24
「ヒロー! 大丈夫だからね、ヒロのほまちゃんがきたよー!」
そんな声とともに勢いよく私のベッドの周りを仕切っていたカーテンが開かれる。
友人は私が着替えをいれていたバッグと水筒、パンとかそういった食料が入った袋を両腕にぶらさげていた。十中八九私のために持ってきてくれたのだろう。それはとてもありがたいのだが、笑顔で入ってきたはずの友人の周囲の温度が一気に氷点下まで落ちたような気がする。
彼女に抱き着かれていて早鐘を打っていた心臓もなりをひそめるように大人しくなった。私は苦笑いで手を振る。
「あ、ありがとうほまちゃん。迷惑かけちゃったね」
「うん、迷惑だなんて思ってないからね。思ってたより元気そうで安心したっ! それよりさ、ヒロ? 制服持ってきたから、トイレにでもいって着替えてきたら?」
矢継ぎ早に言葉がでてきているが、目は私を見ていない。感情がないような、ハイライトを失ったような目で未だ顔をあげず私に抱き着いてる彼女に向けられている。
「着替えならここででも」
「だめだよ、ヒロ。ここには神聖な学び舎でヒロの寝込みを襲うような不届きな痴女がいるからね? きっと舐めるように見られちゃうよ」
「だ、誰が痴女よ?!」
急に聖母のように諭しだす友人に、彼女は激昂して私から離れた。
「大体なんでアンタがここにいんのよ」
「べ、別にいたっていいでしょ! ひ、ヒロムが心配だったし」
「こわ……ヒロのストーカー……?」
「たまたま見てたのよ!」
顔を合わすたびに喧嘩をするな、と言いたいがこれが二人のコミュニケーションの取り方なのだろう。
二人がやーのやーのやりあっているのをやんわり収めているとぴしゃっと扉が閉まる音がした。
「扉をあけっぱなしにしないでください」
清楚だけどおっとりと喋る、どこか聞き覚えのある声。友人はその声を聴くなり持っていた荷物を彼女に押し付けて、すみませんと謝る。
「どうか地獄の業火だけは勘弁してください、漆黒の堕天使レイナード」
漆黒の……堕天使?
「漆黒の堕天使じゃなくて、純白の堕天使だ!」
勢いよくカーテンが開かれる。そして先ほどのおっとりとした喋り方とはうってかわって口調が変わり、そんな堕天使? の様子に彼女は目をくりくりとさせていた。
「……こほん。その呼び方はやめなさいといってるでしょう、嵐山さん」
「えーだってぇ、そうやって呼ばないとぉ、地獄の業火に――」
「焼きません。梛木さん、高瀬さん、気分はどうですか?」
「高瀬のほうは仮病なので、ヒロだけ看てください」
「え?」
「わーわー! 千代子先生、違うんですー!」
純白の堕天使……千代子……。うん、完全に知り合いだ。
問題はなんでこの知り合いがここにいて、先生と呼ばれているかなんだけど。
「えーと、レイナードお姉さんはなんでここに?」
ぴきっと怒りマークがお姉さんに見えたような気がした。
「レイナードではありません。山田千代子です。そしてなんでいるかはこの学校の養護教諭だからです。なんで今更そんなこと聞くんですか?」
「えっ先生?!レイナードお姉さんが?!」
「だからレイナードではないと言っているだろう! それに入学式の時挨拶したぞ!」
「ヒロ入学式参加してないからねぇ」
「な?!なんかあったのか?」
「寝坊しただけです」
すっかり馴染みのある口調に戻ったお姉さんにえへへ、と誤魔化してみたけどジロリと睨まれてしまった。確かに先生からしたら寝坊は褒められたものではない。知り合いだったとはいえ迂闊な発言をしてしまった。
今後は発言に気を付けようと肝に銘じ愛想笑いで誤魔化し続ける。
こんな私たちのやり取りにおいてけぼりの彼女はあわあわしながら会話に参加してきた。
「れ、レイナードってなんなんですか? それに三人はどういう……?」
「レイナードお姉さんは私たちが小学生の時よく一緒に遊んでたんだ」
「一緒に遊んだっていうか……あたし達についてきてたっていうか」
「え……私たちより何歳上でしたっけ……?」
「今はそんな話関係ない! ……ったくさっき半べそかきながらヒロムのこと抱えてきたくせに」
「それ言わない約束!」
「誉が悪い。ほら、ヒロムこれ買ってきたから飲んでさっさと誉を連れてってくれ」
顔を真っ赤にして経口補水液を渡してくれた。お礼をいってごくりと飲む。この手の飲料は体調がよくないときは美味しく感じるといわれているけど、自分は味がわからないので判断がつかない。
とりあえず半分くらい頂いて、ふたを閉める。さて、保健室の堕天使も不機嫌になってきて、そろそろ出ていかないと本当に地獄の業火に焼かれそうだ。
「それじゃあ私、着替えてからいくから二人とも先にいっててくれるかな」
「えっ待ってるわよ?」
「あたしも」
「いや出てけよ」
語気を強めるとともにお姉さんは二人を保健室からたたき出した。ふう、と一息ついてカーテン越しに私に話しかける。
「ヒロム、最近うちに来てないだろ。父さんがぼやいてた」
「……あはは」
「笑って誤魔化すな。ご飯、ちゃんと食べてないんじゃないか? 特進の生徒に関しては特にうるさい部分もある……ヒロムならわかるんじゃないのか」
「今日いきますネ……」
「そうしてやってくれ」
私は急いで着替え、お姉さんにお礼をいって逃げるように保健室から退散した。




