6 ちいさな友達
「それではね、ユーレカ。今日はゆっくり休んで。また明日外に出て買い物へ行こう」
そう言ってエルトダウンはメナちゃんを私から取り上げ連れて去ってしまった。仲間の場所に戻すんだって。
メナちゃんと別れるのはちょっと寂しかったけれど、もともと化物の幼生なわけだし、別の場所で役割を持っているのは何となく察してた。あるべきところにあのこもいるべきなので仕方のないこと。
私の腕を離れたメナちゃんは「んゆっ?」と小さく鳴いて、わけもわからず疑問符を浮かべながら本当のパパに抱えられていった。
私はこんなに考えてしまうほど名残惜しかったのに、メナちゃんはぽけっとしてされるがまま。もう少しこう、引き剥がされるのを嫌がったりしてくれても……とか思ってしまったけど、なかったな。
「はぁ……休んでてって言われても、さっきまで寝てたしなぁ……」
案内無しに果てしなく続く肉壁を彷徨う気は起きなくて、私は結局言われるがまま部屋に戻ってきてしまっていた。
部屋の中は自分が化物の体内にいることを忘れさせるようによく出来ている。
コンロのつまみを捻れば火は出るし、水洗だってついている。合わせ技でやかんを使えばお湯も沸かせる。
ファンタジーにあるまじきな完璧な生活圏は何故か、どうなっているのか。と、さっきエルトダウンに尋ねてみたところ、彼は、
「あれらは機械都市の技術だよ。引火させるための大気を入れた物がキッチンの下にはまっていて、火が噴き出す仕組み。そちらは水が湧き出す魔法を閉じ込めた魔石を組み込んだ機械。君が暮らしやすいように機械都市から取り寄せた物を予め飲み込んでおいたんだ」
と、自慢げに答えた。
何となくで納得してしまったけれど、この世界の≪機械都市≫ってところには現代日本と同じように使えるものが揃っているのだろう。
疑問に感じたところで、世界観が判断しきれていない。そういうものだと思うしかないし、便利なのだからいいと思っていよう。
シャワーも浴びられるし、好きなときにお茶も飲める。やろうと思えばお料理もできる。
「ここにいたら異世界なんて実感わかないし……」
くまのぬいぐるみが鎮座したふかふかのベッドに座って本棚を見上げる。辞書に図鑑に絵本に少女漫画。スペースは少ないけれど何だって揃っていた。
「あーなるほど。これかぁ……」
気になって私が手に取ったのはちょっと古くさい少女漫画。全編日本語だし、裏表紙にはご丁寧に600円と日本円で値段も書いてある。
数ページ飛ばし読みをして目についたのはその作品の中の一人のキャラクター。
主人公のお姫様を王子様から横取りしようとする美形の悪役で、細身に黒髪、鋭い目付きをしていて強い魔法を扱う男性。その外見が、擬態しているといっていたエルトダウンにそっくりで私は注視してしまった。
何で王子様の方じゃなくて魔王みたいなキャラクターを真似て化けようだなんて彼は思ったのだろう。
理由を探るようにして話を読み進めていくと、意地悪で王子様との間を引き裂く悪役だと思っていたそのキャラクターが段々魅力的になっていき、ついにはお姫様を王子様から奪って目の前でキスをしてしまうことに気付いた。なんだかむず痒くなってきた。何で私が。
漫画に夢中になっているうちに寝落ちをしてしまったらしい。
私はドアに何かがぶつかっている音で目が覚めた。
バンバンッ! バンバンッ!
「な、なに?! 誰?! エルトダウンさん?」
その割には不規則で乱暴な音。到底、人の拳で叩いている音ではない。
と、音が一瞬止んで、
「んぴぃーっ! んぴぴー! ぴゃー!!」
聞いたことのある鳴き声。続けてまた、バンバンッとドアに体当たりを続けるその生物。
「め、メナちゃん?!」
「ゆーゆぴ! ゆーゆぴっ!」
慌ててベッドからおり、ドアを開けるとふさふさの毛を纏ったウサギサイズのそれがぴょんと大きく跳ね上がって私の腕に飛び込んできた。
「私に会いに来てくれたの? あなた、仲間のところに帰ったんじゃ……」
「ゆーゆぴっ! ゆーゆぴ……!」
抱き留めながら話し掛けてみるけれど、私の言葉を遮ってメナちゃんは何度も名前を呼んだ。
何をそんなに慌てているのか。よしよししながら顔をみるとドアにぶつけた痕が額についており、それに気付かれたのが恥ずかしかったのかささっと顔を私の胸に埋めて傷を隠した。
「メナちゃん、こんなになるまで呼んでたの? ごめんね。すぐ気付いてあげられなくて」
「んっぴゃっ。 ゆーゆぴ、んぴぴ」
何か言っているがメナちゃん語検定未履修の私に彼女の言葉はわからない。そもそも彼女でよかったんだっけ。
毛並みにそって丸まった背中を撫でると心地良さそうに笑って落ち着いてくれたみたい。
またミミズみたいな魔物か何かに追われていたというわけでもなくて、純粋に私を呼んでドアに繰り返し体をぶつけていたから興奮してたんだ。
「んぴぴぃ……」
「でも、嬉しいや。ありがとうメナちゃん。会いたかった」
なんだかほっとしてしまった。
もう会えないと思っていた私の異世界でできた小さな小さな友達は、私のことも友達だと思ってくれたのかな。
別れたときは何も感じていないようだったのに、こんなにも必死になって私にあいにきてくれた。
メナちゃんがとてもいじらしくて愛らしい。自然とだっこする手に力が入ってしまった。
「……驚いた。いや、本当にね……」
暫くしてやってきたエルトダウンは、私が部屋に招き入れテーブルの上でメナちゃんをあやしているのを見て目を疑っていた。
設定もりもりの少女漫画から姿形を真似た彼の赤い目がふっと細まる。なんだかまた少し嬉しそうな表情だ。
「いいよユーレカ。その子のことは君の好きにしておくれ。任せるよ」
「ごはんとかは何を食べるんですか?」
「その辺のゴミを適当に。君の生活で出た物を与えたらいいよ。紙屑でもほこりでも、……君の排泄物でも」
「こ、こんなかわいい子にそんなものあげませんっ!」
メナちゃんと一緒にいることを許された私が尋ねると、またとんでもない解答が返ってきて私は思わず突っ込んでしまった。本当だとしても勘弁してください。と。