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メリー・CNB

彼女は傘をゆっくりと地面に下ろした。

「どうやら、閉じ込められたようね」

 おそらく、昨日地上で接触してきた変人によるものだと、結論づける。

 彼は迷宮に人を閉じ込めるのが好きと言っていたし、彼女の幽閉の先刻もしていた。それに自分を落とす原因を作ったのは、彼の側近と呼ばれる存在だ。そう判断するのは妥当だろう。

「…さて。どうやって脱出したものかしら。旅を続けるためにはこのままだと不味いのだけど」

 傘を閉じ、腰につけた左側のハードポイント(右側にはポーチ型の物体がついている)につける彼女。

その恰好は黒の、シンプルな構造のドレスとそれに付属する機械の装甲であり、それを纏うのは百センチに満たない身長を持つ体だ。

 彼女持つ長い黒髪はナットのような形状のリングで後ろを縛られ、ポニーテールを形作っている。灰色のつぶらな瞳は周囲を探るためにきょろきょろと動いていた。

「見渡す限り壁いっぱい。私の武装(おしゃれ)で壊せるかしら?」

 彼女は周囲を見ながら言う。そんな彼女の頭上、はるかな高所には穴が見える。金属のパーツで囲まれたそのあたりから、彼女は落ちてきたのであった。

そしてその下、彼女が今いるのは闇に包まれた鋼鉄の壁の数々により作られる、迷宮である。

「どんな迷宮も道理を無視して壁を壊して進めば抜け出せるもの。問題は壁を壊せる貫通力を私が持っているかどうか」

 彼女は言いながら腰の傘に手を添える。

よく見てみると、どうやらただの傘ではないらしく、隙間から伸縮機構が見え、傘の先端は異常なまでに尖っている。まるで武装の類だ。

「なんにしろ。脱出のためにはやらなきゃね。まずは……!」

 右足を後ろに。それを起点に体を一回転。勢いに合わせるように、川の水が流れるような、滑らかな動きで傘をハードポイントから引き抜く。

体が180度分の回転を終えるそのとき、傘は正面に突き出され、カシャンという心地の良い音を発する。と同時にその先端部が勢い良く打ち出された。

 刺突を目的としているのか、鋭く尖った先端が狙うのは、巨体。

「すこぉぉぉぉぉっぷ!?」

 スコップと単眼鬼を四肢と頭の部分においてのみ、掛け合わせたような人型の奇妙な生物だ。

「門番」

 呟きと同時に、傘…としての機能を併せ持つ杭打機の先端が、スコップマンの胴体に突き刺さる。

「ずご…!?……………ぷ」

 彼は呻きながら背後へ跳躍。大きな足で鋼鉄製の床をしっかりと踏みしめ、安定した着地をする。

 そこに少女は声をかける。

「その耐久力、見た目。門番で間違いない。……なら聞くことがあるわ」

 言いながら、傘を元の状態に戻し、胴体を抑えて震えるスコップマンに近寄っていく。

「…そうね。迷宮を簡単に抜け出すためのルート、とか…。ここの主への部屋へのルート、とか…」

 彼女は傘をスコップマンに向けつつ、彼の眼前に立ち、

「私が脱出するため、教えてもらいましょうか」

 そう言った瞬間。

「………え」

 巨体が消え失せる。

 視線が虚空をさ迷い、敵の姿を見つけようと動く。 

そして、その悠長な動作が、致命的な隙を生んだ。

「油断したなスコップ!」

 少女がただ後ろを振り向く中、スコップマンの頭が大量のスコップ型の歯をそろえた、四つめウナギのような異形へと変貌。

 言葉が発せられた時には、それはすでに少女の頭に迫っていた。

「……!」

 非常にゆっくりと、息を飲む音が、少女から出た。 △―△

 この迷宮はとある男が作ったものだ。趣味で作られたそれは、地上に不自然な穴のみを出し、その全体を地下に持っている。

 そしてその迷宮には、役割が二つ存在していた。

 一つは人を迷わせること。地上を行き来する番人によって通行人を放り込む。そして存分に迷宮で迷い、脱出のために苦しんでもらう。

 二つ目は餌場だ。迷宮の中には冒険を盛り上げるため、多数の怪物が設置されている。彼らの生命維持のため、迷宮脱出のためではなく、餌専用の通行人を、定期的に放り込むのである(ちなみに、番人も放り込んだ人を食べる)。

 なお、餌用人間が、戦闘力が高いなどして、怪物を撃退できるならば、それもよし。通常は、怪物はアトラクションぐらいの動きで、命を奪うような行動をさせないが、この場合は殺す気で動く。迷宮というよりダンジョンとなるこの場所で、脱出のために入れた人には頑張ってもらうのだ。

 そして最後には、この迷宮の主である男自身がラスボスとして立ちはだかり、自分の得意なオールレンジ攻撃で叩きのめす。実は、これこそが男の真の狙いであるが、そう起きてくれることではないので、基本は人を迷わせ、その様子を鑑賞するにとどめていた。

「今回もかっぷ。久しぶりに迷宮をダンジョンとして攻略する実力の主と相対してみたいコップ」

 この迷宮の主、頭と足がワイングラスのような形をした、スーツ姿の男は呟く。

 場所は迷宮の最奥。巨大な鍋型の大部屋だ。その中央に設置された、Qの文字を模した椅子に、彼は座っていた。

 そこに、彼に最も近く、彼のすべてを知る側近でもある番人、スコップマンが近づいていく。

「おいしかっぷ?なぜか映像が煙で乱れて見えなかったが、久方ぶりの食人はどうコップ?」

「……」

 問うてくる主の言葉に、スコップマンは答えない。

「…かっぷ?何故主の言葉に答えないコップ?随分と大きな態度まぐかっぷ。答えろグラス!」

 瞬間、スコップマンの体が割れた。

「何事かっぷ!?」

 驚くグラス男を余所に、崩れ行くスコップマンの体から妙に小さな何かが飛び出した。

 何かは天井照明を背に、腰のハードポイントから引き抜いた傘をグラス男に向ける。

「こ…!」

 瞬間、先端が勢いよく射出。照明の光を受け、鈍く光る鋭利な先端が、彼に向って迫ってくる。

「っぷ!」

 グラス男は尻に力を籠め、その力だけで椅子から自身の体を前に押し出し、攻撃を回避。

直後、椅子に到達した脅威は、いっそ美しさすら感じさせる滑らかな動きで、椅子を貫通。同時に貫通の衝撃波が椅子を穴から砕いてしまう。

「何者かっぷ!」

 華麗に着地したグラス男の叫びに答えるかのように、地面に降り立った何かが答える。

「この通りのものよ」

 打ち出した傘の先端をボタン一つで戻しながら言うのは、傘の彼女だった。

「かっぷ!?お前は番人のおいしいおいしい間食になったはずコップ!」

 驚きで叫ぶグラス男に対し、彼女は淡々と言う。

「残念だけど、番人のほうが、おいしいおいしい私の武装(おしゃれ)の間食になったわ。………まぁ、それはそれとして。早いとこ戦い、始めるわね」

 その発言と同時に、彼女の腰のポーチ型の物体が素早く変形、銃口を形作る。瞬間、赤井玉が発射、空中ではじける。

「こ、これは…映像を乱れさせた煙かっぷ!」

「そうよ。私の三十六の武装(おしゃれ)の一つ。今回は尺がないから、すぐに終わりやすい暗殺スタイルよ」

 灰色の煙が周囲を包み込む。同時に彼女の気配も消え失せ、そのことにグラス男は焦る。

(…不味いかっぷ。私のボスとしての戦闘スタイルは曲がる袖ビーム、コップ。しかし、相手が見えなくては対処のしようがないマグカップ。こいつはどこでそんな的確に過ぎる対処方法をグラス!)

 思いつつ、彼は腰と足の力を全開にして飛び上がる。一切の音もなく、だ。

(…ま、しかし私の跳躍力をもってすれば、煙から抜けることは余裕かっぷ。高所からなら煙の動きで相手の位置を一方的に確認可能コップ。あとは曲げられる袖ビームを撃つだけマグカップ)

 彼の狙い通り、傘の彼女の動きと位置は、跳躍して至った高所からは丸見えだ。

「ラスボスに完敗する辛さを味わうこっぷ!」

 言葉と共に、淡い光。出所は袖。グラス男の袖より伸びた、淡い赤の光の集合体が傘の彼女を狙う。

「何……?」

 グラス男の言葉に怪訝な表情を浮かべる彼女。その時煙の中より、突如として現れた光に体を貫かれた。

「え…」

 間の抜けたような、心が入っていないような声が上がると同時に、煙の中から、小さな転倒音が響く。

「決まったこっぷ」

 それを聞いたグラス男は、笑い声を漏らしつつ、傘の彼女の前に着地する。

(それでは、いつもの口上を始めるこっぷ。あの一撃をもろに食らった以上、無事ではすまないからなコップ)

 彼は傘の彼女を見下ろしながら口を開く。

「せっかくの頑張りも無意味かっぷ。脱出のため、積み重ねた努力も、要所で失敗すれば何の意味もないコップ。特に、それが一度きりのものならマグカップ」

 彼女は答えない。

「お前は脱出が不可能になったこっぷ。……しかぁし、あんやしかぁし、ここでうれしいショッピングのお時間カップ。なんと今、この迷宮の周囲にここに来るよう近所の知り合いを誘う約束をするだけで、脱出の権利が与えられるマグカップ。もちろん、した場合は番人…新しいのが見張りをし、約束を守るのを監視するがグラス」

 グラス男はぺらぺらと早口で話す。そうなるのは、彼がこのような状況が最も好きであり、このセリフをいうのが楽しく、それゆえに興奮しているからだろう。

 もはや、自身の勝利も疑わず、彼は言い終え、傘の彼女に尋ねた。

「さあ、どうかっぷ?拒否すれば死、あるのみコップ」

 彼は内心で笑う。

(…ふ、こんな状況で拒否するのは無理でかっぷ。敗北した以上、抵抗は無駄コップ。たとえ馬鹿でも、約束するを選択するマグカップ)

 そうなれば、この迷宮に放り込む人が増えて万々歳。そう思いつつ、ついに提示された彼女の答えは。

「あ、そういうのは断るから」

「なかっぷ!?」

 瞬間。弾けた。彼女の片腕が。

 驚きで固まるグラス男の顔の横に、彼女の傘による横なぎの一撃が叩き込まれる。

「むごかっぷ!?」

「人工細胞、こいつの袖を破きなさい。そしたら袖ビーム出なくなるから」

「むきゅきゅきゅきゅ!!」

 はじけた彼女の腕。よく見れば、それらの一つ一つは饅頭のような小さな生物のようだ。それらがグラスと男の袖にかみつく、次々に引き裂く。

 微細な裂け目が、数の暴力で大きな裂け目になり、最後には糸くずと化し、袖は完全に消滅した。この間、僅かに二秒。

「はいとどめ」

 単純な一言と共に傘の先端がグラス男の脳天を貫いた。

「げぇかっぷ!?死ぬコップ!」

「死なないって知ってるから攻撃したんだけど。しばらく行動不能にはなるらしいけど」

 傘の彼女は断末魔でもあげそうな表情のグラス男に、半眼になる。

「……なんにしろ。ボスは倒したし、寄り道は終わりね。旅に戻ろっと」

 彼女は傘を戻して先端の汚れを払い、ハードポイントにつける。

 そうしてその場を去ろうとする。しかしそこに、声がかかる。

「私の疑問に…答えるかっぷ……」

 頭に大穴が開いた状態で言うグラス男。ぱっと見死に体に見えるが、動けないだけで口は少し元気なようだ。

「なぜ、私の提案を蹴ったかっぷ…!?」

 その言葉に、少しの沈黙の後、傘の彼女は答える。

「少しだけ気がのったから答えてあげる。…聞き出したから」

「……聞き出した、だとかっぷ?…誰から、何をコップ…」

 余裕を見せつけるかのように、腕を組んで傘の彼女は言う。

「最初に登場した番人いるでしょ。あいつ、飛べるわけでもないのに穴とここを行き来してるってことを、倒して聞き出したのよ。…そういえば、負けた演技したらあっさりと隙をつけたわね」

 脱線した話を戻し、通路かそれに類するものが番人用かなにかである可能性がある、と続ける彼女。

「実際、それはあるわよね」

「……確かに、かっぷ」

 そのことも、番人から聞き出したことだ。

「だから、聞き出したそれを使って、すぐに脱出はできたわ」

「な…、どういうことかっぷ?」

 脱出ができたのに、迷宮の最奥にいる。その、一見不可解な行動に困惑し、グラス男は聞く。

その答えは、おかしくも思えるが、彼女らの世界の常識に照らし合わせれば、そこまでおかしいものでもなかった。

「ちょっと気が向いたのよ。寄り道で危ないところにいくのも、面白いことだし、そういうの好きっていうのもあるわ」

「…そ、そんなノリのやつに…かっぷ」

 味合わせるはずの敗北のくやしさを、自身が味わうことになってしまった。それがグラス男には、たまらなくくやしい。

「ちなみに、あなたの弱点も行動傾向も全部番人から聞いておいたから、勝てたのよ。情報って重要よね」

 言いながら、傘の彼女はその場を去ろうとする。しかし、そこのグラス男がまた声をかけた。

「さ、最後に一つ…かっぷ」

「……何か?」

 傘を広げ、柄を肩におき、彼女は振り返る。

「いつかリベンジするかっぷ…そのために、名前を教えてくれコップ…!」

「ああ、そういう。まぁ、名前ぐらいサービスで」

 彼女はコホンと軽く席をして前置きをする。そして、軽い笑みを浮かべ、足を交わらせて立ちながら言った。

「私はメリー。メリー・クリスマス」

 




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