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熱を感じて  作者: 湯尾
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 現運動部、元運動部の二人に口酸っぱく言われながら、入念に準備運動をしてまずは足先だけを水にいれる。

 最後に水着をきたのは小学生の頃……久々のプールに心臓を労わりつつ熱い身体に涼をとらせていただく。

 他3人は全身に水を浴び涼し気にしているが、自分一人まだ縁に座ったまま、ふくらはぎまで水につけてそこから先に進めないでいた。


「大夢入らないの?」


「……入る、入るよ」


 覚悟を決めてよいしょと一気に身体をプールの中へ入る。だけど予想通り、低身長の私に待っていたのは顎が浸るくらいのギリギリの水位。

 背伸びして平静を装うけど、体力のない自分はすぐにへばってしまう。


「大丈夫? 掴まっていいわよ」


 なんて言われたもんだから、何も考えず首に抱き着くような形でつかまってしまった。

 それに付随して、お互いの水着越しに彼女の胸の感触が伝わってくる。今までここまで胸に接触したことはなく、制服越しに感じていたものとは全然違う柔らかさと温かさに動揺してしまった。

 思わず手を離してしまい、ざぶんと飛沫をあげてプールに沈む。くだらない劣情で沸騰した頭を冷やすにはちょうどよかったかもしれない。

 だけど1つ忘れていたことがある。恥ずかしいことに私は泳げなかった。


「ちょ、大夢――」


「ヒロ大丈夫?!」


 水中でわけがわからなくなっていた私をほまちゃんが慌てて抱き上げてくれた。


「ご、ごめん大丈夫だよ。……浮き輪借りてくるね」


 離してもらい、なんとかプールから上がる。前髪から滴る水滴をはらい、とぼとぼとレンタルショップへと向かう。

 威勢のいい店員さんに子ども扱いを受け、屈辱を感じながらも浮き輪を借りふらふらと戻った。


「……あれ」


 ここどこだ。

 解決しないものをぐるぐる考えていたせいで、わけのわからないところにきてしまった。

 周囲には流れるプールに子供用プール。親子連れをよく見るところを見ると、どうやら子供エリアに来てしまったようだ。

 ああ……なんかもういいや。私なんかいないほうがきっと楽しめるだろう。

 流れるプールに逆らうようにいく子供や、流されるままに流れる子供。大方この2つに分かれると思うが私は当然後者だ。

 当然長い間別行動してるわけにはいかないということはわかっている。だけど少しでも現実逃避をしたくて、逃げるように流れるプールに入った。今度はちゃんと足がつき、安心する。


「あー……」


 流されるって楽だなぁ。そりゃみんな楽なほうに流されちゃうよね、だって何も考えなくていいし楽だもん。

 ぼけーっと流されて何周しただろう、おーいと聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「梛木、こんなところにいたのか。探したぞ」


 よりにもよって一番会いたくない相手だ。子供たちに当たらないように気を配りながら、こちらへきてくれた。

 なんとか顔に出さないようにごめん、と謝る。


「流れるプールみたらなんかふらーっていっちゃってさ。本当にごめん……」


「いや、何かあったわけではなくて安心した。秋たちと合流しよう」


 そういってふっとイヤミを感じさせないように微笑む。


「今日は僕も仲間に入れてくれてありがとう」


「え?」


「この前も少し話題に上がってたと思うが、家の事情で夏休みらしい夏休みの思い出というのがあまりなくてな」

 

 ポツリと悲しげに呟いたかと思えば、だけどとぱっと声を明るくさせ照れたように笑う。


「今年は梛木たちのおかげで良い思い出ができそうだよ。本当にありがとう」


「そんな……私はほまちゃんに誘われたからだから、お礼ならほまちゃんに言って」


「もちろん後で嵐山にも礼を言う。秋にも。だけどまずは梛木からだと思ってな」


「なんで?」


「梛木がいるから、きっとあの二人も一緒にいれるんだと思う。あとはまあ……僕個人のことだが、将棋を指せる友達が増えて嬉しく思ってる」


 屈託なく笑う彼に私の中のあった惨めで情けない狭量な心がじくじくと反応する。

 秋と距離が近くなれば近くほど思ってしまう。私は彼女が思っているような優しい人間じゃない。いつもそのことを考えてしまって胸が痛む。

 私より素晴らしい人なんていくらでもいる。目の前の彼が最もたる例だろう。

 ずっと私より近くにいて、彼女のことをわかっていてこんなにも人格者で……おまけにもし交際を始めたとしても堂々と宣言できるだろうし、先程のナンパからの脅威からだとか妬みや嫉みといったものからも守ってくれる。

 私は彼女になにをしてあげられるんだろう。


「遊馬くんって――」


「うん?」


「いい人だね」


「な、なんだ急に」


「ううん。私も遊馬くんと将棋指せて楽しいからさ、また相手お願いね?」


「あ、ああ。こちらこそ」


 それでも私はまだ彼女のそばにいたい……と、思う。

 でもその時が訪れたときは潔く――なんて考えていると館内案内看板の前に秋とほまちゃんの姿が見えた。二人とも元気よくこちらに手を振っている。


「もーヒロ、どこいってたの? てか浮き輪姿可愛すぎない?!なんでスマホ持ち込み禁止なんだろ……」


 たぶんそういうの(盗撮)防止のためなんじゃないかな。


「ねえねえ、早くウォータースライダー滑りましょうよ!」


「いいんじゃないか?」


「ま、それ目的だしねー」


 と、ぞろぞろとスライダーのところまでいったのはいいのだが……。


「誰と誰がペアになるんだ?」


 大迫力でここの施設の一番の売りであるハクリキスライダーは二人乗りなのだ。

 ペアなんて誰でも同じだろうと思うけど、彼女たちにとってはそうでもないらしい。


「じゃヒロいこっか」


「どうしてそうなるのよ? 私だって大夢と滑りたい」


「幼馴染ですし……そちらも幼馴染ですよね?」


「スライダー滑るペアに幼馴染も男も女もないでしょ!」


「私と秀がペアのほうが違和感ありまくりっしょ」


 なんていつまでも揉めてる二人を置いて、私は遊馬くんの手を引きさっさと列に並ぶ。めんどうくさいな。

 後ろでぎゃーぎゃーなんかいっているが、私は振り向かず遊馬くんに謝る。


「……私でごめんね? なんだったら後でまた秋と滑って」


「こちらこそ僕ですまない。……一人男というのも中々辛いものがあるな」


 私たちの後ろにちょうど数人並び、直接文句を言われることは避けられたが降りてきた二人はまるで別人のように楽しそうに降りてきた。

 きゃっきゃと笑いあっていたが、先に滑った私たちの姿をみると思い出したかのように怒り出す。


「ヒロ、次はあたしとだからね!」


「誉さんと滑った後は私とよ! ほら、秀王くんいきましょ!」


「あ、ああ!」


 遊馬くんは顔を赤くしながら引っ張られていく。秋はそんな彼の様子に微塵にも気づいていないようだ。

 隣でにまにましているほまちゃんがこそっと耳打ちしてくる。


「仲、いいと思わない?」


「……幼馴染だしね」


 私たちも後を追い、仲睦まじく滑る二人組を見送り私たちも滑った。背が低い方が前、とのことで私は2回とも前なのだがなるべく私に触れないようにしていた彼と違い、やたら身体を触られた感触があったのが気になったが。

 滑り終われば、何かを見て楽しそうに話している二人がいる。胸が痛まないわけじゃない。


「ねえ、大夢、ここお願いすれば写真もらえるんだって! お願いして滑らない?」


「そんなのあるんだ。う、うん。いいよ」


「え、なにそんなのあったの?」


「ああ、希望者には撮って写真をくれるらしい」


 ほら、と遊馬くんがその写真を見せてくれた。


「はあ?!あたし知らなかったんだけど?!」


「僕も受付のお姉さんに言われなかったら気づかなかった」


「ねえ、ヒロもう一回――」


 私は聞こえないふりをしてさっさと秋の手を引いて乗り場へと向かう。

 スライダー乗り場についても、私は手を離さずそのままでいた。普段の私だったらきっと自分から繋いでもすぐ離しただろう。

 だけど今はなんだか離したくなくて。どうせ知り合いでもない限り私たちが手を繋いでいることなんて些末なことだろうし、気にはならない。

 それにしても今がプールでよかった。そうでなければ、私がかいてる大量の手汗も彼女にばれていたと思う。

 彼女は少々恥ずかしそうに顔を耳に近づけてきた。


「ど、どうしたの?」


「なにが?」


「その……手」


 ぎゅっと一瞬握る手を強めたが離す。


「ごめんね? ……今日はもう二人になれないだろうから言っておくね」


「う、うん?」


「素敵だね」


「え……と、なにが……?」


 困ったように眉をハの字にする彼女に、喉が詰まる。湿気たっぷりの場所なのに口が乾いたみたいで言葉が中々がでてこない。


「……ワンピースと麦わら帽子、それと……その、水着姿……」


 それでもなんとか言葉を絞り出し、なんとか彼女に伝える。尻すぼみになっていく言葉をちゃんと受け取ってくれただろうか。

 無言の秋とスライダーを滑り終わり、受け取った写真を見ると私も秋も顔を赤くしながら俯いていた。きっとこれが答えなんだろうと思う。

 施設内で軽食をとり、少し遅い昼下がりまで体力いっぱい使って水遊びをした。

 帰り道電車の中でこくりこくりとなりながら帰宅し、貧弱な私は残りの体力を絞り出すように汗を流して、水着をそのまま放置してしまったことを家事手伝いさんに対し心の中で土下座しながら泥のように眠った。

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