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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜血果 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 恵み。なんとも謙虚な精神が感じられる言葉じゃないかい?

 自らの力ではなく、他の何者かによってもたらされる利益、幸運。姿の見えない何者かへの感謝の念は、古今東西で重視される例は多い。

 そして、こいつを深く追究しようとするのは、野暮であり不謹慎とみなす考えもしばしば。こいつは一種の防衛本能かもしれないな。

 やぶへびをした結果、恵みを受け取れなくなるばかりか、全体に被害がおよぶかもしれなくなるような事態は避けるべきだ。

 しかし元をたださなかったばかりに、思いもよらぬ事態を招き寄せることもあり、自分たちの利とするにはどうしたらいいか、判断が難しいのも昔から変わらない。

 僕の聞いた昔話なんだけど、聞いてみないかい?



 むかしむかし。とある地域を疫病が襲った。

 奇妙なことに、人間にはまったく症状が現れずに、動物たちがかかる病だったとか。

 はじめのうちはネズミや小鳥といった、身体の小さいものたちが狙われた。

 特に罠もしかけていない地面や中空より、近辺の地面へ倒れていく姿はいささか不審感を覚えたものの、このときはさほど大きな問題とはとらえられなかったらしい。

 気味が悪いのは確かだったから、そのまま食用にするようなことはせず、一か所にまとめて土へ埋めたんだそうだ。

 そのようなことが何日も続き、皆はいぶかしむようになっていたけれど、この時はまだ本格的な動きは見せなかったらしい。

 

 季節はこれより畑仕事が本格化してくる春ごろ。

 この辺りでは久方ぶりの「竜血果」が成ったことが知られた。

 竜血は古くより東西に知られた優良薬で、その起源、実態は地域による差が大きいとされるが、赤みを帯びた固体であるというのはおおよそ共通している。

 この地域では、最後に確認されたのが20年ほど前のことだが、たびたび発見された記録が残っていた。

 瓜によく似た姿を見せる竜血果。そこに軽く刃を入れると、とろりと垂れ落ちる、赤くて粘度の高い液体。

 これらは空気に当たるとたちまち固まり、自然に成った状態のままだと、地面に垂れ落ちる先に固定されてしまうほどの早業だったとか。

 

 かつて目にした年配の者たちの言により、これらが竜血果であることは間違いないとされ、できた分が家々へ分配される。

 量が少ないときなどは、けがや病気の療養時など限られた時のみの服用が望ましかったが、今回は初回に獲れたものだけで数日間、常食するに十分。

 ひとくちで一日を過ごすことができると称されるほど、腹持ちがよいのもあった。育ち盛りの子供さえ、十分に満足させうるものだったとか。

 そのうえ、獲った後からも次々と実をつけるものだから、各家の貯蔵はどんどん増えていく一方。

 竜血は商品としても珍重される。金にした方が何かと融通が利くと判断した者たちは、竜血をいくらか売り物として包み、離れた町へ出かけるものもいた。

 これまで例にみないほどの竜血の恵みを、人々はありがたがっていたのだけれど。



 あり余る竜血を他に使えないかと考えたある家は、自らの家で飼う牛や馬に振る舞ったらしい。

 過去の例でも、竜血は家畜に対して人間が服用する以上の強壮効果をもたらすと知らされていたのもある。

 事実、竜血を口にした翌日より、馬たちは疲れ知らずといった様子で耕作をはじめとする仕事たちをはしごして、いささかも効率を落とさなかったらしい。

 目の当たりにした他の家々もそれにならい、飼っていた動物たちへ竜血を与えていくも、彼らにもやや気がかりなことがあった。

 竜血を売りに出ている皆が、もう帰ってきてもいい時分なのに、戻ってこないんだ。

 

 そうして数日が経ったころだった。

 予定より早く仕事を終え、各々の飼育小屋へ牛や馬たちを戻した直後、彼らは横倒しになって地面へ倒れてしまったらしい。

 疲れきった時など、彼らはたまにこのような休みの姿勢を見せる。竜血の力があったとはいえ、限界だったかと労わる声もあったが、ふと見ると彼らはもう息をしていなかったんだ。

 様々な蘇生の手を打つもことごとくが効果なし。結果として、各家に大きな損害が出る羽目になった。

 その際、彼らを触診したものはその全身のこわばりに驚いたという。

 ただ筋肉が縮みあがっていたような領域にとどまらない。もはや金物を思わせる硬さで、げんのうで叩くと高い音が響いたとか。

 そういえば、先に埋葬したネズミや小鳥たちにしても、その矮躯にかかわらずやたらと重かったような気が……。

 

 もしやと、飼い主の承諾のもとに馬の遺体のひとつをばらしてみたところ、元の肉や骨は一部しか残っておらず、そのほとんどが藍色の光を帯びた金属らしき物体に変化していたとか。

 村人たちの知識の中では紫水晶が一番近い色合いだが、硬度が段違い。げんのうはおろか、クワによる渾身の一振りさえも跳ね返すとなれば、ひびを入れるのさえ用意じゃなかった。

 この金属はのぞく角度を変えなくとも、内側からしばしば五色の光を交互に放ち続けている。あたかも意志を持っているかのように。

 もしやと、埋めたネズミたちを掘り出そうとかかったところ、そこから出てきたのは同じような紫色の金属の塊。元の動物たちは皮一片たりとも残っていない。

 いかに分解が首尾よく進んだとて、こうも中身があらわになるものか。それもこの集まりようは、まるで個々の身体に入っていたものが、肌という境を失ったとたんにめいめいで身を寄せ合ったような格好ではないか……。

 

 家畜たちは、いずれも竜血を口にしたものばかりが被害に遭っている。現場は見ていないが、ひょっとするとネズミたちもしかりだ。

 そうなれば、同じく竜血を口にした自分たちも同じでは……。

 不安がり始めた村人たちのもとへ、竜血果を売りにいったものたちのひとりが、息せき切って戻ってきた。

 こたびの竜血果を口にしたものは、急ぎ町へ来てもらいたい。瀉血を行わねば遠からず命を落としかねないと。

 伝令の男も腕に大きな包帯を巻いている。この事態を伝えるべく、真っ先に血を抜き取ったゆえで、他の者たちも順に治療を行っているという。

 男も村で確認された紫色の金属を見やると、「やはり……」と苦々しい顔を浮かべたとか。

 

 ほどなく、村人のほとんどの血が町にて抜き取られることとなる。

 さまざまな手法で出されていく血は、ときおりその中に竜血と思しき粘り気や、あの紫がかかった金属のとろけたものが混じることがあったそうな。


「これは、いわば的なのだ」


 瀉血を命じた、街をおさめる殿様からの通達にはそうあった。


「いかずちを操る方法のひとつ、とされている。我々の中で知られる良薬、竜血果の中に紛れ込ませ、あたかも自然からの恵みであるかのように食べることを促し、時と共に的への調整を行っていく。

 的と化す過程で、食した者はことごとく命を落とそう。止まった的を狙う方がまだ楽だろうからな。

 近く、この紫めがけていかずちが落ちよう。天に雲のあるなしを問わずにな。それまでに出し切らねば命はないぞ」


 急激な血抜きだ。子供や老人の中には、意識を失うものが出るほどの荒療治となった。

 しかし、その甲斐あって、桶一杯に注がれるほどの紫金属の塊が村人から摘出される。それらはすぐ町のはずれ、周りに燃えるもののない広間へ置かれた。

 治療が済んでから数刻後。

 いよいよ西日が傾こうといったおり、だしぬけに空全体が何度も光る。

 すわ、いかずちかと思った時には、もう桶全体が火だるまとなって、ごうごうと音を立てている。

 やや離れて、目がくらむことのなかった者は、かすかな折れ曲がりもない真っすぐな雷光が桶に注いだと証言したという。


 たっぷり半刻ほど燃え盛ったのち、自然と火が消えたあとには、桶も紫金属もすっかり灰を残すばかりとなっていた。

 村へ帰った者たちは、掘り返したところ、および家畜の倒れたところに大きな焦げ跡があり、そのとばっちりにあったと思しきいくつかの家屋が焼け落ちているのを確かめたとか。


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