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熱を感じて  作者: 湯尾
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 水着類、バスタオル、下着、財布等最低限の持ち物の確認。夏休みしょっぱなから、水遊びをしにいく余裕が果たして私にはあるのだろうか。

 先日のとった2位の結果と成績表を送ったけれど、次は1位をとりなさいとただ一言のみ。1位を狙うということは――ミスなんて一切できない、完璧を目指すということ。そしてほまちゃんと並ぶ、もしくは上に行かなきゃいけない。無理だ、そんなの。

 待ち合わせ場所を決めてあったけど、きっと恐らく――なんて考えていると案の定インターホンが鳴った。


「おはよーヒロ! 今日はヒロのおかげでいいプール日和だよー!」


「おはよう、梛木」


「おはよぉ二人とも」


 ほまちゃんは珍しいことにくるぶしに届くくらいの長い水色のワンピースを着ていた。後に聞いたが、ファッション用語でマキシ丈っていうらしい。

 そして初めて見る遊馬くんの私服は白いシャツに黒いズボンというシンプルな恰好だというのに、こうもイケメンに見えるのは足の長さとか顔の良さとかそれだけじゃないんだろうなと思う。

 比べ私は――


「あれ、ヒロ今日はなんか……随分とボーイッシュだね? それでも十分可愛いけど!」


 もれなく無駄な対抗心で久々に弟のおさがりを着てみたけど、土俵にすら立てなかったようだ。

 なんて一人敗北感を感じてるのを悟られないように、3人で軽い世間話をしつつ秋との待ち合わせ場所へ向かう。

 なんで二人は一緒にきたのか問えば偶然とのこと。まあ一直線だし、同じ時間に同じ場所に向かえばそうなるか。

 行く予定のプールは三駅先、待ち合わせの秋の最寄り駅はその一駅先なのでそこで待つことに。

 早めについたのでぼけーっと電車が2本くらい通過していくのを見てると、聞き覚えのある声が近づいてくる。


「ごめんなさい、待たせちゃったかしら」


「すんごい待ちましたー、一時間くらい」


「え、誉さん一時間も待ち合わせ時間間違えたの? 珍しいわね」

 

 さらっとイヤミをイヤミで返せるくらいにはすっかり仲良しのようである。

 秋の服装はといえばふくらはぎまである白いワンピースに麦わら帽子を被っていて、まさしく夏の風物詩のような涼し気な恰好。シンプルだけど秋の綺麗な黒い髪が映えて、すごく素敵だなって……見惚れてしまった。


「大夢も秀王くんもぼーっとしてどうしたの? 電車きたわよ?」


「あ、う、うん」


「あ、ああ」


 私と遊馬くんは慌てて電車に乗り込む。ほまちゃんは既に乗っていて、訝し気な目で私たちを見ていた。

 それにしても夏休みも始まったばっかだというのにこの電車の混みようはなんなんだ。

 ぎゅうぎゅうでまさに寿司詰め状態で、私みたいな低身長はとてもじゃないが色々なところに流され辛い空間である。

 つり革にも掴まれずバランスを崩してばっかりの私を見かねたのかほまちゃんが助け舟を出してくれた。


「ヒロ、あたしに掴まって」


「え、でも……」


「だいじょぶだいじょぶ、あたし体幹も強いんで! ヒロの一人や二人、掴まっててもだいじょぶだよ!」


 お言葉に甘えほまちゃんの腕に掴まり電車の揺れに耐えていると、視界の端に秋と遊馬くんが映った。


「秋、僕の前にこい」


「だ、大丈夫よ」


 途端、電車が急に揺れ秋は体制を崩したが遊馬くんに支えられる。


「だから言っただろう。無理するな」


「え、ええ。ありがとう、秀王くん」


 電車のドアに手をつき――いわゆる壁ドンのような形で秋を守る壁になる遊馬くんに私は何を思うのが正解なのだろう。

 こうやって傍から見ていると二人は美男美女カップルでとてもお似合いだ。秋は黙ってれば残念さが隠せて守りがいのある美人だし、遊馬くんも甲斐甲斐しく大切な人のために体を張ってる姿はまさしく頼れる男の象徴だ。

 だんだんと自分の中でただでさえない自信がゴリゴリと削られていくような感覚に陥る。

 出っぱなから、こんなんで大丈夫か、と人の波に飲まれそうになりながらなんとかプールの施設まで到着。

 ほまちゃんの希望で中々大規模のプールとなっている。


「ごめん、ちょっとお手洗いいってくるから先に手続きして入ってて」


「わかったわ」


「おっけー!」


 用を足し、手を洗っている時に普段見ることを避けている鏡に映る自分が否が応でも目に入る。

 童顔にタレ目、頼りなさげで情けない表情をした自分を目の当たりにして何も思わない訳では無い。

 今まで身長以外で自分の外見を気にしたことはなかったけど、今日は自分を構築している細胞が憎らしく感じる。

 頬をパチンと叩き、なんとか無理やり切り替えて手続きをすまし、女子更衣室に向かったら慌てて受付のお姉さんが出てきた。


「すみません、男子はあっちですよー!」


「お、女です。……紛らわしくてすみません」


「し、失礼しました! お渡しした鍵は男性ロッカーのものなので、お取替えします」


 無駄に男子のような恰好をしてきたことを後悔し、新たな鍵を受け取って今度こそ更衣室に入っていった。

 指定されたロッカーの場所にいくと周囲に同行者の二人はいない。先にいったかな、と急ぎ気味で準備をし中に向かう。

 更衣室も中々広かったけど、中に入るともう圧巻だ。全天候型に紫外線は99.9%カット、あまり外に出ない自分にとって嬉しい限りだ。こんなに広いとはぐれたら連絡とれなさそうだけど……大丈夫か。

 きょろきょろ辺りを見回しながら秋達を探すとすぐ近くにあるベンチに遊馬くんは座っていた。


「ほかの二人はどうした?」


「私だけちょっと遅れて入ったから先に行ったと思ってたんだけど……」


「そうか。もう少し待ってみるか」


「うん」


 なんて横に座ってみたけど、私も遊馬くんもどちらかといえば物静かなほうだと思う。会話が続くはずもなく、無言の時間が続く。

 それにしても結構ムシムシしているなぁなんて考えていると、遊馬くんは着ていたラッシュガードを脱いだ。そこには程よく鍛え抜かれた男の頼れる肉体が。腹筋も割れていて、上腕二頭筋のところ綺麗な筋肉の付き方をしていて、普通に女子がみたら惚れてしまうのでは……。

 ないものねだり、というわけではないがついじっと見つめてしまえば不快に感じるのも無理はない。


「な、なんだ? 何かついてるか?」


「あ、いや……遊馬くんって何かスポーツやってるの?」


「今は特に。ただ小学生から中学まで剣道をやってた。今は平均的な筋トレくらいしかしてないが」


「……ちょっと上腕二頭筋触っても?」


「か、構わないが……」


 ドン引かれてる気がするけどいいだろう。今まで男子と仲良かったことなかったから、正直どんなものか興味があった。

 許可を頂いたので、触らせていただくとただの見掛け倒しではないことがなんとなくわかる。男子と女子の身体の違い、ここまでむざむざと見せつけられてしまうとは。


「えー……と?」


「あ、ご、ごめんね? それにしても、二人とも遅いね、ちょっとみてくる! ここで待ってて」


 なんて逃げ出すように更衣室のほうへ戻れば、見覚えのある二人が遠目にもわかる。どうやら見知らぬ男二人組と会話をしている……というか揉めてる?のか?

 あの二人に絡むとしたら、そういう目的しかないだろうと思考が追い付き、慌てて二人のもとへ向かう。案の定、ナンパだ。


「ね、いいでしょ? 俺たちも丁度二人だし……」


「だからいかないっていってるでしょ」


「そんなこと言わないでさぁ――」


「あ、あああの!」


 とっさに声をかけてしまった。4人とも驚いて私のほうを見る。


「ふ、二人とも、自分のツレなので……その……」


「なんだお前……って声可愛いな、女の子? よく見たら可愛いじゃん、君もどう?」


「はぁ?!ヒロはよく見なくても可愛いですけど?!その目ん玉は飾りか?!」


 沸点そこ?!怒るところおかしいて。ほら、なんかお兄さんたち引いてるじゃん。


「と、とにかくこの子たち付き合ってる人もいますし、お兄さんたちじゃ相手にされないと思います……」


「あぁ?!んだと……」


「すみません、3人とも僕のツレなので、声をかけるのは遠慮してもらえますか?」


 ナンパの男たちが私たちに凄もうとするとまるで見計らったかのようなタイミングで、ヒーローはやってくる。男たちより背が高く、筋肉質な遊馬くんは笑顔だが笑っていない。

 そんな彼に言われた男たちは見るからにビクビクしていた。


「お、おう……悪かったな。じゃ俺たちはこれで……」


 逃げるように去った二人に見向きもせず、遊馬君は秋に自身がきていた上着を羽織らせる。


「と、とりあえずプールに入るまでこれ着てくれないか。……目のやり場に困る」


 遅れてきた二人は私とは違ってビキニの露出度の高い水着を着ていた。こんな顔もスタイルもいい二人組が男も連れないで歩いていたら、ナンパ目的の男たちが声をかけないわけがない。

 ――私じゃ、彼女に降りかかる脅威を振り払うことができないんだ。

 彼の言葉の意図をなにもわかってない秋は頭に疑問符を浮かべている。


「そんなに見苦しい……?」


「そうではない。逆だ」


「逆?」


「き、気にするな。準備体操して早く入ろう」


 なんて付き合う前みたいな初々しい二人のやり取りを見て、自信のようなものがマイナス域まで突入したことで気づく。

 そういえばほまちゃんも結構露出度の高い水着着てるし、ちらちら見られてあまり気分もよくないだろう。

 なんというか秋が肉感的なむっちりしたスタイルならば、ほまちゃんは出るべきところは出て引き締まってるところは引き締まっている……筋肉質だけど女性らしい美しい曲線を描いていた。

 準備体操するために場所移動しようとしてたほまちゃんが、私が立ち止まっているのを不思議に思ったのか振り向く。


「ヒロ、どうしたの? 準備体操はしないとだめだよ?」


「それはわかってるよぉ。ほまちゃんもさ、これ着る?」


「え?!い、いいの……?!」


「うん。……サイズ小さいかもだけど」


 私もラッシュガードを着ていたので、脱いでほまちゃんに差し出した。

 自分にとっては少し大きめのサイズを頼んだのだけど、ほまちゃんが着ると案の定パツパツだった。胸の部分が。

 胸を押しつぶしてまで着なくても……とも思ったけどこれで不愉快な視線を感じなくなれば御の字だ。

 ほまちゃんと会話を弾ませながら前にいる二人についていけば、時折前から寂し気な視線が送られている様な気がした。

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