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9 談話

「なるほどね……つまり貴女が話にきいてた少女()で、コイツの中で暮らしている、と」


「リメロさん、私達が言ってることをわかってくださるんですか?」


私には別の世界で学生をしていた記憶があって、気が付いたら何故か深淵に落ちていて、白く光る人物に出会い、エルトに食べられて怪物のお腹の中で暮らすことになった……と経緯(いきさつ)を順番に話していくと、リメロはぴんと立てた猫耳でそれを聞き、何かを尋ね返すこともなくあっさりと受け入れた。


「ええ。その、別の世界から来たって話は不思議だけれど。私とエルトはもともと協力関係で彼から相談を受けていたから。貴女の置かれた境遇も理解できるわ」


頷いた後、リメロは小さくちぎったパンを口に運ぶ。

私の膝でメナちゃんがそれを物欲しそうに見つめるのを予測出来たので、私も席へつく前に同じものを注文して買っていた。案の定、さっきのいちご一粒では物足りない食いしん坊がもさもさと主張している。


「私が深淵や機械都市の事を話す代わりにリメロは地上の事を話してくれる。君が安心して生活するために何を用意したらいいかも彼女から教えて貰ったんだ」


リメロの返答に補足をするエルト。

なるほど、だから頭をパンパン叩けるような仲だったのね。と、いささか不明瞭なところはあるが難しい話にメナちゃんが泣き出す前に納得することにした。

つまり擬態したエルトの外見の手本になっている例の漫画もリメロの趣味、というわけだった。


「クロワッサン食べる?」


「んぴぴ!」


こんがり焼けてまだ温かい三日月型のパンの端を指先でちぎり、膝にいるメナちゃんの顔の前へ持っていく。メナちゃんはすぐ私の手からパンを受け取って口にした。


「ぴゃあ……」


サクサクッ。頬張って鳴らしていた香ばしい音を止め、大きな目で私を見上げながらメナちゃんが溜め息をつく。小さな子供が初めての味覚に感動しているみたいな反応。私も一口同じパンをかじる。小麦の香りが口いっぱいに広がって美味しい。

思い返せばこれが私にとって異世界へ来て初めてのまともな食事だった。

食事をつくる用意がされているとはいえ、エルトのお腹の中の家で料理をしてご飯をする気にはまだなれなかったし、この港街に到着するまでに通ってきた道のりでも何かを口にする暇がなかった。

ようやく安心して物を食べることができ、少しホッとした。大丈夫。見た目通りの味がする食物だ。気が休まる。


「ところで、貴女が抱えてるその魔物は?」


「この子? この子はメナちゃんっていって……」


「ゆーゆっ!」


「エルトの中で出会って連れ出して来たんです」


奇妙な物を見るような目付きで覗き込んでくるリメロへメナちゃんはぴょこんと触覚を立てて挨拶をする。

その動作をまじまじと見つめ、


「もう少しよく見せてくれない?」


「ぴゃっぴ! ぴぴょ……」


興味深く顔を近づけてきたリメロにびっくりして、メナちゃんは私の膝へすがるように丸くなった。

リメロは私を一瞥してからメナちゃんの背中を優しく撫でていたのだが、急に白いふさふさの毛を掴み、


「びぴゃーっっ!」


「動かないで。少しだけ体毛と……あと表皮と体液の採取もさせて頂戴」


「ち、ちょっと! リメロさん!」


毛を抜こうとする彼女にメナちゃんが痛がって悲鳴を挙げる。慌てて私は彼女を制止した。


「嫌がってるのでやめてくださいっ」


「あら、ごめんなさい。つい夢中になってしまって」


涙目で私に必死に訴えてくるメナちゃんをリメロの視界から遮って守ると、はっと我に返りリメロもすぐに謝ってきた。


「リメロは医師であり魔物研究家でもあるんだ。私の体のことも調査してる」


私達のやりとりを見ながらコーヒーを飲んでいたエルトが愉快そうに笑う。まったく自分の子が乱暴をされそうになったのに面白がっているなんて。……と、思ったところで今更。メナちゃんに対しての生みの親としての愛情が微塵も感じられないのは今に始まったことではないので口に出すまでもない。


リメロもリメロで夢中になると周りが見えなくなるタイプなのかもしれない。今の一件で判断する限りは。

この世界は内外問わずとことんメナちゃんにとって生きづらい敵ばかり。ますます私が守ってあげなくちゃいけない気がしてきた。


「……リメロさんもエルトのお腹の中に行ったことがあるんですか?」


「まさか。私のことはいくら頼んでも食べてくれないのよ」


「私にも食の好き嫌いはあるからね」


リンゴを受け取ったときは味覚は無いといっていたのに。真っ黒なコーヒーに砂糖もミルクも入れないエルトがカップから視線を上げる。


「冗談さ。ユーレカが特別なんだ」


頼むほど熱心なリメロには悪いけれど、私からすればそんな特別はちっとも嬉しくなかった。

山のように大きくて暗いところに住んでいる見目恐ろしい怪物のお腹の中で過ごす権利なんていらなかった。

新生活。一人暮らしからの大学生活を謳歌する予定だった私は現状をどう受け止めたらいいのか悩んでいる。

受け止められないなりに受け入れたならば、せめて異世界に来てしまっただけの普通の女の子として暮らしたい。いっそエルトの中に住む権利をリメロに譲渡してあげられないかな。と、私は引っ張られてびっくりしたメナちゃんを落ち着かせながら考えていた。


「あはは……特別ですかぁ……」


つい二人の間で苦笑いをしてしまう。



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