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こちら、トレイス王国サポートセンターです

作者: あづま 朔

『もう俺死ぬ!殺される!俺はここで死ぬんだ!』


 静かな森の中、叫び声が轟いた。

 地響きのような咆哮と、金切声を上げる勇者…を名乗る男。現場が阿鼻叫喚だということは一目瞭然だった。…正しくは、見てはいないのだが。


 ここは大陸の中心に位置するトレイス王国。動植物すべてが魔力を有しており、人々は魔力を込めることで使用できる魔法石を用いて日々暮らしている。

 このトレイス王国の外れも外れ、普段人が足を踏み入れないような深い森の奥の小屋に住む少女がいた。彼女の名前はソフィア・エバーハインド。薄暗い森には似つかわしくない綺麗なブロンドの髪に、鋭い目つきと端麗な容姿。冷静さと気品を纏った彼女は、王都の貴族と並んでも遜色ないほどである。

 ソフィアは、この小屋で"繋声石(けいせいせき)"という遠く離れた場所と声のみを繋ぐことができる魔法石を利用して、王国中の人にアドバイスをしていた。


 そして今日、繋がったのがこの男である。

 ソフィアが声を繋いで早数十分。どうやら「洞窟で魔物と戦っているらしい」ということまでは理解できたが、肝心の魔物の情報が全く出てこない。



「…あのー、ですからその魔物の特徴を」

『とにかくすっげぇやべぇんだって!ばぁああん!って感じで、ズゾゾゾゾォォ!ってなってて』

「もっと細かい特徴がわからないと、調べられないので…」

『ぎぃやぁあああ!!!死ぬ!死ぬ!!助けてぇええ!!!』


 話の通じない自称勇者。いっそ見殺しにしてしまっても罰は当たらないんじゃないか。

 そんなことを考えていると、バキッという鈍い音と共に女性の悲鳴が聞こえた。


『ミラ!!!』


 ミラと呼ばれたその女性の声は、今にも消え入りそうなほど弱り切っていた。仲間がこれだけ弱っているというのに、この自称勇者は泣き喚いているだけだというのか。


『クソッ!!!!俺は勇者失格だぁ……こんな時なのに、何も、何もできない…っ』

「……何もしていないだけでしょう」

『へっ?』


 突然当たりが強くなったソフィアの声に驚いたのか、なんとも間抜けな声を出した自称勇者。

 この国で勇者を名乗れる人間は聖剣・アレクサンドに認められた者ただ一人だ。それだけに、さぞ勇敢で士気の高い人間が勇者になるのだろうと思っていた。しかし、それは思い違いだったようだ。そもそもコイツは本当に勇者なんだろうか。


「いいですか、"自称"勇者様。今から言うことに迅速に、的確に、答えてください」

『な、なんだよいきなり…っていうか、自称ってなんだ!自称って!』

「いいから。死にたくなかったら、私の声に従いなさい」

『は、はい』


 この自称勇者がどうなろうと知ったことじゃないが、罪のない仲間まで見殺しにするのはソフィアの理に反する。

 一つ、深呼吸をした後。ソフィアは手元にあった分厚い本を開き、目にもとまらぬ速さでページをめくり始めた。


「魔物の特徴は?」

『と、特徴?えっと、でかくて、怖くて』

「そんなのわかってる。二足歩行とか、四足歩行とか」

『に、二足歩行です!』

「体毛は?しっぽは?」

『手足以外は毛むくじゃらで、しっぽは……くっ、動きが速くて見えねぇ!』

「結構。それだけわかれば上々です」

『……あんた、まさか魔物を特定しようとしてるのか?』

「えぇ、そうですが」


 繋声石の向こうから返事が聞こえなくなった。絶句しているのだろう。 

 この世界にいる魔物の数は人口を超えると言われており、この国だけでも数千種類の魔物が存在する。中には生息地によって性質を変えるものもあるため、細かく区分すると数万種類にもなる。ソフィアは、その中から口頭尋問だけで魔物の種類を特定しようとしているのだ。


「自称勇者様」

『その呼び方やめろ』

「貴方たち、今どこにいますか?」

『どこって洞窟だけど』

「ですから、どこの洞窟ですか?」

『お、怒るなよ…仕方ないだろ!俺、方向音痴で道案内なんて仲間に任せきりにしてたんだから!』


 とんだクソ勇者である。


「……じゃあ、目の前に何か鉱石とかありませんか?植物でもいいです。動物でも、なんでも」

『急にそんなこと言われてもなぁ…』

「何でもいいです。いつもより道がぬかるんでいたとか、風が少し強かったとか」

『うぅん……あっ、そういえば、変なにおいしたぞ』

「例えばどんな!?」

『えぇ…なんか、何かが腐ったような……』


 "腐った"と言う単語を聞いた途端、ソフィアの顔つきが変わった。目が更に鋭さを増し、口元も少し綻んでいる。怒っているわけではない。喜んでいるのだ。ただ、そのなんとも言い難い笑顔は、彼女を知らない者からしたら不気味と思われるだろう。

 その不気味な笑顔のまま、手元は本のページを高速でめくっているのだから、更に怖いものがある。

 少しした後、ソフィアはせわしなく動かしていた手を止め、「これだ」とつぶやいた。


「…いいですか、クソ勇者様。今から言うことを確実にやってください。一つでもミスったら死にます」

『死…!?』

「死にたくないなら従ってください」

『…わ、わかった』

「物分かりがいいクソで助かります。では…」





「魔物を大声で呼び寄せてください」

『はぁっ!?』

「ほらさっさとやる」

『無理無理無理!無理だって!そんなことしたらこっちに攻撃してくるだろ!』

「倒すにはこちらに注意を向けるのが必須でしょう」

『いや、そうは言ったって…』

「なら、ご勝手に。お仲間諸共、死んでどうぞ」


 言い方は悪いが、ソフィアの言うことはもっともだ。彼女の指示を聞こうが聞かまいが、攻撃されるのは時間の問題と言うことは勇者もわかっていた。そして自分一人では相手を倒すことができないということも。腐っても勇者、仲間を槍玉にあげられてしまっては選択肢は一つしかない。



『うぉぉぉおおおお!!!!!こっち来いやぁぁああああ!!!!』


 ……そこまでする必要はなかったのだが。

 結果的に魔物を誘発することには成功したようで、低い咆哮が聞こえてきた。先ほどまでビビり散らかしていたクソ勇者も、やっとまともな勇者になったのか、相手の咆哮を聞いても怯えることなく同じだけの大声を張り上げている。正直音圧で耳がつぶれそうだ。


 そこからの勇者の活躍ぶりは凄まじいもので、ソフィアの指示を的確にこなし、しかも毎度大ダメージを与えていく。こちら側には剣の切り裂く音と魔物が上げる咆哮しか聞こえないが、それだけでも確実に魔物が弱って行っているのがわかるほどだ。

 流石は勇者と言うべきか、これにはソフィアも感嘆せざるを得なかった。

 

「それでは、最後です。眉間に思いっきり剣を突き刺してください」


 ガキンッという硬い音の後、少しの間をおいて大きな地響きが聞こえた。おそらく、勇者が魔物を倒したのだろう。それまでせわしなく本の文章を追っていたソフィアも、ようやく息をつくことができた。


『倒せた…』

「やればできるじゃないですか」

『あんた、本当に魔物を特定したのか…?』

「えぇ。その魔物はビオード・コング…コング目コング科の魔物です。普段コングは森で暮らしていますが、貴方たちのいるビオード地方には森がありませんので洞窟に暮らすようになった派生種です」


 "二足歩行""手足以外に毛が生えている"と言う特徴からコングということはすぐに分かった。洞窟で暮らすコングともなると、おのずと種類は限られてくる。あとは生息地さえ特定できれば種類の特定は容易い。


『そうだ、ビオード!ミラたちがそんなこと言ってた気がする!』

「勇者様が"腐ったようなにおい"と仰っていたので、腐った臭い…硫黄から発せられるガスのことだと思いまして。この国で硫黄泉があるのはビオードだけですから………そんなことより、お仲間の手当はしなくて平気ですか?」

『あっ』


 先ほどからしきりに「助けてぇ」と言う声が聞こえていたと言うのに気が付かないとは、やはりクソ勇者はクソ勇者のようだ。


「早く治療してあげてください。それでは、私は失礼いたします」

『おう!本当に助かった!あんた、"大賢者"様みたいだな!』

「……お褒めに預り光栄です」


 繋声石に魔力を注ぐのをやめると、ありがとなー!と元気に叫ぶ勇者の声が途切れた。この仕事を長く続けているソフィアでも、人の命がかかったサポートはやはり神経をすり減らすもので、ドッと疲れが押し寄せてその場に突っ伏してしまった。


「大賢者、か」


――――――――大賢者。


 それは、この国……この世界で最も知識を民のために奮うことができた人間に与えられる称号。大賢者の権威は王族をも超えるため、誰しもが憧れる存在だ。

 それはソフィアも例外ではなく、この国一番の博識・大賢者に憧れていた……そう、憧れて"いた"。



「…………私に、その資格はない」



 ソフィアはこの国に居場所がない。

 かつては学園一の秀才と言われ、大賢者の再来とも呼ばれていソフィア。国のしきたりで行われた適正検査の結果"無能"のレッテルを貼られた彼女は、学園を追われ、家からも勘当され、国境付近の森の中に引きこもるに至ったのであった。


 検査一つで自分の積み上げてきたものがガラガラと崩れ去ったソフィアは、しばらくは絶望に打ちひしがれていた。それでも聡明なソフィアは、この現状を打開できる策をいろいろと模索し、たどり着いたのがこのサポート業だった。

 自分に才能がないのであれば他人の才能を活か背ばいいのだと考えたのである。自分の素性を知られないまま、他人の手助けができるこの仕事は、正にソフィアにとっては天職であった。


 

 感傷的な気分に浸るのも束の間、繋声石がけたたましく音が鳴り響く。



 ソフィアはもう絶望なんてしていない。たとえ無能と言われても、自分の経験・知識が確実に人の役に立つのだと知っているから。




「こちら、トレイス王国サポートセンターです。」

初めて投稿しました。


今執筆中の長編作品の前身となる短編です。

長編作品は書きあがり次第投稿予定ですが、設定等世界観いろいろ違うので、別物として見ていただければと思います。

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