、聞かれないとやっぱり悲しいですか?」
「好きな人が何も聞いてくれないなんてそりゃ悲しいんじゃないか。自分のこと本当に好きなのかなって思っちゃうんじゃないかな」
「しかもその子、その彼女に1回も好きっていったことないだよ、ね。これはセーフ……?」
「いや、アウトだろ。野球だったらワンアウトで攻守交替してるレベル」
「そこまで……?」
「そこまでだ」
「でも、その子もちゃんと彼女のこと……す、す、……大切に思ってるんですよ?」
「伝わってなきゃ意味ないだろ。現に揉めてるわけだし」
堕天使にコールドゲームを食らわされた気分だった。
「もしかして、レイナードお姉さん恋人いるの?」
「……先生のプライベートは秘密です。さ、梛木さん。校内に掲示板にこの学期明けに配るお便り貼ってきてください。ちゃんとよんでくれてもいいんですよ?」
さっさと貼る場所の指定をすると、自分は先ほどの堕天使ポスターをもって出て行ってしまった。
誤魔化された挙句、雑用を押し付けるとは……。とんでもない堕天使だ。
だがその堕天使にヒントをもらったのも事実。一応は恩返しをせねばと提示物を貼って回った。
どうやら9月号は生活リズムについてや食生活についてのことが書かれてある。身につまされる思いをしながら、秋のことを思い出す。そういえば、作り置きのおかずがなくなる頃だし、これを口実に後で連絡しよう。




