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熱を感じて  作者: 湯尾
29/63

25.5

 わからない。彼女の気持ちがさっぱりわからない。小学一年生からずっと同じクラスで隣にいたはずなのに。これだったら将棋で初対戦をする相手の方がよっぽど手に取るようにわかる。いっそ投了をして、彼女の気持ちを確かめたい。――それができたらこんなに悩んでいない。

 僕と目が合ったら微笑むのは脈アリなのか? 彼女からの連絡にたまにハートがついてたら脈アリなのか? たまに僕の手を握ってくれるのは脈アリなのか?

 なんてことがぐるぐる毎日頭を駆け巡る。情けないが僕も健全な思春期男子というわけだ。

 そんな悩みの種である彼女は今日も図書室に来ている。僕に笑顔で手を振って。


「よっ、今日もやってるね!」


「将棋部は水曜日以外はやってるからな」


 丁度僕の対局がない時間に彼女はやってきた。最近の僕の癒しの時間になりつつある。


「今日も梛木を待っているのか?」


「いや、今日は秀王くんと話がしたくて」


 心の中でガッツポーズ。今なら倍速で盆踊りだって踊れそうだ。

 だが努めて態度に出ないようにする。


「そうか。だったら今日はどこか喫茶店にでもいかないか?」


「え、今から?」


「あ、秋さえよかったら」


「部活はいいの?」


「大丈夫だ」


 部員のほうをみるとニヤニヤと笑いながら僕たちを見ていた。他の部員には話したことなんてないのに僕の気持ちは気づかれている。彼女が来ない日にはからかわれるくらいには。

 ぱぱっと支度をすませて彼女にいこう、と誘う。

 うん、と相変わらず僕に勘違いをさせるような可愛い顔で笑う。携帯がブーブーなる。きっと将棋部の連中がまた僕をからかっているんだ。マナーモードにしておいてよかった。

 彼女のペースに合わせつつ、少し急ぎ気味で学校を出る。


「僕のおすすめの店があるんだ。最近見つけた穴場の店なんだが、秋さえよければそこに行かないか?」


「秀王くんのおすすめか……ふふっ楽しみ!」


 なんて無邪気に笑う姿に僕の心臓は正直にドキドキ鼓動を早めている。小学生か、僕は。

 学校から結構近場なのだが、制服をきて利用しているのは数えるほどで。きっと地元に支えられている喫茶店なのだろう。僕も地元といえば地元なのだが、残念ながらこちらの方向に用事はあまりなく部活の仲間に聞いてつい最近知った。

 目的地につくまでにも店のコーヒーについて話をしたのだが、どうも秋は紅茶派らしい。


「素敵な雰囲気のお店ね」


「だろう? 中もきっと気に入ると思う」


 ドアを開き、先に入るよう促す。

 カランカランと景気よくベルが鳴る。まだ数回しかきたことのない新参者でも、雰囲気のあるマスターにペコリと頭を下げた。素晴らしいスマイルでマスターも会釈を返してくれる。

 特に席の案内はないので、はじの席へ座る。僕の頼むものは決まっているので、メニュー表を秋へ渡した。


「うーん……カフェオレのあったかいのにしようかな」


「ああ、わかった」


 マスターに聞こえる程度の声量でホットコーヒーとカフェオレを頼む。渋い声で返事をし、コーヒーを丁寧に淹れていく。身体は大柄だが、所作が繊細が故あんなに美味しいコーヒーを淹れられるのだろう、と思う。あまりコーヒーのことは詳しくないからわからないが。

 運ばれてくるコーヒーの香りを楽しみ、カップを手に持つ。


「コーヒーも美味しくて、結構長居してしまうこともあってな」


 はは、と笑いつつコーヒーを一口飲もうとすると


「やっぱこういうところに彼女連れてくるんだ?」


 予想外の言葉にコーヒーを吹き出しそうになった。


「いや、彼女はいない」


「えーこんなにいいお店なのに誘える子いないの?」


 だから誘ったではないか。そのいいお店に。

 そう言いたかったが、すぐに言葉は出ない。すると彼女は少し不機嫌そうに


「あ、そうだ。聞いてくれる?」


 ここで彼女の友人である梛木の話になった。中学のときは同級生で話したことは記憶には無いが成績上位者の中にいた。それだけは覚えている。今は将棋のことで少し関りができたが。

 特に秋とも中学生の時に接点があったとは思えないが、最近になって一緒に帰ったり話すことが多いそうだ。梛木が図書室で勉強しているとき、秋も図書室にきてくれてたまに僕と会話する機会も増えた。そのことに関して梛木に感謝しなければならない。

 梛木がこうだった、嵐山がどうだった、と楽しそうに話す秋。思わずふふっと笑ってしまった。


「あれ、なんか面白いこといった?」


「最近の秋はすごく楽しそうだなって思って。中学の時はあまり誰かと一緒にいる印象がなかったから」


 言ってから気づいた。これは地雷じゃないか?


「ごめん、変な意味じゃなくて――」


「ほんと、その通りよ。最近はすごく楽しい」


 怒られると思ったが、その逆で彼女はすごくいい笑顔を浮かべている。中学の時は笑っても少し陰があるような感じだったが、今はそれがない。思わず見とれてしまった。


「秀王くんにはなんかなんでも話せちゃうな。――実際秀王くんのおかげで今があるようなものだし」


「うん? それはどういう意味だ」


「秀王くんが中学の卒業式にどうせ悔いるなら行動して後悔した方がいいよな、っていってくれたでしょ?」


 その言葉は秋に告白できない自分に半ば言い聞かせた言葉だった。結局今も行動に移せてない訳だが。

 ……うん? 待てよ。秋はそれでなにか行動に移して、なにかが起こったというのか?

 正直その真相は聞きたくないのだが、なんとか抑え秋の次の言葉を待った。


「その言葉に後押しされて、私――」


 その時からんからんと来客を知らせる音が鳴る。タイミング悪く来客だ。秋も音に反応したのか後ろを振り返る。

 どうやらその来客は――


「あ! 大夢! ……と誉さん」


 梛木のほうはニコニコ笑ってやっほーとこちらに手を振る。嵐山のほうは秋を見るとげっとあからさまに嫌そうな顔を浮かべていた。だが僕の方に視線を移すと恰好のおもちゃを見つけたといわんばかりに近づいてくる。


「あ、秀じゃん。なになに、デート?」


「違うわよ!」


「あんたにいってな――」


「ほまちゃん、邪魔しちゃ悪いから行こ? マスター私ホットチヨコねー!」


 梛木がその場を宥めつつ嵐山を僕たちの席とは対角の席へ引きずるように行った。

 ホットチヨコなんてメニューにあったかな、と見当違いなことを考えていたのも束の間で、秋が空のカップに口をつけているところが見えた。


「他に何か頼もうか?」


「そ、そうね。秀王くんのと同じのを頼もうかな」


「ブラックだけど大丈夫か?」


「大丈夫よ」


 明らかに梛木達の方を気にしている。たぶん僕の話は届いていない。何度も空のカップに口をつけている。

 僕のカップも気づけば空になっていたのでまあいいか、とブラックを2つ追加注文した。

 店のマスターがコーヒーを2つ持ってくる。ついでに空のカップも回収していった。熱いから、と言おうとしたが秋はすぐにそれ口に運び吹き出しそうになっている。やはり飲めなかったか。


「苦っ! 熱っ!」


「大丈夫か、ほら水だ」


「ごめ、ありがと……」


「あとミルクと砂糖もあるから、いれて飲むといい」


「うん……何から何まで悪いわね……」


 せっかくのデートだ、と思ったが彼女がこの様子だとろくに会話もできないだろう。


「あっちの席にいってきたらどうだ?」


「えっ?」


「秋があの二人の話をするときすごく楽しそうだったからな。また今日のこと聞かせてくれればそれでいいから」


「でも今日は秀王くんと」


「僕のことは気にしなくていい。今日は元々家の手伝いをしなきゃいけない日なんだ」


 部活、っていってさぼっているが今はいい口実に使わせてもらおう。


「そう、なの。わかった、じゃあまた今度、絶対埋め合わせするから!」


「ああ。楽しみにしてるよ」


 彼女はごめん、と頭を下げると急ぎ足で対角線上にある梛木達の席へ向かった。僕は会計を済ませ店を出て、学校のほうへ戻る。

 部員たちの前で堂々と息巻いて出てった手前、戻るのは少々恥ずかしかったがからかわれることもなかった。もしかして僕が早々に戻ってきたもんだから振られたとでも思っているのだろうか。

 秋のまた今度、という言葉だけを頭の中で反芻しどこか虚しさを感じながらも悦に浸る。部員たちには心配されたが、別に相手は友達だ、何も心配することはないさ。

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