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いんふぇるの ①

作者: 日処

拙作『積木家の人々』を読んで頂けると理解し易かったりそうでなかったりします。

救いの無い話。

 ジワジワと足の裏に火がつくみたいだった。



 憎悪の猛る季節というのは、どうしたって夏になるらしい。それはきっと人によるのだけど、私を取り巻く世界において夏こそが小規模の地獄に違いなかった。


「あたし、貴方のお兄さんと()()()()仲になったことよ」

 夏の初め。すでにアブラゼミが鳴いている。雄と雌のわめき合う通学路で、クラスメイトの少女が馴れ馴れしく私に囁いた。煩いので手で払う。と、虫のようにふわりと離れる。揺れる黒髪から兄と同じシャンプーが香った。

「どうりでクサい訳だわ。兄貴の臭いがする」

 デカダン気取りの兄は、かの太宰(なにがし)の如く、次から次へとよくモテる。恋と季節が入れ替わる度、様々な女が私の前に現れ同じ事をしたものだった。

「貴女、兄貴の十何人目(じゅうなんにんめ)よ。お身の毒に」

 つまり、私がこれを言うのも十何回目ということになる。兄は一度、私に詫びを入れるべきだ。

「ふぅん、つまんないの」

 私が堪えないと察するや、少女はさっさと踵を返す。先ほどまでのやり取りを無かったことに出来る、その後ろ姿がたまらなく、たまらなく___。

「……」

 私はポケットから携帯電話を取り出すと、立ち去る彼女の背中に向けてカメラを起動した。音を出さずに撮って保存する。

 つまり、私にはこうした蒐集品(コレクション)が、あと十何枚もあるというのだ。

「……お身の毒」

 やはり私にとっては夏こそが、小規模な地獄であるに違いなかった。



「お帰りホウコ」

「ただいまナオコさん」

 家に帰ると、兄の女が煙草を吸っていた。灰皿は無いようで、水を張った小鉢に時折灰を落としている。近頃文学にかぶれた兄が毎晩部屋にこもるので、母か私が握り飯などをこさえて漬け物と一緒に部屋の前に置いてやる。彼女が使っているのは、どうやらその内のひとつらしい。道理で、最近食器棚でも見なかったわけだ。

「シノブなら外よ。可愛い年下の愛人に会いに行ったとさ」

「ふぅん…ナオコさんはそれで良いの?そういうもん?」

「そーゆーもんよ」

「へえ、あっそ」

  全く()()()()()()じゃない顔で女が煙草をふかしている。私は、なにもこんな狭い室内で吸わなくともな、と思いながら、物わかりの良い年下の顔をして何度か頷いてやった。兄の連れ込む女は皆どこかが難しい。ナオコ女史の前の女は何かと私に手を上げるヒステリックなところがあった。

「……」

「なによホウコちゃん」

「なんでもなーい」

 猫を被っているのか、はたまた私のことなんぞ路傍の石とでも思っているのか。ナオコ氏が私を叩いたことは一度もない。

 じっ……と横目に睨んでみても、頬の辺りで切り揃えた前髪の、その隙間から鋭い横顔が覗くだけだ。尖った鼻先、甲高の頬、目尻もやたらきつく跳ねあがっていて、まろやかな部分は唇か瞼の陰影くらい。ともすると男みたいに凛々しい(ひと)

 じっと見ているのがばれれば、怒るのではなく唇だけでふと笑う。

「なに、惚れた?」

「面白い冗談だと思うわ」

「妹がつめたーい」

「まだ妹じゃないわ」

 まだ。

 その一言に引っ掛かってナオコさんが振り向くのと、私が廊下に出ていくのはほぼ同時だった。


積木宝子:偲の妹。色々と苦労人。

積木偲 :雀百まで踊り忘れず。メランコリッククズ。


尾野菜緒子:成人。ナイフより鋭い22歳。宝子のことを、可哀想に…くらいには思っている。


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