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5 エルトダウン

体の一部を人間に見立てて変形させ、美形寄りの真っ当な男性として私の前にしゃがみ会話をしているエルトダウン。彼の正体は巨大な怪物だという。

彼の本来の姿は私も見てきた。牙の一本が人の身丈もあり、緋色の眼は無数。顎は胸まで開き、外骨格の脚と透けた羽根が長い虫の体に揃っていたり、人の形の手のひらに私を受け止めたり。


私が落下してきた場所は人々が深淵と呼んで恐れる世界の裏側で、彼はそこで人間たちの穢れを抹消していると話した。


穢れといってもかなり広い意味があるらしい。

落ちてくるときに見た人々や動物たちの死骸の他にも、機械都市と呼ばれる地域から降ってくる鉄の塊や武器、その他にも具体的に挙げるときりがないようだ。

それらを胃の中で分解して消し去ることで世界の均衡を保つことがエルトダウンの主な役目だそう。


ようはこの怪物は、遺棄された世の中に溢れたら困るモノを人々の見えないところで無くしてくれていた。きっとこの世界になくてはならない存在。

そんなものに頼って平和を築いている世界もどうかと思ったけれど、異世界新入りの私が意見しても始まらない。そもそも誰に意見するというんだろう。

まして私はその怪物の腹の中にいることを自覚させられたばかりなのでして。


「えっと……私、口から食べられたってことは此処はエルトダウンさんの胃の中……ですか?」


「いや。胃袋はこの空間の上にあって、反対に下には子宮がある。ちょうどその間辺りが今いる場所だよ」


「腸の辺りってこと?」


「そうか、人間ならこの辺りに腸というものがあるんだったか。私には排泄に関する器官が無い。消化器は胃が終点。君たち人間や動物たちとは体のつくりが違ってね……」


腹部よりも少し下の方を触りながら私の問いに答えるエルトダウン。

目玉や口は体表上どこにでも作り出せるとのことで、そこから飲み込んだものも自分の意思で内臓の何処へしまうか仕分けられるそう。


先程怪物が下腹部の口から取り込んだ遺骸達は、今私たちがいる天井の向こう側で胃酸の海に溶けて消えている頃だとか。

間違っても近付きたくない酸の大海が肉壁を隔ててすぐ上にあることも恐怖だが、それよりももっと気になる事がある。

この人 (人ではないけれど)発言ごとに突っ込みどころが満載過ぎるのよ。


「いま、子宮って……」


「雌雄も無いんだ。いや、正確には両方付いているから一個体で足りてしまう。と、言った方がいいかな……」


確かにあんなに大きな怪物がもう一体いて番っていたら恐ろしいけれど、然り気無い爆弾発言が多くて想像まで及ばない。


「君が抱いているメナリシスアルテ達は私の子供。生殖器を体外から突き刺して、子宮内に体液を注入することで卵をつくって育み……」


「す、ストップストップ。もういいです……」


「そう? 繁殖に関しては人間ともよく似た仕組みだと思うけれど……」


理科の解説。いや、どちらかといえば保健体育の授業か。

天然なのか真剣な顔をして仕組みを解説するエルトダウンを止める。

右手人差し指と親指で作った輪っかに左手の人差し指を潜らせながら言わないでください。生々しい。

というかメナちゃんを見る目が変わっちゃうからそれ以上聞かせないでほしい。お願い。


「んぴ?」


「そうねぇ。この人がメナちゃんのパパなのね~……いや、ママでもあるのかぁ……」


「ぴぴひゅう~」


心配そうに見上げてくる大きな目が愛らしい毛玉の意外な出生の秘密を知ってしまった。

この子に罪は無い。私の顔を映している純粋な赤色おめめを見下ろすと心が痛い。

気を持ち直して、メナちゃんの丸い頭をよしよしと撫でる。


「メナちゃんも将来的にはエルトダウンさんみたく大きくなるのかな?」


「んぴんぴっ!」


「いや、この子達はこれ以上成長はしないよ。それに体内を出て二、三年もすれば大概は死んでしまう。弱いからね。そういえば君はどうしてこの子を連れていたんだい?」


なんと残酷な未来を期待をかけた今この瞬間すぐに知らせてしまえる無神経さ。なまじ顔が良いだけに先程から呆れるくらい発言の配慮が足りない。人間的感覚を期待してはいけないのかも。


「ぴゃ?」


「メナちゃん……」


それにしても儚い命過ぎる。

私は何も知らずに背伸びしてにこにこ笑っているメナちゃんを思わず抱き締めてしまった。 持ち直した気がまた綻びそう。


「部屋を出たら大きなミミズに捕まっちゃってたから助けてあげたんです。ミミズはあの穴から逃げて……」


エルトダウンの問いに私はメナちゃんと出会った場所と、一緒に遭遇した巨大ミミズの逃走ルートを指差すが、ミミズによって地面に空けられていたはずの穴は見当たらなかった。


「あれ? 穴がない……?」


「ああ、ならもう塞がってしまったんじゃないかな。君が見たのはきっとケスパヴィスという魔物。壁を食い破って移動する寄生種で、メナリシスアルテを食料にしているんだ」


「んきゅー……」


無神経なパパのせいでさっきからメナちゃんのテンションが下がりっぱなしだ。かわいそうに。私の腕に顔を埋めてぷるぷる震えている。


「じ、自分の子供が食べられちゃうのに平気なんですか?」


「平気……とは言えないけれど、それが自然だから。それにケスパヴィス達も他の寄生種達の餌になっているしね……」


つまりエルトダウンさんの体内ではモンスター達による食物連鎖が起きているとか何とか。

メナちゃんたちは弱肉強食社会ピラミッドの最下層にいるらしい。

ケスパなんとかが小魚くらいで、メナちゃんたちはそれに食べられるプランクトンのイメージ。


ちなみにメナちゃんたちはエルトダウンさんの体内の塵やゴミを食べるらしく、とくに歯の間のお掃除が得意だそう。星屑の掃除屋なんて可愛らしい名前をつけておいて我が子に体内環境の整備をさせている親は誇らしげに説明してくれた。

付け加えるともし遭遇したケスパなんとかが死んでいたら、メナちゃんのほうがケスパなんとかをゴミとみなして食べることもあるのだそう。


ぴいぴい鳴くこの可愛らしい口で。考えたくない。そのパターンで出会わなくて良かった。と、心底思った。


また、この他にも体内には色々な魔物が生息しているそうで、全てを説明してくれはしなかったけれど、


「皆、君のことは噛まないように伝えてあるから心配しないで。安心して暮らして欲しい」


という台詞をもってエルトダウンは自分の体内に広がるダンジョン的生態系の話を締めた。

彼が言うには、怪物の体内ピラミッドの最上階に君臨するのは私……ということについさっきなったらしい。


「しかし、ここまで君に懐くとは。やはり君にはこの子らも彼女の面影を感じているところがあるのかもしれない」


「彼女って……?」


「……ああ。その話はまた、そのうち話すよ」



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