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熱を感じて  作者: 湯尾
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 今日は図書室で勉強だ。本当は今日は直帰の予定だったけど、なにやら彼女が職員室に呼ばれたらしい。大人しい彼女が何かをやらかすとは考え難いのだが、なんとなくここにいけば聞けるだろうと思った。まあなにが原因かは大方想像はつくけど。

 私がいつもの席に座るった途端、対角線の方向から誰かが小走りでくる。


「や、やあ梛木」


「こんにちはー遊馬くん」


「ちょっと聞きたいことが……あ、いやその前に一局どうだ?」


「あはは、その慌てぶりだと平手でも勝てそうだねぇ」


「さすがにそこまでは……って、慌ててなどいない」


 彼は顔を赤くしゴホン、となにかを誤魔化すように咳払いをする。


「それで、何を聞きたいの?」


「秋がな……今日、特進のネクタイをしてきたんだ」


 やっぱり。


「それでその……僕には秋がそういうことをする相手に心当たりがなくてな。あれはカップルがするものだろう?」


 どうしたものか。彼女との関係を話すのは簡単だけど、それは彼女が望まないだろう。かといって、ネクタイのことを隠しておくのも不自然だし。

 特に話しても問題ないだろう。


「それ、私と交換したんだよ」


「でも梛木のネクタイは……」


「さすがに怒られるからねー。私は予備のネクタイをつけてきたけど。秋ちゃんのネクタイはカバンにつけてるんだ」


 そういってスクールバックを持ち上げて、結んでる場所を見せる。えんじ色のネクタイでリボン結びをしてたから、あまり違和感がなかったかもしれないが。

 うちの学校のネクタイには裏に名前をかくところがある。昨晩、高瀬秋とご丁寧にかいてあるのを確認していたので、それを見せるとほっとしたように息をついた。


「安心した?」


「む……いや、まあ、その……」


 彼はどうも彼女のことになると歯切れが悪くなる。将棋を指しているときとはまるで別人だ。もしかしたら彼女なら彼に平手でも勝てるのかもって思うくらい。

 疑念も解消されてスッキリしたのか、戻ろうとする彼を引き留める。


「どうした?」


「秋ちゃんの話聞かせて欲しいな」


「秋本人に聞けばよいのではないか?」


「遊馬君から見た秋ちゃんってどんな感じなのかなーって思って」


「そうだな……小学生のころはおとなしめな女子だったんだが、中学にはいって少ししてから物事をはっきりいうようになってな。だが、素直で誰にでも分け隔てなく優しいところは一貫していて……」


 彼女との記憶をなぞっているのか、穏やかな表情をしている。彼はいつもそうだ。彼女のことを話すとき、語るとき、いつもあんな表情をしている。

 出会って間もない私は彼ほど彼女を理解していない。大切にもできていない。それがなんか悔しかった。


「どうかしたか?」


「ううん、遊馬君にとって秋ちゃんってとっても大事な人なんだなっていうのが伝わったよ」


「大事な人……まあ、幼馴染だしな。間違ってはいない」


 照れ臭そうだが素直にそういえる彼もやっぱりなかなかいい人なんだろうなと思う。

 そこで噂をすればなんとやら、ガチャっと図書室の扉が開いたかと思うと話の渦中の人物が入ってきた。


「ヒロム―きいてよー……って、秀王くん? ヒロムと何か話してたの?」


「ああ、ちょっとな。じゃあ梛木、また今度」


 彼は逃げるようにそそくさと将棋部の輪へと戻っていった。

 うーん、逃げたか。


「え、なになに、ヒロムと秀王くんってそんな仲良くなったの? いつの間に?」


「たまに少し話してるだけだよー。それで、今日はなにがあったの?」


「そうそう聞いてよ!」


 話しをそらすと直前の会話を気にもせず彼女は今日あった出来事を語りだす。

 どうやら特進のネクタイをしていたことで、ほとんどの授業で先生に問題を解けと当てられたらしい。彼女が当てられて答えられずにあわあわしてる姿を想像すると笑えて来た。


「なによ笑って!」


「秋ちゃんも特進並みに勉強できるようになったら先生の見る目がかわるかも?」


「無理、ゼッタイ無理! この間ヒロムのプリントみたらわけわかんなかったもん……」


 私たちがやってるプリントは普通科の生徒よりもかなり先の内容だから、わからないのも無理はない。

 再び問題を当てられたときの話に戻り、あの先生はいじわるだとか難しい問題ばかり当てられたとのこと。


「そういえばヒロムは……って、してないじゃない! ネクタイ!」


「あー、そりゃ怒られるだろうし」


「私はしてるのに……!」


「でもちゃんとつけてるよ」


 ほら、とカバンを見せる。ちゃんとリボン結びにして彼女のネクタイをつけているところをアピール。

 彼女はむっとした表情から一変、驚いてはいたが口元を緩ませる。


「なにそれ可愛いじゃない」


「でしょ? カバンだと何かを言われる心配もないし。それに……」


 彼女の耳元にそっと顔を近づけ、囁く。ふわっといい香りがした。


「これならいつでも秋ちゃんを近くに感じられるしね?」


 これ以上の接近は神聖なる学び舎ではふさわしくないので、早々に離れる。

 彼女は顔を真っ赤にしながら俯いている。

 

「そういうの、ずるいわ……」


 そういうのってどういうのだろう。よくわからないけど、私の行動になにかずるいものを感じたようだ。

 さて、彼女も戻ってきたことだしそろそろ帰ろう。

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