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熱を感じて  作者: 湯尾
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 扉をあけると彼女は少しぎょっとしていた。私の部屋の普通の女子高生の部屋の様相とは違うから、驚いたんだと思う。私も彼女の部屋や友人の部屋にいったときに驚いたからわかる。

 病院であるような白で統一されている布団に簡素なベッド、そのベッドの上にあるボロボロな猫のぬいぐるみに不似合いのヘアピン、勉強机、見えないようにカーテンをかけてある本棚、申し訳程度の服をかけてあるハンガーラック。特に目を引くのは部屋に未だに散らばってる卒業アルバムとところどころぐちゃぐちゃにしてある一年カレンダーだろうか。

 私はあはは、と気まずそうに笑う。部屋を晒すということは、自分の内面をぶちまけることと同義だと思っている。たぶん、彼女の中の私と今目の前にいる私とでは乖離しているのではないだろうか。


「ね、あんまり面白い部屋じゃないでしょ? もういい?」


「やだ。はいる」


 彼女はずかずかと部屋に入っていくとベッドにぼすっと座ると、枕を数秒じっと見つめる。すると再びぼすっと枕に顔を埋め寝転がった。

 まったくもって彼女がなにをやっているかわからない。


「なにやってる……の?」


 彼女の奇怪な行動に私のほうが圧倒されていると彼女は起き上がり、再び座る。


「ご、ごめんなさい。つい……」


 ついっていえば変態行動を許してもらえると思っているのだろうか。

 なんて考えていると今度は立ち上がり、勉強机、本棚と物色し始めようとした。本棚のカーテンに手をかけたところで私は慌てて静止にかかる。


「あ、え、と……」


「だめ?」


「……うう、ん。いいよ」


 名は体を表す、というが私は部屋とか本棚とかのほうがその人をよっぽど表していると思う。だから私の部屋にある本を見られるということは私自身の表面の部分ではなく、私の中の、更に剥いた部分をさらけ出すことに繋がる。

 たぶん彼女は私のそういった部分をほかの人に漏らすことはしないだろう。例えこの関係が終わることになっても。

 私は諦めにも似た気持ちで掴んだ手を離した。こんな時でも彼女は熱い。

 つっかえ棒と布で簡易的にあしらってある布を横にスライドさせると彼女はどうやら驚いているようだ。


「人間関係の構築の仕方……対人関係を学ぶ、小学生のうちに知っておきたいお友達との付き合い方、初めての恋愛、恋愛心理学……こっちは勉強ノート」


 いずれも人間関係の本が8割、1.5割は恋愛、残りの0.5割は最近追加された将棋の本、私が本棚に入れていた本の題名を呟く。勉強ノートは本棚の横に積んであるのだが、一番新しい箱が開けっ放しになっているため見られてしまった。まさかこんな本を読んでいるなんて知られるとはなんて生き地獄だろう。

 彼女は明らかに読んでなさそうな速度でパラパラめくったり、時折ページを読み込んでは戻すのを繰り返している。

 一通り見たいのをみて満足したのか、本を戻してふう、と一息ついた。


「ヒロムってすごい勉強家なのね。私、マンガしか読まないから尊敬しちゃう」


「……がっかりしないの?」


「え、なんで?」


「こんな本、読んでたから……」


「どうして? わからないことを勉強してる人になんでがっかりするのかしら?」


「私がしてることって打算的だし偽善だし……」


 覚えていないが、私が彼女になにかをしていたとしてもそれは打算的で偽善な行動だった可能性が高い。

 だからこんな何もない部屋を見られて、自分の中を見られるのが嫌だった。こんな人間だってうわべだけなんとか繕ってるなんて――知られたくなかった。

 どんどん言葉を失っていく私とは対象に、彼女はあっけらかんとしてこう言う。


「でも私はあなたに救われたわ」


「だからそれは――」


「だからもグリーンもない。私はあなたに――ヒロムに救われた。だから私は変われたの」


 それに――と彼女はなぜか気まずそうに顔をそらす。


「ヒロムのベッドすごくいいにおいだったし」


「でも……私と同じでこの部屋、なんもないよ」


 私が自信なくそう呟くと彼女はふう、とため息をついて部屋をでていってしまった。マイナスなことばかりいってがっかりさせて、もしかしたらそのまま帰るのかもしれない。

 放心状態でベッドに座ると階段をのぼってくる音が聞こえてくる。ぼーっとドアを見ているとどうやら彼女は自身のカバンを持ってきたようだった。

 彼女はカバンの中身をごそごそし始める。

 

「なにもない、っていうか確かに私たちの歳にしては殺風景な部屋ではあるなと思うけど……でもそれって」


 カバンからなにやらウサギのようなぬいぐるみを取り出して、私のベッドにあるぬいぐるみの横に並べて置いた。


「これからまだたくさんの思い出を作っていけるってことじゃない?」


 彼女はにこっと笑うと携帯を取り出しおもむろにぬいぐるみたちの写真をぱしゃぱしゃと何枚か撮りだす。

 満足したのか俯き気味の私の目の前にしゃがみ込み、元々彼女が持っていたぬいぐるみを見せてきた。


「だから、この子も仲間にいれてあげて欲しいの。今日の思い出に」


「でもそれは秋ちゃんの……」


「確かに最近のお友はこの子だったけど、まだ他にも一緒にいたい子がいるから」


「う、ん……?」


 ちょっと何言ってるかわからない。


「ぬいぐるみと一緒に景色とかの写真撮ったりしない?」


「したことないけど……」


「そ、そう……ぬい撮りとかっていうんだけど」


「あ、あーなんかガチャガチャのコーナーとかにあったような……?」


「それそれ! 今度一緒にいきましょ!」


 彼女は目を輝かせる。豆鉄砲食らったような鳩の気持ちになってるとそれが顔に出ていたのか彼女はちがうちがう、と頭を振った。


「その話はあとでしましょ。それよりこの子、その猫ちゃんの友達にしてあげて?」


 と、ウサギのぬいぐるみを優しくボロボロの猫のぬいぐるみの横に置いた。何年も同じ景色でセピア色に見えていたこの部屋がほんの少し色づいたような、そんな気持ちになったのは気のせいではないだろう。

 今度彼女は何を思ったのか本棚の横に積んでるうちの段ボールを一所懸命といった様子でひと箱もってくる。そんな奇怪な行動にいい顔は作れなかった。


「ほらこれ!」


「……これがどうしたの?」


「あなたにはこれだけ努力の証があるのよ? これだけはなにもないなんて絶対に言わせない」


 彼女は有無を言わせないような強い口調で放つ。だけど私は自虐的に笑う。


「こんなの、なんの意味があるの? 私には夢とかそんなの、なにもないのに」


「え? 医者になるのが夢っていってなかった?」


「母親がね、そうやっていってたから。私の夢は医者なんだって」


 自分が今どんな顔をしているかわからないが、立ち上がりなんとか彼女を見据える。


「『大夢』。笑えるよね、大きい夢だってさ。バカみたいじゃない?」


 なんとか笑うのが今できる精いっぱいのことだった。

 こんなマイナスな感情からくる言葉、口に出してもなにもいいことなんてないのに、自虐的な言葉が止まらない。一度ダムが決壊したら止められない水のように自分を抑えることができなかった。


「私には、夢なんてなにもないのにさ」


 なんて吐き捨てるとぎゅっと彼女に抱擁された。こんな自虐的でどうしようもない言葉を吐露しても、彼女の優しさが、温かさがむき出しの私を包んでくれている。

 こんなの初めての経験でどうしていいかわからなかった私は、あろうことか彼女を軽く突き飛ばそうとしたが彼女は私を離すことはしなかった。


「今のヒロムには夢はないのかもしれない、そこは私にはどうしようもないけど――」


 そう悲しげに呟くと彼女はそっと私から身体を離したが、今度は星のように綺麗な目が私を放してはくれなかった。


「でも私はあなたに、『大夢』に大きな夢をもらった。初めて料理を食べてもらったとき、あったかいねって言われて贅沢かもしれないけどその先も望んでしまったの。今は味覚がないかもしれないけど、近い未来――ううん、遠くてもいい。大夢に美味しいっていってもらいたい」


 心の中にあった黒く冷たい氷塊がひとつ、溶けていくような感じがした。自分の名前に意味を感じられなかった自分が、初めて意味を与えられてようやく認識できるようになったようなそんな気がする。

 そんな自分の心の変化に戸惑い、心に頭が追い付かなくて再びベッドにへたり込む。


「へ、変なこといってごめんなさい。あなたには迷惑かもしれないけど私は本気で思ってるから」


「そっか」


「部屋もその……嫌がってたのにごめんなさい」


「……謝ってばっかだね」


「う……それじゃあ今日は帰ろうかしら」


 カバンをもって慌てて部屋を出ていこうとしたので、なんとか静止する。


「待って秋……ちゃん」


「……呼び捨てでいいのに」


「秋」


「あ、う……なあに、大夢」


「もう少しそばにいて」


「え……いいの?」


「うん」


 彼女――『秋』はベッドに座る。私は膝枕してもらう形で寝転がると、秋は優しく私の頭を撫でてくれた。

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