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キサラギジャック  作者: 川住河住
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化け猿

 視線を左右前後に動かして周囲を見る。

 暗くてよくわからないが、正面の木々の葉が風もないのに不自然にゆれている。

「出ておいで。そこにいるのはわかっているよ」

 騙り部がなにかに語りかける。僕には見えないけれど、彼女の目にはなにか映っているのだろうか。

 疑問に思っていたら隣の神代が小声で教えてくれた。

「はったりだよ。これが騙り部の戦い方だから。私たちも黙って見えているふりをしよう」

 小さくうなずいてから前方をじっと見つめる。



 そこからなにかが飛び出す。出てきたのは猿だった。

 盾を構えて攻撃を防げるようにするが、相手は芝生の上に立ったまま動かない。

 化物と聞いていたのに、出てきたのは野生動物だから拍子抜けした。

 まさか今回の仕事の依頼とは……田畑を荒らす猿の捕獲?

「見た目に騙されてはいけないよ。相手は猿の見た目をした化物なんだから」

 騙り部が背後から耳うちして教えてくれた。

 たしかに猿にしては体が大きすぎる。大木を倒せそうな太い腕にどんなものでも食いちぎりそうな鋭い牙、血走った目でこちらをにらみつけてくる。



「こんばんは。私は騙り部。嘘しか言わない騙り部。あなたのお名前は?」

 騙り部が自己紹介する。

 まるでこれから友達になりましょうと言いたげな雰囲気だ。

 今からこの化物を退治するとはとても思えない。

 それでも僕の知る騙り部ならこんなことを言ってもおかしくない。

 なぜなら伝説の騙り部は、殺生を好まない優しい性格の人物だから。

「キキキ。おもしろい人間だな。俺の姿を見て怖がらないのか。不思議な奴だ」

 急に猿が口を開いて人間の言葉をしゃべった。驚くと同時に確信する。

 こいつはただの猿ではない。化け猿である。



「人間の言葉を使うのが上手だね。どこで覚えたのかな?」

 それでも騙り部は少しも動じることなく対話を続ける。

「キキキ。人間を食った。だから人間の言葉を使えるようになった。どうだ? 怖いだろ?」

「ふふふ。人間の言葉を使うのは上手だけど、嘘をつくのは下手だなぁ。うふふ」

 その瞬間、化け猿は急に前傾姿勢になって鋭い牙をむき出しにして威嚇してくる。

 ただそれだけなのに、人間の言葉を発した時よりもずっと恐怖を感じた

「そうそう。怖がらせたいなら自分の武器でないとダメだよ。誰かにもらったものではなく、自分が持っているものでないと意味がないからね。ねぇ、あなたにその力を与えたのは誰?」

 これが騙り部の化物退治の方法なのか。

 相手と言葉を交わすばかりで能力は使う気配すらない。

 このまま話を続けて山から出ていってもらうつもりだろうか。

「おもしろい奴だな。今まで殺してきた人間とは違うな」

 化け猿は大きな口を開けて笑う。

 白く鋭い牙がはっきりと見え、口の中は血塗られたように真っ赤だ。

 だが、僕と神代に恐怖心を与えるには十分だった。

 手の平には汗がにじみ、足は震えだす。

 それでも、決して離さないように強く握る。



「あなたはこれまで何人もの退治屋を殺してきた。しかし本来のあなたは仲間といっしょに山をかけまわるただの猿だったはずだよ。あなたをそんな姿にしたのは誰?」

 騙り部だけはまったく動じていない。

「キキキ。俺は自分の意志でこの姿になった。人間に住む場所を奪われた恨みで……」

「ふふふ。私に嘘は通用しないよ。私は騙り部だから。何百年と生き続けた動物が化物になることはあるけれど、あなたは違うよね。あなたを騙してそんな姿にしたのは誰?」

 落ち着いた声で敵に向かって語りかける。

「私はあなたを傷つけたくない。すべて話してくれるなら見逃してあげてもいい」

 化け猿は黙って彼女の話を聞いている。

 先ほどまでむき出しにしていた牙は、いつの間にか敵意といっしょに隠れている。

 このまま話し合いで済めばいいのだけれど……。

「俺は……俺は……グ、グオォ! グガガ……グアオォ……グオオオオオオォォォォン!」

 突如、化け猿がうなり声をあげる。

 猿というよりも虎やライオンのような猛獣の鳴き声だ。

 化け猿の体が徐々に大きくなっていく。手足は太くなり、牙や爪は鋭くなり、目には憎しみが宿っているようだ。もはや猿ではなく猛獣に近い見た目に変わっている。



「悪玉に支配されてはダメ! あなたにはまだ善玉がある! それを強く意識して!」

 騙り部が必死に説得を続けるが、残念ながらその言葉は届いていないようだった。

「グギギィィー!」

 化け猿は怒声をあげながら真っすぐ突進してくる。あまりの恐ろしさに足がすくむ。

「キサラギ!」

 神代の一声ですぐ我に返って化け猿の攻撃を盾で防ぐとすぐに抑え込めと念じる。

 だが化け猿は、地面を蹴って跳んで距離をとる。そしてそのまま森に隠れてしまった。

 山の中では人間よりも猿の方に地の利がある。

 ここで逃してしまったら僕らに見つけることは不可能だろう。

 今すぐ森の中に入って探すべきか、それともここに留まるべきか。

「森に隠れてこっちの様子をうかがってる。二人とも注意して」

 悩んでいるところに騙り部からの指示が飛んでくる。

 僕と神代は周囲の木々でゆれている部分を探す。けれど辺りは静かで葉っぱ一枚動かない。

「騙り部。どうする?」

 神代が周囲に気を配りながら尋ねる。

「傷つけたくないのはわかるけど、ここで倒さないと街に出るかもしれない」

 右側の森から木の枝が折れるような音がした。すぐに盾を向けて警戒する。

「ジャックの言う通りだ。ただし、倒すなら私のやり方で」

「わかった。今回はどれくらい時間を稼げばいい?」

「十五分、いや十三分ほどあればいい。キサラギジャックにその仕事をお願いできるかな?」



 周囲を警戒しながらも二人の会話に参加する。

「僕たちはなにをすればいいですか?」

「キサラギ。君には影の盾でみんなを守ってほしい。落ち着いて動けば対処できるから大丈夫。ジャック。君の悪喰で化け猿を倒さない程度に追い込んでほしい。頼んだよ」

 こんな状況でも騙り部の声は明るく楽しそうだ。それが僕らに元気や勇気を与えてくれる。

「君が見たがっていた騙り部の能力の三寸世界も使うよ。ただ、これは発動までに時間がかかる。キサラギジャックの二人には舞台を整えてほしいんだけど、できるかな?」

 舞台を整える? 

 その意味はわからないけれど、僕のやるべきことはわかった。

「はい! 全力で守ります!」

 とびきり気合を込めて大声で宣言する。不思議と気持ちが引き締まる。



 騙り部が早口でつぶやき始める。

 なにを言っているのか、なにをしているのか、まったくわからない。

 不安になった僕は神代にこの状況を確認する。

「騙り部はなにしてるの? さっきからぶつぶつ言っているけど、大丈夫だよね?」

「心配しないでいいよ。今は自分の世界を、騙り部の三寸世界を作り出している最中だから」

「三寸世界を作り出す……?」

「べつの言葉で例えるなら……役作りとか脚本作りとか言うのかな」

 余計にわからなくなる。

 チラッと後ろを見たが、集中している様子でとても声をかけられる雰囲気ではない。

「キサラギ。私たちは私たちにできることをやろう。悪喰! 化け猿を探しなさい!」

 神代が大きな声で命令を出す。

 黒い球体が化け猿の隠れていると思われる草木の茂みに突っ込んでいく。そこにいないとわかればすぐに次の場所へ、次の場所へと移っていく。

 僕は前方と右側の森を注視しつつ、隣の神代や後ろの騙り部のことも気にかける。

 右側の草の茂みから大きな音がした。すぐに盾を向けて迎撃態勢を整える。

「悪喰! 行きなさい!」

 悪喰を音がしたところへ大きな口を開けて突っ込んでいく。

 ガキンという硬いものがぶつかる音がした。



 悪喰が化け猿の骨をかみ砕いたのか。

 一瞬そう思ったが、血の臭いはしないし、鳴き声も聞こえない。

 再び悪喰が茂みから出てきた時、その口には大きな石が入っていた。

「ジャック! 後ろ!」

 後ろを確認するより早く叫ぶ。

 予想は当たっていた。遅れて神代が後ろを確認する。

 その視線の先には、化け猿が鋭い牙をむき出しにして勢いよく向かってくる。

「悪喰! 戻りなさい!」

 悪喰は石を吐き捨てて飛ぶ。

 しかし、どれだけ速く飛んだとしても距離がありすぎて間に合わない。

 僕はすかさず影の盾に命じて化け猿の突進を防いだ。

 なんとか間に合ったが、すぐにその横を抜けてまた向かってくる。

「ギギギィー!」

 化け猿の狙いは神代だ。

 野生の猿は、男より女を狙う傾向があると聞いたことがある。

 それに、悪喰はまだ戻ってこないため彼女は身を守る術がない。

 ここは僕がなんとかしなければ。そう思ったら焦りが出た。

 早く盾を動かそうと急ぐあまり上手く命令が伝わらなかった。

「動け、影の盾! ジャックを守れ! 今すぐ!」

 頭の中で念じるだけでなく口から言葉を発する。そこでようやく盾が動いた。

「グギギイィィィ! グアオオォォォン!」

 しかし、それより早く化け猿がうなり声をあげながら目の前に迫ってきている。

 影の盾では間に合わない。

 悪喰もすぐそこまで戻ってきているが、わずかに距離が足りない。

 騙り部は集中しすぎていて危機に気づいていない。

 僕と神代が横に避けることも考えたが、 それでは騙り部に化け猿の攻撃が当たってしまう。

 どうする。どうすればこの状況を切り抜けられる。


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