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紅茶を飲んで一息ついたところで、今日の本題に入ろうと思う。今日はそもそも紅茶をもらいにきたわけでも、彼女の部屋を見に来たわけでもない。もちろん、そういった行為をしにきたわけでもない。かねてより約束していた、彼女の努力の成果を確認するためだ。要はテストで五十位以内に入れたかどうかの確認。
自己採点ではなかなかの高得点をたたき出していた彼女だったが、順位の程はわからない。実際のテストの点数もふたを開けてみなければわからないし、私までドキドキしてきた。というか、彼女は私に何をさせるつもりなのだろう。
彼女は自信があるのか、余裕たっぷりの表情だ。るんるんの様子でファイルから折りたたまれたプリントを出す。
「それじゃ見るわよ」
「うん」
彼女は焦らすように折りたたまれたプリントを開いていく。そのプリントは一位から五十位までの順位が乗っている表と各教科の十位まで乗ってるものだった。私たちのほうは人数が少ないからか、でかでかと提示版に一位から最下位まで張り出される。ちなみに一組は進学科で一組と二組のテスト成績を貼り出してお互い触発しあっている。それで成績次第では次年度から特進に入ったり、進学科に落ちるというなんとも鬼畜な制度なので、特進に入れたからといってうかうかはしていられない。
一位から順に名前を確認していく。一位に知っている人の名前があった。
「一位遊馬くんだね。おわ、ほぼ満点」
「確実に秀王くんだけは入ると思ってたから、実質枠は四十九だったわけなのよ」
そういって順に指でなぞって確認していく。――が、五十位まで確認しても彼女の名前はなかった。
彼女の自己採点の合計点はこの五十位の方より高いはずなのだが、一体全体どういうことだ。
「はぁ?!なんでよ?!」
彼女はもう一度血眼になって表を確認している。だが、何度確認しても彼女の名前を見つけることはできなかった。
「テストは返却されてないの?」
「ええ……あ、でも得点表なら」
彼女はヨロヨロとファイルを取り、中からひょろっとした紙を取り出す。こちらは純粋にテストの点だけかかれているようだ。
「中見てなかったの?」
「ヒロムと一緒に見ようと思ってたの……」
先ほどとは打って変わって覇気をまったく感じない様子でその紙を広げる。
国語、自己採点通り。数学、自己採点より少し低め。理科、自己採点通り。英語、自己採点通り。社会……自己採点より二十点ほど低い。そして順位はもちろん、五十位より下だった。
百パーセントこの社会科のせいだろう。私の記憶が正しければ、社会科の最後のほうの問題は記号問題だったから――まあ、きっとそういうことなのだろう。
彼女の様子を伺うと紙をもってわなわなと震えている。
「ど、どういうことなのよー!」
「可能性があるのは、解答欄にズレてかいちゃった、とかかな?」
「えー……そんなぁ」
「でも先生のミスかもしれないし、これはテスト返却待ちだね」
一応怒る彼女にフォローをいれておいて、怒りを鎮めさせておく。――が、当然鎮まるわけもなく、怒りは継続している。おかしいな、怒りは六秒間しか持続しないってきいたことあるんだけど。
どうやら彼女には当てはまらなかったらしいと認識を改め、まあまあと宥める。なんとか怒りは収まったようだが、今度は悲しそうに落ち込み始めた。
「あんなに頑張ったのになぁ……」
しぼんだ風船のようにしょぼくれていく彼女を見て、私はそっと彼女の頭を撫でる。
「今は誰もみてないからいいよね?」
「……ん」
彼女は自ら頭を少し近づけてくる。この間とは打って変わって素直な様子。
しばらく頭を撫でてあげつつ、横並びに座る。そっと彼女の頭をこちらに寄せ、空いてるほうの手で携帯を取り出し、インカメラを起動した。
「はい、チーズ」
「ええ?!ちょ、いきなり撮らないでよ!」
容赦なくシャッターを切る。撮った写真を確認すると私は普通のうつりだったが、彼女の目が半開きだった。
当然納得がいかなかったのか、携帯を取り上げられそうになったがすんでのところでかわす。
「ちょっとそれ納得いかないわ! 消してちょうだい!」
「私、人とインカメで撮ったの初めてなのに……」
よよよと情けなく泣く真似をしてみると、彼女には効いたようだ。
「う、ぐぐ……ぜ、絶対ほかの人に見せないでちょうだいね!」
「この写真いる?」
「い、いらないわよ! でも……」
「でも?」
彼女は恥ずかしそうにそっぽを向き、自身の携帯を取り出す。
「今度は私が撮るから……一緒に写真、撮ってくれる?」
「うん、いいよ」
自分の写真写りがいいほうだとは思わないが、せめて普通にうつるようにポーズをとる。一枚パシャっと撮る音が聞こえたので、終わりだろうと彼女のほうを見ると何故か目をつぶった彼女が近づいてきた。
突然のことで対処ができず、そのままキス……なんていう可愛いものよりも、歯と歯がぶつかるような形になり、ガチンという鈍い音とともにシャッター音がなった。
「……秋ちゃん?」
「ち、違うのよ。ほっぺにキスしたら、ヒロム驚くかなーって。その驚いた顔を撮ろうと思ったら、ヒロムがこっち向くから……。その真顔やめて!」
彼女はしどろもどろになりながらも、必死に弁明をする。そんな姿がおかしくて、ハハハッと声を上げて笑ってしまった。
「ひ、ヒロム……?」
「ごめんごめん、秋ちゃんといるとほんと楽しいなぁって。ねえ、撮れた写真見せてよ」
「え、ええ……」
撮れた写真を確認すると、ちょうど歯と歯があたったところのようで、私だけ驚いた顔をしていた。当初の計画とは違うだろうが、彼女の目論見は成功しているといえるだろう。
だがこの写真をどうしたもんか、と考えつつ彼女の顔を伺う。どうしたの? と言いたげな純真無垢な表情を浮かべていたので、そっとその写真を削除した。
「あああああ! なんで消すのよ!」
「だって恥ずかしいから」
それにこんな写真、彼女なら誤って電子の海に放流しかねないし。
頑張ったで賞、いや頑張った大賞はさっきのツーショット写真でいいだろう。今の私と彼女の関係性は彼女の机にある写真立ての写真のような一方的なものではない、先ほど撮った写真のようにまだ少しぎこちないけど隣に並んで笑いあうような、そんな関係なのだから。ちゃんとアップデートしていかないとね。




