第十二話 サキュバス
第十二話 サキュバス
サイド 福矢 亮太
高校に入学して一カ月が経過した。同時に、ダンジョンデビューも一カ月だ。
この一カ月、ひたすらウッドゴーレムとマタンゴのダンジョンへと行っていた。もちろん学校にも通いながらだ。最初は土日のみに行っていたのだが、途中から『放課後でも行けるんじゃね?』となって、週三で行くようになった。
おかげで両親へ装備代を返す事が出来たし、家にお金を入れられるようになった。両親からは無理をしているんじゃないかと心配されたが、大丈夫だと答えた。やせ我慢でもなんでもなく、本当に大丈夫としか言いようがない。
あのダンジョンに自分を傷つけられるモンスターは存在せず、たいてい二、三発で仕留められる。モンスターの位置は優子が教えてくれるし、ついでに他の冒険者ともダンジョン内で遭遇しないからこれといったトラブルもなし。そして昭のアイテムボックスでモンスターの運搬も楽。
まあ、なんかダンジョンセンターの待合室で時々視線を感じるようになったが、十中八九友人二人のせいだろう。
さらに三人そろってレベルがあがり、自分と昭はレベル4になった。ちなみに優子だけレベル5だ。というのも、あいつ受験期間中もスキルを使い続けていたらしく、ダンジョンデビュー前にレベル4になっていた。まあ、奴の式神は家の中でも使えるけど、もうちょっと勉強に集中しろよとは思った。
そうしてダンジョンに通った一カ月間。流石に普通に休もうという事で、今日は優子の家に集まる事になった。
「お邪魔します」
「うむ。ウェルカムでござる。拙者、飲み物を持って行くので先に部屋に行っているでござる」
「わかった」
優子の家には何度も来ているので、部屋の位置はわかる。階段をのぼってすぐに『征夷大将軍優子の陣』と書かれている部屋に……いや何これ。あいついつの間に征夷大将軍になったの?足軽じゃないの?もしくは陰陽師。
とりあえず中に入ると、既に昭がいてベッドの下をあさっていた。いやそこを探すのはベタ過ぎない?
「おっす亮太。お前も手伝え。征夷大将軍が脱税と収賄をしている証拠を掴むぞ」
「うん、とりあえず最初っからアクセル全開にするのやめてくれない?ちょっとついていけない」
それはそうと、お尻を突き上げてベッドの下をあさるのはやめてほしい。短パンにに包まれた大きなお尻が揺れるさまを見るのは目に毒だ。というか、上半身が床に押し付けられていて潰されて広がっている乳肉もちょっと視線が固定されそうになる。
とりあえず昭を直視するのはまずいと思って適当に本棚を眺める。すげえ、参考書は綺麗なのに漫画やラノベばっか乱雑だ。これ、絶対参考書はほとんど手を付けてないだろ。
「あったぁ!これで奴を検挙できるぞぉ!検察の勝利だ!」
「え、あいつマジでそんな所にエロ本隠してたの?」
誇らしげに掲げられているのは、アルバムだろうか?昭が物凄いドヤ顔でこちらを見てきた後、首を傾げ、次の瞬間笑い出した。
「おま、なんだよそれ!」
「え?」
なんだ、何か変だったか。自分の服装を確認するが、特に変な所はないはずだ。強いて言うなら出かける前母に『あんた、私が買って来た服以外も自分で買って着てみなさい』という、ありがたい言葉を貰ったぐらいだ。自分のファッションセンスだと黒と灰色ばっかりになる自信がある。
「おま、なんで『香水』つけてんだよ。しかもそんな高そうなやつ!」
「こ、香水?」
昭が何を言っているのかわからない。当然香水なんてつけていないし、ここに来る前に寄ったのはコンビニだけ。自転車で来たので、どこかで香水の匂いが移る事はないはずだ。
「いや、つけてないけど……」
「まあ誤魔化すなって。あれか、モテモテ番長の俺にアドバイスが欲しかったのか?確かに凄いいい香りだが、お前の身の丈にあってねえよ。そんな高級セレブがつけてそうなやつ」
「だから香水なんてつけてねえよ。あとお前がモテているのは男に対してで女子には一切モテてねえよ」
「待ってその発言はちょっとつらい」
四つん這いで嘆きだす昭。ざまあ。
「けど本当に香水の匂いするぞ?それも滅茶苦茶いい匂い。たぶん今まで嗅いだことがないぐらいのやつ」
「はぁ?」
二人して疑問符を浮かべていると、優子がお盆に麦茶をのせてやってきた。
「ハローハロー、待たせたでござるな皆の衆。って、どうしたでござるフクヤン。そんなとこに突っ立って」
「あ、ああ。なんか昭が僕から香水の匂いがするだの言っているんだけど……」
「香水?」
優子がお盆を持ったままこちらにやってきて、鼻を近づけてくる。こいつ、無駄にいい匂いするな。
「いや、拙者には香水の香りは感じられんでござるが……」
優子も困惑した様子でクッションの上に座り、お盆をおいてベッドに置いていたクッションを隣にしくと、そこを叩きながらこちらを見てくる。促されるままそこに座ってから、二人して昭に視線を向ける。
奴もこちらの反応に首をひねり、不思議そうにしていた。適当に難癖付けて弄ろうという感じではない。
「え、いや。けど今も匂ってきてるぞ」
そう言って昭がアルバムを横に置くと、四つん這いでこちらに寄ってきた。腕を動かすたびに胸が押されて変形し、揺れる。つい視線がそこにいってしまうが、昭は気にした様子もなく近づいて……いや近くない?
「うん。めっちゃいい匂いがする。まじでなんの匂いだ、これ」
「……アイカワン。もしかして、レベル上限に達したでござるか?」
その言葉に、昭がバッと体を仰け反らせ、座り込みながら驚いた顔で優子をみる。
「……なんでわかったんだ?」
「え、そうなのか昭」
いや、言われてみればレベル4で上限に達する人は少なくない。昭がもそうだったのだろう。
「ううむ……」
対して、優子は困ったように顎を撫でている。
「アイカワン、ここに来るまでに男の人とすれ違ったでござるか?その人からは何か香水の匂いはしたでござるか?」
「え、いや、近所の爺さんとか、たぶんカップルっぽい男女にならすれ違ったけど、特には感じなかったけど……」
困惑する昭に、優子が小声で『無差別まではいってないでござるか』と言っていた。
「あー、まあ、ネット上での噂でござる。まあ、気にしないでほしいでござるよ」
「そ、そうか」
納得はしていないが深くは踏み込む気がないようで、昭はそのまま深いため息をつく。
「お察しの通り俺はレベル4で打ち止めだ。予定ならレベル100になって美女を侍らせたスーパーハーレムを作る予定だったんだけどなぁ」
「いやそれはねえよ」
「うっせえわ」
それにしても、昭が上限にいってしまったか。そういう事もあるとは思っていたが、もうとは……。幸い自分はそういう感覚は一切ない。今の所は、だが。
ふと、妙な感覚を覚えた。
「なあ、昭、試したい事があるんだけど」
「ん?」
「フクヤン!?ここ拙者の部屋でござるが!?」
何故か優子が慌てだすが、まああいつが変なのはいつもの事だ。
「なんだよ試したい事って」
「いや、『世界樹の加護』を使ってみていいか?」
「はぁ?別にどこも怪我してねえぞ」
昭がいぶかしむのも当然だと思う。だが、何故か『いける』と思ったのだ。
「そうなんだけど、一回試しに」
「うーん、ま、害はないだろうし」
許可も得たので、早速使ってみる。
『世界樹の加護』
緑色の光が昭を包み込む。そういえば、中学の頃怪我をしたクラスメイトに使って以来かもしれない。
「どうだ。なんか変化あったか?」
問いかけるが、昭は無言で自分の手のひらを開いたり閉じたりした後、ぽかんとした顔でこちらを見てきた。
「え、なんか、上限が上がった気がするんだけど……」
「マジかぁ……」
「ふぁあああああああ!?」
なんとなく、そんな気がしていた自分とは違い、優子が大声をだす。ちょっとうるさい。
「いや、え、待って!?おかしいでござるよ!?どういう事でござるかフクヤン!?」
「ふっ、僕にもわからん」
「ドヤ顔でいう事じゃないでござるよこのモブ顔!」
「モブ顔は関係ないだろ!?」
こちらの肩を掴んで揺さぶってくる優子に怒鳴り返す。なぜこいつらは人を毎回モブ顔と言うのか。
「いや、マジでどういう事だよ亮太。俺もわけわからないんだけど」
「そう言われても、本当にこっちもわからん。なんとなく『いける』って思ったから使ってみたら、なんかいけた」
「えー……」
優子が肩から手を離しながら、脱力する。
「……フクヤン、そのスキルの力、ぜっっっっったいに外では言っちゃダメでござるよ?」
「うん、その自覚はある。というか実際やってみて思った」
冒険者にとって、レベルの上限はかなり重要だ。単純に、よほど装備や技量に差がなければレベルが高い方が強い。
ネットでの情報だが、レベルの上限を上げる手段は今の所公式発表されていないし、上限にいってしまって嘆いている人も多い。そんなところに、こんなお手軽な上限解放手段を放り込むのはヤバい。主に自分が。
「あー……そういえばアイカワン。フクヤンから香水の匂いはまだするでござるか?」
「え?あ、そういえば、しなくなったな」
「そっかー……」
遠い目をする優子に、自分も流石に察した。
ネットで時折見かける『サキュバスはレベル上限がないんじゃないかっていう奴がいる』という噂。やたら肉食系なサキュバス達。そして、レベル上限に達したらこちらに香水がどうのと言ってきて、上限があがったら匂いが普通になったという昭。
これだけ状況証拠があれば、馬鹿でも気づく。
「なあ、優子。もしかしてサキュバスって」
「フクヤン、今はお口にチャックでござる」
慌てて口をつぐむ。確かに、昭の前でする話ではない。
その昭はというと、未だに自分の手を見つめていたかと思うと、気まずそうにこちらを見てきた。ああ、流石にあいつも気づいたか。
「なあ、もしかしてだけど、俺が亮太から香水の匂い感じてたのって……『発情』してたのか?」
優子と二人そろって空を仰ぐ。白い天井を見つめて、小さくため息をはいた。
まあ、そりゃああいつもネットで色々ダンジョン関係について調べているだろうから、気づくのは当然か。
なんと言っていいものか。少なくとも、対象にされた自分がとやかく言う事ではない。自分よりも知っていそうな優子に視線を向けると、『マジでござるか?』という顔をしてきたので、無言で頷いてやった。
眉間に皺をよせながら、優子が口を開く。
「あくまで、噂レベルの話でござるが……」
そう前置きして、優子が重々しく喋り出す。
「サキュバスは『異性と性行為をしている人』ほどレベルの限界が高いという話を聞いた事があるでござる。未だに処女なサキュバスはレベルが普通の冒険者同様に一桁で止まるのが大半で、お店とかで色々やっているのはレベル10を超えても未だ上がり続けているとか」
「マジかぁ……」
昭も遠い目をしはじめる。
「そこで、ネット上で噂されるようになったのが、『サキュバスがやたら発情しているのは本能的に強くなる方法を知っているから』と言われているでござる。学術的にはなんの証拠もないのでござるが……」
「俺の反応でほぼ確信に変わったと」
「か、確信とまでは。ほら、単純にアイカワンがフクヤンに惚れたとかそういう可能性も」
「あ、それはない」
断言された。いや、別にいいんだけども。なんか勝手にフラれた気がして納得いかない。
「マジかぁ……うわぁ、亮太相手に発情とか……うわぁ」
「そこまでショックを受けられると僕まで傷つくんだけど?」
「……うわぁ」
「人の顔見て更にため息つくなよ」
滅茶苦茶失礼な奴だな、相変わらず。
「あとは、そういう理由からサキュバスは自分以外の女性に対して敵対心を持つと噂されているでござるな」
「動物が自分の縄張りに別の肉食獣がいるのが許せないって事か。餌の奪い合いになるから」
「そ、そこまでは言ってないでござる」
頭をがしがしと乱暴に掻いた後、昭がもう一度ため息をつく。
「まあ、とりあえず亮太のおかげで落ち着いたから、いいけどさぁ」
「……ちなみに、ムラムラとかって上限に達する前からあるんでござるか?」
「お、おい」
あまりに不躾な質問にとっさに口をはさむ。
「ああ。ぶっちゃけサキュバスになってから一人でする回数が三倍ぐらいになったよ。今も正直ムラムラしてる」
「お、おう」
昭がなんでもないようにカミングアウトするが、聞いているこちらの方が気まずい。
「と、とりあえず、原理は一切不明でござるが、アイカワンはレベル上限に達したらすぐフクヤンに言うでござる。フクヤンも頼むでござるよ」
「わかった」
「え、俺こいつとセック●すんの?」
「「ちげぇよ」」
思わず優子も『ござる』を忘れてツッコむ。何言ってんだこいつ。
「あー、もう疲れたでござる。ゲームでもして色々忘れるでござるよ」
「賛成」
「おう」
それぞれ持ち寄ったお菓子をつまみながら、テレビの前に集まってゲームを起動する。こうなればやけだ。ただ問題を後回しにしただけとも言う。いや、休もうと思って集まったのにこの話は続けたくねえよ。
今回やるのは『超松尾大乱闘7』だ。
平安時代、とある貴族に牛車の運転手として仕えていた松尾。だが主人に秘密で牛車の賭けレースに出ていた事が発覚し、首にされてしまう。
実家からは縁を切られ、妻にも離縁されてしまった松尾。彼は酒に酔っ払いながら、他の酔っ払いと喧嘩をするようになった。それがこのゲームのストーリーである。ちなみに主な喧嘩相手は『酒呑童子』『茨木童子』他、『源頼光』やその四天王である。
「ひゃっはー、くらえ松尾の必殺技!牛糞の舞!」
「ちょ、きたねえぞ!」
「その技毎回悪質でござるよ!?」
「うるせえ牛糞でも食ってろ!」
「あー、俺の頼光がぁ!」
「拙者の酒呑童子がぁ!そしてNPCの茨木童子が場外にぃ!?」
「はっはっは!いかに強キャラを使っていても場外に行ってしまえば無意味!そのまま奈落に落ちてっててててててててててててあああああああああ!?」
「うわこいつ自爆したよ」
「だっせぇでござる」
「まだだ!まだ残機は一つ残ってる!ここからが本気って待って無敵時間なのにあああああああ!」
「リポップの無敵時間中も地形で滑ったりはするでござるよ」
「馬鹿だこいつ」
「なんでだぁぁぁあああ!」
「うるせえ」
「近所迷惑でござる」
「ごめん」
そんなこんなでやっていた結果、何故か昭と優子がクロスカウンターで吹っ飛び、NPCが一人勝ちしていた。解せぬ。
「ええい、次でござる。拙者次はこの渡辺綱でいくでござる。やはり侍はこうでなくっては」
「笑止。俺の使う安倍晴明で封印してやるよこのなんちゃって陰陽師」
「誰が陰陽師でござるか!拙者は武士でござる!」
「あ、なんかごめん」
「ふっ、好きにあがけ。いかなる相手も僕の松尾で奈落に落とす」
「あ、お前そのキャラ禁止な」
「画面いっぱいが牛糞とか笑えないでござる」
「くーん」
「きめえ」
「拙者、川に落ちた犬は棒で叩けという諺を実践するつもりゆえ」
「お前実はその諺本来は違ったらしいぞ。昔は叩くなって言ってたらしい」
「ござっ!?」
「優子……お前は武士ではない」
「征夷大将軍の座、明け渡してもらおう」
「ご、ござぁぁぁぁぁあああああ!?」
そんな感じで遊んでいると、優子が対戦中に思い出したように口を開く。
「あ、そういえば今通っているダンジョン、閉鎖されるそうでござるよ」
「「はっ?」」
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




