第二十四話 ケルピー
第二十四話 ケルピー
サイド 福矢 亮太
未探索エリアに来てしまったわけだが、はたしてどう動いたものか。遭難時の定番と言えば、その場を動かない事。
とりあえずライセンスの救難信号を出したあと、スマホでダンジョンセンターに連絡をとった。
相手方も随分慌てていた様子だが、一応マニュアルはあったらしい。すぐに救援を送るので、その場を動かないでほしいと連絡がきた。万一やむを得ない理由で移動した場合、すぐに移動した方向を教えてくれとも。
そして最後に周囲の状況を分かる範囲で説明し、通話を終えた。
「あ~……マジどうしよう」
「どうもこうも、ここで待つしかないでござるな。一応例の転移トラップの件は伝えてあるでござるし、ライセンスにはある程度近づけば発信機機能もあるでござる」
優子が式神を周囲に飛ばしながら応える。
「つうか転移トラップなんてどうしてあるんだよぉ……」
「ダンジョンだからな」
そうとしか言いようがない。こうした誰が仕掛けたのかもわからないトラップは、ダンジョンでは時折発見される物であり、対処は難しい。
不用意に行動した昭が悪い。だが自分ももっと素早く動けたのではと思わないでもないし、ダンジョン内であまり気にし過ぎているのもパフォーマンスが落ちて危ない。なにか気分転換になる話でもしたほうがいいか。
「そういえば、未探索エリアといえば、こんな話があったな」
「なんでござるか、フクヤン」
優子も話題を変える事に賛成なようで、すぐにのってきた。
「なんでも、伝説の剣っぽいのを見つけたとか」
「伝説の剣?」
「あ、その記事拙者も見たでござる。なんか意味ありげな台座に刺さっていたらしいでござる」
「台座に!?」
昭が興奮するのもわかる。意味ありげな台座に刺さっている剣とか、ロマンの塊以外の何ものでもない。
「ち、ちなみにそれって抜けた奴いるのか?」
「それが何をやっても抜けなかったらしくってな。もうこれは某伝説みたいな感じで、抜いた奴が王になれる案件じゃないかって噂になっているんだよ」
昭が目を輝かせて、視線で続きを促してくる。どうやらメンタルは多少持ち直したらしい。
「で、その剣をどうするかってなったんだが、試しにとある自衛官が剣を抜こうとしたんだよ」
「ま、まさか抜けたのか!?」
「いや、台座が抜けた」
「……は?」
昭が真顔になるのもわかる。誰かはわかっていないが、とある自衛官が『よいしょー!』と景気のいい掛け声とともに全力を出した結果、剣ごと台座が引っこ抜かれたのだ。
「今は国の研究所に台座ごとおかれているらしいぞ」
「ええ……」
ロマンあふれる話から、突然ギャグ漫画みたいな事になって昭も困惑している。誰だってそうなる。自分もそうなった。
「むっ」
その時、優子が真剣な表情になった。
「湖の方向から魔力反応でござる。姿は見えぬでござるが……いや、これは……っ」
「どうした」
「湖の水が広がってきているでござる!」
「なっ」
慌てて通路の先にある空間を見てみる。すると、目でわかるぐらい水が広がって来ていた。おかしい、さっきまではなんの兆候もなかったのに。
そして魔力を感じたという事は、なにかしらのトラップかモンスターの能力。剣を引き抜き、警戒態勢にはいる。
「どうする。とりあえず距離をとるか」
確認というより、もう半分ぐらい決定事項な気がするが、一応口に出しておく。こういうのは言うのが大事だ。
「だ、だな!」
だが、昭からは返事があったのに優子からはない。それに疑問を感じてそちらを向くと、やつは呆然とした表情で自分よりも前に出て来た。
「え、優子?」
その進行方向。広がってきた水から、一頭の馬が浮上してきた。
広がってきた水はまだ足首ぐらいの深さしかない。こんな大きな馬が浮上してくるのはおかしいし、そもそも馬はあんな自然に浮かんでこない。
そもそも、青い毛並みに紅く光る瞳。尻尾が魚の尾びれみたいになっている段階で、どうみてもモンスターだ。
「離れろ優子!」
だというのに、優子は夢遊病患者のようにフラフラとモンスターに近寄っていく。
「大丈夫でござるフクヤン。この子はとっても人懐っこいでござる。拙者の愛馬に相応しいでござるよ……」
水、馬、モンスター。それに優子の様子。そこから連想されるモンスターは、『ケルピー』に他ならない。
ダンジョンで確認された例は少なく、日本ではケルピーのいるダンジョンは五つしか見つかっていない。それゆえ、モンスターとしてのケルピーの情報はとても少ない。
だが、伝承に出てくるケルピーなら漫画の影響で知っている。いわく、川や湖に現れ、人間を騙して背中に乗せ、水の中に引きずり込んでから食い殺すと。
『世界樹の加護』
一息に優子の肩を掴んで、スキルを発動する。
「えっ」
声をあげる優子を力づくで後ろに放り投げながら、剣を振りかぶる。
ケルピーと目が合った。その目には、不思議と嘲笑が浮かんでいる気がした。『お前ごときが自分に傷をつけられると思っているのか』。そう言っている気がする。
モンスターにも、感情の類があるのではないかと言われているのを思い出す視線。だが、今はそれどころではない。
確かに、超感覚はこいつに普通の攻撃は通じないと断じている。
『万象一閃』
なら普通の攻撃じゃなければいい。
「このぉ!」
右手で剣を思いっきりケルピーの首に叩きつける。運よく刃筋が通ったらしく、皮を裂き深く肉を切った。
通常の馬であれば致命の一撃。だがモンスター相手には浅い。優子を投げるために引いていた左手で、剣の峰を押す。更に剣が食い込み、首の三分の一ほどまで切り裂けた。
『GYYYYYYYYYYYYY―――!』
ケルピーが痛みと驚きで絶叫を上げるのがわかる。そのまま暴れ出し、自分の足が浮く。
「亮太!」
昭の声が響く。ケルピーの周りで水の塊が浮き上がるのが見えた。一つ一つが子供ぐらいの大きさだろうか。それが一瞬で槍の形になり、銃弾もかくやという勢いで自分に殺到する。
「がっ」
ものすごい衝撃に剣から手を離してしまい、後ろに大きく吹き飛ばされる。地面にバウンドしながら、視界の端でケルピーがこちらに突進してきているのが見えた。
「このぉ!」
「止まれ!」
『ファイヤー』
『呪詛』
昭と優子のスキルが突進してくるケルピーに放たれる。速さはあっても真っすぐ突っ込んでいるのだ。外れるわけもなく直撃した。だが、昭の炎は表面で弾かれ、優子の呪詛は弾かれこそしなかったものの効いた様子がまるでない。
一切突進の勢いが衰えることなく、自分はケルピーに轢かれた。
「おおおお!?」
浮遊感に半ばパニックになりながらも、肉体にダメージはない。走り抜けたケルピーに右手を向ける。
『万象一閃』
『サンダー』
二つのスキルを順番に発動する。これは実戦では初だが、公園では何度も練習した。雷撃に万象一閃を乗せるのだ。
効果はてき面。電撃はケルピーの尻に直撃し、悲鳴と共に転倒させた。
「あああああああ!」
態勢を立て直すやいなや、腰の後ろからナイフを引き抜き、ケルピーに走り寄る。転倒の衝撃か電撃のせいかケルピーは立ち上がれずにいる。
ケルピーの首に跨り、左手でやつの頭を押さえつける。
「フクヤン!」
優子の悲鳴が聞こえる。見なくても分かる。人の頭ほどもある水の塊が自分の頭近くに浮いている事も、それが槍の形に姿を変え、飛来してきている事も。
側頭部に強い衝撃。だが今度は耐えられた。
「おうじょお――」
『万象一閃』
「せぇやぁぁぁぁあああ!」
思いっきりナイフをケルピーの眼球に突き込む。根元まで深くねじ込んでやったが、それでも奴の体から魔力が立ち上っているのがわかる。どんだけ頑丈なんだ。
時に、ケルピーの体の表面には薄い水の膜がある。普通の水ではないのは直感でわかる。これがあるから普通の攻撃は通用しないのだ。
では、その水の膜を突破したナイフ越しにならどうなるのか。
『サンダー』
『GYYYYYYYYYYYYYYYYY!?』
ナイフを通して電流がケルピーの脳を焼く。本物の電気ではないが、魔力にその属性は乗っているのだ。そりゃそうなるとしか言いようがない。
流石にこれは致命傷だったらしく、ケルピーの体から力が抜ける。超感覚にも仕留めた感覚があったので、どうにか倒せたようだ。
「はあ……」
「フクヤン!」
「亮太、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃねえよ!」
駆け寄ってくる昭たちに答えながら、スックと立ち上がる。
「装備がもうボロボロだよ!ツナギなんてこの前買い換えたばっかだぞ!?」
「そこかよ!?」
「そこだよ!」
防弾チョッキはあっちこっち拳大の穴が開いているし、その下のツナギは当然ボロボロ。極めつけに兜に付けていたカメラとライトがどっかいった。回収できたとしても確実に壊れている。高かったのに……。
「えっと、体は大丈夫なんでござるか?」
「体は問題ない。ビショビショだし色々驚いたけど、ダメージはないよ」
空元気でもなんでもなく事実だ。肉体的には一切問題ない。というより兜が心配だ。親に買ってもらったやつなのに、触れてみるとあっちこっちへこんでいる。つらい。
「どっこいせ。昭、アイテムボックス開いてくれ」
「お、おう」
ケルピーの体を担ぎ上げて、アイテムボックスに放り込む。その際、食い込んだままの剣を回収して鞘に納める。ナイフの方はたぶんもうダメだ。柄は砕け散っているし、ケルピーに無理やり突き込んだあげく電撃を浴びせたのだ。無理に抜こうとしたら、グロテスクな事になるだろう。
「ああ~、終わった。とにかく救援がくるまで……」
不自然に言葉を切った自分に、友人達が不思議そうな目で見てくる。
超感覚が警報を鳴らす。『終わっていない』。優子も異変に気付いたのだろう。足元を見てボソリと呟く。
「水かさが、増えている……?」
そう、先ほどのケルピーは確かに殺した。そして今はアイテムボックスの中だ。あれは生き物を入れられないから、間違いなく死んでいる。
なんらかのスキルで増えていた水が今も増えているという事は、つまり。
「マジかぁ……」
ゆっくりと湖の方に視線を向ければ、そこには新しいケルピー『達』がいた。ぱっと見十頭以上はいる。
「こ、こんにちは~」
ああ、モンスターの感情とか未だに実在するのか議論されているが、少なくともケルピーにはあるのだろう。だってめっちゃ殺意を感じる。
ケルピー達の周囲に、無数の水の塊が浮かびあがった。
「逃げろぉぉぉおおおおおお!」
叫びながら昭と優子の腰を掴み、両側に抱えて一目散に走りだす。背後でいくつもの轟音が響いているのは、どう考えても水の槍が地面や壁を粉砕しているからだ。
「厄日だぁぁぁあああ!」
冗談じゃない。一体でもあんなに大変だったのに、それがあの数だ。絶対死ぬ。溺れ死ぬに違いない。
「ゴーゴーフクヤン」
「がんばえー」
「楽そうだな畜生!」
両脇に抱えた二人が呑気にそんな事を言う。ちょっとだけ殺意がわいたのは秘密だ。
「いやだって俺らが走るより絶対速いし」
「正直すまないとは思っているでござる」
「じゃあもうちょっと態度でしめそうか!」
「けどここは弄らずにはいられんでござった!」
「ぶん投げるぞてめえ!」
「まあ、ケルピーに催眠?されたのはマジですまなかったと思っているでござる。帰ったら罰は受けるゆえ、今は許して候」
「いやその件はいいわ。あれはしょうがない」
ダンジョン内で敵の攻撃を食らったのが悪いってなるのは、良くないと思う。それに、自分や昭は偶然耐性があっただけだ。優子に落ち度はない。
「ちなみに俺は?」
「お前は完全に不注意だろうが反省しろ」
「スク水のサイズは当然小さめにしておくでござるよ」
「ですよねー」
昭のトラップについては完全にポカである。悔い改めろ。
そんなこんなでケルピーの群れから攻撃を受けながら『超感覚』に従って走りまわる事十分ほど。どうにか階段を見つけて上に行けた事で難を逃れたのだった。
ちなみに、救助隊には移動しながら優子が連絡したらしいので、転移してすぐケルピーの群れに囲まれるという悲惨な事態にはならなかったらしい。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




