月と兎
闇夜に紛れて歩いていると、月明かりの差し込む草むらに一羽の兎が横たわっているのが見えます。
食べようと見つめていると、ゆっくりとこちらを向きました。
貴重な食糧。
ナイフを手に取り殺そうとすると、兎は静かに口を開きます。
「最後に誰かの役に立てて死ねるなんて、幸せだなあ」
そういって静かに目を閉じます。
言葉に甘えて殺せばいいものを、どういうわけかためらう自分がいるのです。
「生きることをやめたのですか?」
耳がピクリと動きます。
「ええ、そうなのです。報われることのない人生でした。なので最後くらい満たされたいのです。私は心を満たして相手はお腹を満たすのです」
兎はそっと目を閉じました。
「なにがあったか聞かせてください。それで私の心は満たされます」
兎はそっと目を開け、不思議そうにこちらを見ます。
「大した話じゃありません」
耳をぺしゃんと寝かせながら、声も自信なさげに尻すぼみ。
「話してみないことにはわからないさ。私が聞きたいだけだから」
兎はゆっくり話し始めてくれました。
*
私は人一倍餅をつくのが下手でした。
なので人一倍餅をつく練習を積み重ねました。
それが功を奏し、人一倍上手に餅をつけるようになりました。
とびきり嬉しくて、人の見ていないところでぴょんぴょん跳ねて喜びました。
しかし、それを面白く思わない兎たちがあることないこと言いふらします。
おかげで信用も信頼もありません。
それでも頑張ろうとしましたが、現実はそんなに甘くはないのです。
それが面白くなったのか、人一倍頑張ってできるようになったところを、何度も潰しにくるようになりました。
*
話し終えた兎は静かに目を閉じました。
「その兎たちを一緒に食べて、心もお腹も一緒に満たしましょう」
提案すると、兎は驚いた様子でこちらを見ます。
「どうして」
「殺されそうになったらやるしかないんだよ。話し合いは『人』とするものなのさ」