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熱を感じて  作者: 湯尾
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「あたしに似てたら酒には強いはずなんだけどねえ。父ちゃんに似ちゃったのかねえ」


 娘が間違えてお酒を飲んでへべれけになっているというのに、そのお母様は呑気にお酒を注ぎ再び飲み始めている。

 すっかり座ってしまっている目で、双子ちゃんの方を見るとにへっとにやけだす。


「あーなんかさきとつむが4人いるぞぉー? いつの間に四つ子になったのかなぁ……?」


 こりゃだめそうだ……。すっかり酔っぱらってる。

 このままだと子供の精神衛生上よろしくないので、目の届かないところに連れて行こう。


「ちょっと部屋に連れていきますね」


「悪いね、ヒロちゃん頼んだよー!」


 ひらひら手を振るお母様に愛想笑いを浮かべ、ほまちゃんを支え部屋に連れていく。まだ歩けるうちで本当に助かった。

 ひとまずベッドに寝かせたが私の手を掴み離そうとしない。


「ねぇーヒロー」


「どうしたの?」


「これ、なにか覚えてるぅ?」


 枕元にあった綺麗な装飾が施された箱から傷がついて色が剥げてしまっている髪留めを取り出した。


「うん、私が昔ほまちゃんにあげたものだけど……まだ持ってたの?」


「あたしの宝物捨てるわけないでしょー! ……でも付けてたら落としたり壊れちゃったら困るから……」


 そういいながらおぼつかない手つきで自身の前髪を留める。どうやらまだ髪留めとしての役割は果たせているようだ。


「こうしてらぁいじに宝箱にいれて、誕生日にだけつけるように……してるんだ」


 えへへとまるで子供のように笑う。これをあげた時と同じような笑顔を彷彿とされる。

 

「……そんなものいつまでも大事にしてないでさ、これからもっといいのくれる人いるでしょ」


「なん、それ……?」


「彼氏、できたんでしょ? 私知ってるんだからね」


「そんなわけない!」


 突如がばっと起き上がると強く抱きしめられる。


「……あたし、好きな人いる、から……その人に想いを告げる日も決めてりゅ……だから、ヒロにだけは彼氏いるとか勘違い、しないで欲しい……の……」


「なにがあってもちゃんとヒロにだけは伝える……から」


 へろへろと絞り出すかのような声で伝えてきたかと思えば、そのまま私の方に倒れ込むように力尽きてしまった。

 わ……力が抜けた人間ってなんて重いんだ……。

 決してほまちゃんの体重が重いというわけではなく、私の筋力のなさと重心が安定しない、変な力のかかり方をしているからだとほまちゃんの名誉のため説明を加えておく。

 今は言われたことの内容についての思考は放棄し、一生懸命起こそうとすると足音が聞こえる。た、助かった。


「うわー! ほまねえとヒロにいがえっちなことしてるー!」


 とんでもない言葉を大声で口走ってその人物はドタドタと走って去っていった。よりによって高貴くんだ。最悪だ……。


「してないよ?!行かないで、待って、助けてよー!」


 悲痛な叫び声をあげると、再び足音が聞こえる。た、助か……


「なに、してるの?」


 ってない、もしかして……?


「ほまちゃん寝ちゃったんだよー! ちゃんとした体制で寝かせたいから、手伝って!」


 誤解のないように包み隠さずはっきり言う。こういうのは変に誤魔化そうとすると拗れていくというのは、相場が決まっているので私はそんな愚かなことはしない。


「はぁ、仕方ないわね」


 呆れたように呟く秋と協力してほまちゃんを安全に仰向けで寝かせる。一人で無理に体制を変えてベッドの下に落としてしまっては身もふたもないからね。


「ありがとう、助かったよぉ」


「えっちなことっていうから何事かと思ったわ」


「そういう年頃だし、こういうことに敏感なのもしょうがない……かな」


 擁護にならない擁護をして、あははと苦笑いを浮かべる。


「でも満更でもなかったりして?」


「幼馴染に欲情するわけないでしょ……」


 私はたしかに秋という女性が恋愛対象ではあるけど、他の女性の胸を触ったりしたいとか裸を見たいといった欲求はない。それは相手が男性でもしかりだ。

 未だ疑い気味の彼女に呆れているとほまちゃんが先程つけていた髪留めが落ちていた。きっと体制を整えているうちにとれて落ちてしまったのだろう。

 秋はそれを拾い、細部まで観察するように見ている。


「あれこれ……」


「それほまちゃんのだよ、机の上に置いておいてあげて」


「大夢もこれ持ってなかった? ほら、部屋にあったぬいぐるみにつけてたの」


 相変わらず目ざといなあ……。


「……私が昔あげたものだからね。まだ大事に持っててくれたみたい」


「そう、なんだ」


 見てわかるように落ち込みだす。秋は彼女だけど何かをプレゼントしたことって今思えばないかもしれない。ネクタイの交換はプレゼントには入らないと個人的には思っているのでノーカウント。

 だけど意地悪をしているわけではない。自分勝手かもしれないけど、理由はある。


「……形に残るものって苦手なんだよね」


「どうして?」


「忘れた方がいいのにそれに執着しちゃうから……ほまちゃんだって、こんなものずーっと持ってる事ないのにね」


 私は誰かにものをあげる時は消え物、消耗品にすると決めている。誰かの枷になりたくないから。

 ふと昔のことがチラついたが、なんとか頭の中から追い出す。今更こんなことを考えたって無意味だ。

 不満気味な秋とともに下に降りると高貴くんが不機嫌そうに待機していた。


「ヒロにい、ちょっと」


「ん? どうしたの?」


「こっちきて。秋ねえはこないでね」


 秋に対しては笑顔のくせに、私を外に連れ出した途端に不機嫌な顔が戻ってきた。


「ヒロにいってさ」


「高貴くん、私一応女なんだけどな」


 呼び名なんてなんでもいいとは言ったが、さすがに高貴くんくらいの歳になれば理解もしてもらえるはず。

 そんな一縷の望みをかけていってみるもあっさりとはねのけられた。


「おれにとっては兄ちゃんみたいなもんだからいいんだよ」


「ええ……」


 何故だ……わけがわからない。秋でさえ秋ねえと呼ばれているのに。

 表情を隠すように俯いてるけど、不機嫌のオーラは隠せていない。


「……ほまねえのこと、どう思ってんの?」


「どう思ってる……とは?」


「友達とか恋人とか」


 恋人はまずないし、友達……はなんか軽い? 親友……はちょっと違うような。


「幼馴染……?」


「なんで疑問形なんだよ」


「深く考えたことなかったから。でも……恩返しはしなきゃなって思ってるよ」


 今までは便宜上友人とこじつけていたけど、幼馴染や友達とただそれだけの言葉で片付けてしまうのはまた違うような気がして。


「……キスしてえっちまでしたんだから責任とってちゃんと結婚しろよな」


「え?!」


 とんでもないことを言い捨てると一人で大きな音をたてながら家の中に入ってしまった。

 すると今度は入れ違いにお母様が出てくる。


「タカが怒りながらいきなり入ってきたからどうしたのかと思ったよ。何話してたんだい?」


「ほまちゃんのことどう思ってるのかって……あはは、おかしいですよね幼馴染なのに」


「あっはっはっは! タカは誉のこと大好きだからねえ」


 お母様は相も変わらず豪快に笑う。毎時こんな様子じゃ福の神様もベタぼれだろう。


「あの子らがヒロにいって呼んでるのは、悪気があるわけじゃないんだ。誉が小学生くらいの頃のアルバムをあの子らに見せてたから、3人とも勘違いしちゃってるんだよ。まあタカに至っては結婚すると思ってるみたいだけどねえ……」


「な、なんで高貴くんはそんな勘違いを……?」

 

「それは知らないけど……あ、でもキスってどういう相手とするの? って聞かれたことはあったねぇ。でもまさか誉がキスしてるところなんて見たことないだろうし……」


 その行為に身に覚えしかない私の背中には冷や汗が伝う。確かにその場面を見られていたのなら、勘違いをしていてもおかしくはないのかもしれない。

 勝手に家族に言いふらされたりすると気分が悪いと思うので言わないが、さっきほまちゃんから直接好きな人いると聞いてしまったんだよな。

 完全に高貴くんの勘違いなんだけど過去、犯したことは付きまとうというのが身に染みる。


「まあいずれ3人共わかる日がくるから、気長に誉に付き合っとくれよ。秋ちゃんも一緒にね」


「なんか秋と今日初めてあったはずなのに、すごく仲良しですよね。嵐山家の人ってやっぱり誰とでも仲良くなれるんだなって思いました」


「何言ってるんだい、秋ちゃんと会ったのは今日が初めてじゃないよ? 昨日も泊まっていったし、その前にも泊まりにきたことあったしねえ」


 えっ。そんな話、今まで聞いたことない……。


「そ、そうなんですね」


「小学生の時からヒロちゃん以外に友達いるのか心配だったけど安心したよ。おっと、長話に付き合ってもらって悪かったね、戻ろうか」


 中に戻ると楽しそうに双子と秋がアルバムを見ていたり、件の肉じゃがを食べたのかかなりげっそりした顔をしていた。

 ヒロにいってすごいんだなって初めて称賛を頂いたけど、お姉さんはただ味覚がないだけだよ。

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