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2 深淵から中へ

二度目の目覚め。

短時間で何度気を失っておきてを繰り返しているかわからなくて、体が少しだるい。

冷たい石のような物の上に仰向けになって寝かされているのに気付くと、真上に近付いた目玉と目が合った。否、合わさざるを得ないくらいに近い。


私を水面に落とさないよう受け止めてくれた怪物の目玉の一つだ。その瞳の中に私が映り込む。


「あ……」


私。私が映っているはずなのに、私ではない。


そこには薄い金髪をふわりとしたボブに揃えた少女が一人、眠るように倒れ穏やかな息をしていた。

真っ暗な背景に不似合いな、光を放つような美しい存在。

綺麗な、まだ新品そうな黒いフリルをたくさんあしらったゴシックロリータのドレスを纏った人間の女の子。

急に気を失ったことで横顔に泥みたいなものが跳ねていたが、たった今その汚れをつけた以外にはまっさらな白紙を思わせる華奢な姿が私だった。

実感がわかず、真っ赤な鏡に映り込む私自身を見詰め続けていると、


「キュリオフェル……そろそろいいかな? 彼女が目を覚ますようだ」


「はいはい。羨ましいなぁ。エルト君はこの()にだけ気を配ってればいいんだもんね……ぼくばぁーっかり人間のあれこれやらされて不公平だよ……」


静かに落ち着いた男性の声がどこからか落ちてきて、突然わたしの前に真っ白な人が現れた。

キュリオフェルと呼ばれた人は、男性か女性か曖昧な姿と声をしている。

その人が長い銀髪を耳に掛けながら、私の真上の目玉の中を覗き込んで何か文句のようなことを言っている。


私はそれを聞きながら目を擦った。手が動かせる。白くて細い指が視界に入る。下を見れば大きな胸。私の胸ってこんなに大きかったかな。


(こんな風に染めた覚えもないし、こんな服着たこともないよ。何が起きてるの……?)


自分のさらさらの金髪に触れてみると、それは角度によって薄い緑に光を反射することが解った。

真っ暗な背景では気付かなかったが、光を放って白く輝いているキュリオフェルが側に来たからわかったこと。

まばゆい。そう思ったら目が細まってしまった。


大きなあくびと共に私が起き上がる様子が上の目玉の中に映し出され、


「……あ、……あなた……は?」


「おはよう。お寝坊な人間のお嬢さん」


先程から目覚めてはいたものの、ここにきてようやく起きたように、キュリオフェルと視線が合う。

真正面で微笑む銀髪のその人を見て再び細めた目を擦った。


「ぼくはキュリオフェル。君ら人間の魂を運ぶ竜。それでこっちの気持ち悪いやつがエルトダウン君。君らの穢れを食べるばかみたいにでっかい虫」


名前は別の声から既にきいていた。聞きたいことは山程あるけれど、魂を運ぶ……やっぱり私は死んでしまったのかという何かの諦めが先に浮かんできた。

竜や虫などの言葉はどうだろう。死後の世界で、例えば此処が地獄なら。

閻魔大王の選定はいつの間にか下っていたらしい。


目の前で白く光って涼しい顔をしているキュリオフェルは、名前の響きも身なりも西洋風の天使か神様の遣いのようなのに。

実は鬼ですとでも言うような言葉を投げかけてくる。


キュリオフェルは自己紹介に続けて真上で私たちを見下ろしてじっとしている目玉を指差し名前を紹介すると、


「君は今日からこの化物の腹の中で暮らすんだよ」


衝撃的な一言を言い放った。


「え……?」


キュリオフェルの台詞と共に目玉の真横に突然、口が現れた。

唇を省略した記号のような口。尖った牙が噛み合わされているものが空間に。いきなり。

人間の口腔のような形にゆっくりと開かれると、血の臭いがする生温かい息と共にずるりと長い肉塊が吐き出されてきて。


(なに……何なの?! 気持ち悪い! こないで……!)


こちらへ向けられる化物の体の一部に嫌悪感が増大した。

知っている。今から私がどうなってしまうのか。わかっている。けれども体が思うように動かないのは、逃げ出せないことをわかっているから。

わかっている。ついさっき見たばかりの光景が脳内に思い起こされる。

粉のようになって浮かぶ人々の死骸や機械の箱が、吼える化物の舌に絡め取られ消されていった様子が映像として再生される。


私も今からそうなるのだ。化物の口から飲み込まれて胃袋に引きずり込まれ、先に塵になった者達と同じ末路を辿るのだ。と、やたら冷静に畏まった言い方で予測してしまっているけれど、とにかく何とかしなければ。

でも、何とかって、なに。こういう事態にどうしたらなんてこと誰も教えてくれなかった。


「大丈夫ダイジョーブ。エルト君とっても優しいから。君がいいこにしてれば間違えて溶かしちゃうこともないだろうし、内臓(なか)に寄生してるやつらも見た目よりずっと聞き分けいいし仲良くなれると思うよ」


キュリオフェルは気楽に笑い言う。やっぱりこいつは鬼の畜生の鬼だった。天使なんて前言撤回。

後退り身震いが起きると、私の少女として当然の反応に目を細め様子を見守るだけのキュリオフェル。

彼を叱るように再び例の穏やかな男声が響いてくる。


「あまり彼女を怖がらせるようなことを言わないで」


「そんなこと言ったってエルト君は見た目が最悪におっかないでしょ? これから君に飲み込まれる彼女の為に言っておかなくちゃ」


「の……の、み…………?」


気が付けば眼前にまで迫っていた怪物の口。

喉らしき内部の螺旋に重なっている牙が開き、中央の塊から長く太い肉が伸ばされる。

巨大な化物の舌が分厚く広いカーテンのようにひらりと私の体を包み巻き込む。

唾液が絡み付いて綺麗な服をぐっしょりと濡らす。


「い、いや……っ! 助け……! いやぁっ……!」


「はいはい。抵抗しないで。ぼく、大丈夫だよって言ったでしょ?」


抵抗するも空しく手が先に舌の中飲み込まれて埋められ、すぐ側にいたキュリオフェルが冷徹な視線で私を見ていた。

奴は私の手をはね除け、化物の舌を押し返した。

捕らわれた私はそのまま化物の口の中へと連れ込まれてしまう。

視界が狭い。赤い肉の塊に押し潰されて、白い光が見えなくなってくる。ぬるくて熱い。息が苦しい。


生きたまま食べられるってこういうことか。

人生終わった後には何が起きるかわからないけれど、生きてるうちは食べ物の気持ちになるなんて、なかったな。

そんな風に簡単に受け入れられることではない。けれども、踠くにも踠くだけの動作が出来ない。

腕も足も全部を取り込まれてしまったし、頭のすぐ上には首を引っ込めないと人間の等身ほどあるの牙に当たって噛み砕かれてしまう。


「や……やめっ、んぐっ……!」


ばくり。と、一気に口が閉じられた。

完全に終わった。と、思った。視界が赤い肉の色一面になり、それ以外の何も見えない。

白くて硬いものは化物の牙。ちぐはぐで噛み合わせのもとない尖った牙が波打つようにもぞもぞと揺れ動く。


揺れに合わせて私の体も奥へと更に引き込まれていく。

乱暴に放り込むようなことはせず、私を包んだ舌はそのままゆっくりと喉へと向かっていく。口から取り込まれて喉へ行くのなら、人体で言えば食道を通って胃袋だろうか。外側の様子が見られないので、どこをどのように通過しているかわからないし、化物の消化器が人間様と同じとは限らないけれど。


目覚めたてすぐに化物に食われた私の、異世界暮らし。始まりは確かに最低最悪だった。


ただ、どうしたことかその時から不思議と不安は小さかった。

食べられてしまったことに絶望して諦めてしまっていただけかもしれないけれど。

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